14話「幼馴染は俺の素性を怪しむ」

 オズウェルという二流貴族の男に完全なる止めを刺し終えると、奴の血の滴る生首を天に掲げながら観客全員に意識を向ける。


「全員よく見て聞いておけ。この男のようになりたくなければ、金輪際俺や俺に関係する者に近づくな。これは警告であり同時に見せしめだ。理解したのならとっととこの場をされ貴族共」

 

 その言葉を最後に左手の指を鳴らして全員に施した魔法を解除すると、体が自由に動かせることを確認した貴族共は一つの間を空けてから、一斉にこの世の終わりと言わんばかりの悲鳴や泣き声を叫び散らかして闘技場を後にしていく。


 今現在で観客席に残っているのは平民と幼馴染のサツキのみである。

 サツキの顔は見るからに訝しという感じで、後々事情を問い詰められるのは目に見えて分かる。

 だがまあ特段焦ることもない。一応言い訳の策は既に幾つか考えてある。


「しかし今はそれよりも、こっちの問題を片付けなければならない。手早く済まさなければ本当に霊魂が冥府に連れていかれてしまうからな」


 そう独り言を呟くと左手に魔力を集めて左右に振り翳し、地面に転がっているパウモラやティレットの死体を俺の傍まで運び寄せ、そのままオズウェルの死体を無理やり立たせた。


「あとは頭部を乗せて少し魔力を込めれば無事にコイツの霊魂は再び肉体に宿るだろう。俺は狂戦士のように無闇矢鱈に命を奪いたくはないのでな。故にこれは当然の行為であり、慈悲なのではない」


 右手で掴んでいたオズウェルの頭部を首の断面に乗せて固定させると、今度は左手で時空に裂け目を入れて中から蘇生薬と呼ばれる緑色の液体が注がれたフラスコの瓶を一本取り出した。

 

 これを死んで間もない者に与えれば無事に霊魂が元の肉体へと戻り生き返らせる事が可能なのだ。といっても霊魂までもが完膚なきまでに破壊されていては、これを使用しても生き返らせる事は当然不可能だが。


「まったく、手間の掛かる貴族共だ」


 面倒ながらも瓶の蓋を開けて中の液体を三人に浴びせていくと、平和を実現させようとしている傍ら小さな理由で人を殺すのは御法度に近いと言える。

 ならば生き返らせることで、それは帳消しになり問題はなくなる筈だ。


「生き返れ。オズウェル、パウモラ、ティレット。お前達の魂は今一度自身の肉体へと舞い戻った」


 液体を掛け終えて最後に覇気を乗せた声で霊魂達を呼び戻すと、各々の肉体へと再び魂を定着させる為に僅かに魔力を付与させた。だが魔力自体は僅かなものであるが故に、オズウェル達の肉体に流れる聖力で後々自動的に消滅することから心配は要らないだろう。


 ――それから蘇生を行い二分ほどが経過すると、


「こ、ここは……っ”!? お、俺の心臓が!?」


 最初にパウモラが目を覚ますと慌てて自身の胸に手を添えて傷痕の確認をしていた。


「うあぁあっ腸が!? ……ってあれ? い、生きてる……」


 そうすると彼の叫び声に釣られて目を覚ましたのか、ティレットは腹部を触りながら呆然とした表情を浮かべていた。


「ひぃぃやぁぁぁ! 殺さないでくれぇぇ! 剣を俺に向けないでくれぇぇぇ!」


 そして最後にオズウェルが覚醒すると先程まで見せていた哀れな姿のまま泣き声を上げて、周りの状況を一切確認する気もないのか地面に額を擦りつけていた。


 本来ならば最初から記憶を弄ればこんな面倒な事にはならなかったのだが、そうすると後々を考慮した場合更なる面倒事に発展する恐れが完全に無いとは言い切れず決闘を選んだ事は致し方ない。それとこの決闘は中々に面白い物も見れて、それなりに満足と言えば満足なのだ。


 というのも聖剣とは並みの勇者でも扱うのに一苦労する武器だが完璧に使いこなせるようになれば、オズウェルが見せた聖剣技法……数にして40本程度の剣を具現化させていたが、更に数千倍は余裕で増やせるだろう。


 そうなると俺も先の戦いでは掠り傷程度は負っていたのやも知れん。

 まあそれはパウモラやティレットにも同じ事が言えるがな。どちらにせよ、鍛え方次第で聖剣は更なる力を発揮できるということだ。俺としては余り良い事ではないが。


「おい、貴族共。目が覚めたのら即刻俺の視界から失せろ。でないとまた殺すぞ」


 自分でも分かるが三流魔族のような台詞をオズウェル達に吐き捨てると、奴らは全員が一目散に立ち上がり死神を見るような視線を俺に向けて闘技場の出入り口へと向けて走り出した。

 しかし走り際に三人はこんな言葉を残していくと……


「この化物がっ! お前なんか人ではないッ!」

「悪魔だ! あいつは魔族の生まれ変わりだーーっ!」

「いや、あれは魔王の類だ! 絶対にそうだ! でなければこの俺が平民に負ける筈がない!」


 それはもはや負け犬の遠吠えにしか聞こえないが、中々に的を得ている答えだとして少しばかり関心の念を抱いてしまった。それが例え恐怖に対する比喩表現だとしてもだ。

 やはり素質だけで考えるのならば――いや辞めておこう。


「うぉぉぉ凄いぞ! よくやった! あのいけ好かない貴族共の鼻をへし折ってやったな!」

「お前は俺たち平民にとって希望の星だ! これで貴族共は今後下手に威張る事もないだろう!」

「本当にありがとうね! 私達にとってもこの試合は意味のあるものだった!」


 ふと考え事をしている間に観客席に残っていた平民達が次々と立ち上がり、俺を称えるように拍手の嵐と共に賞賛の声を浴びせてくるが、別にお前達のために行った試合ではない。

 全ての意味はサツキに貴族共という小虫を寄り付かせないようにする為のものである。

 

「ふっ、まあ何とでも言うといい。俺の行動はサツキただ一人に由来するものだからな」


 ざっと観客席に目を通してから鼻で笑いながら意識を外すと、平民達からの鳴り止まない拍手と賞賛の声を一身に受けながら闘技場内を後にするべく歩みを進めるのであった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 そして試合を無事に終えた俺はサツキと共に教室に戻るべく、一学年校舎の壁に背中を預けて彼女が闘技場から戻ってくるのを待っている最中である。


 どうやら貴族達は軒並み先に教室に戻っているようで俺と顔を合わせたくはないらしい。

 勿論だがその中にはオズウェル達も含まれている。


 それと恐らく今頃は眠りから覚めたベリンダ先生が困惑して一組の教室に向かっている最中だろう。彼女には悪いが試合の全貌を見せる訳にはいかないからな。あとは貴族達が試合についての情報を教員達に漏らすという恐れがあるかも知れないが問題はないだろう。


 ああいう無駄にプライドが高い貴族達は敗北した事実を受け入れず他人に言うことは決してないからな。それにもし仮に言ったとしても、そんなのは幻覚か何かだろうと言われて終いだ。

 なんせ相手は貴族が三人でこっちは平民が一人だ。その差は誰が考えても歴然と言えよう。


「――っと漸くサツキのお出ましだな。まずは何処から言い訳を述べるべきか……これは悩むな」 


 ふと横から足音が聞こえてくるとその足取りは幼馴染のものあることが容易に分かり、壁から背を離すとサツキに何処から説明するべきかと思い悩む。既に幾つか候補はあるのだが、どれを使うべきかと。しかし俺の目の前で不自然に足音が立ち止まると、


「なぁブラッド。一つだけ質問をしてもいいか?」


 サツキは顔を下に向けたまま何処か暗い雰囲気を漂わせて尋ねてきた。


「質問だと? まあ構わんぞ。言ってみろ」

「ッ……お前は本当に……私の知っているブラッドなのか?」


 その言葉を精一杯自身の喉から絞り出したのか彼女は顔を上げて視線を合わせてくると、サツキの綺麗な二つの瞳は涙で潤んでいて、それを見た瞬間に俺の中で何かが大きく揺らめいた。


 それは言葉で言い表せるような簡単なものではなく、更にそれが影響しているのか事前に思案していた言い訳が全て吹き飛ぶと、ただ目の前で肩を小刻みに揺らしながら涙を流すサツキを見て立ち尽くすしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る