13話「二流貴族の最後は呆気ない」

「く、来るな! 俺に近づくな……っ!」


 パウモラ達を目の前で殺されたことでオズウェルは恐怖を全身で感じているのか、青ざめた顔のまま闘技場の壁際まで後退りしていく。


「おいおい、そんなに逃げないでくれよ。お前はあの二人と比べて一流……いや二流貴族と言ったところか?」


 壁際に背中を密着させた奴を視界に収めながら真っ直ぐに歩みを進めていくと、オズウェルは恐らくパウモラ達よりも地位の高い貴族であることが何となくだが分かる。


 それは手にしている聖剣があの二人よりも上位の物であるからだ。

 しかし同時に一流の貴族でないものまた事実。


 一流、二流、三流。その差には絶対なる壁で分けられているのだが、オズウェルの性格を見るに二流貴族の家柄で収まっているのは奇跡に近いと言えよう。

 これならば早々に散ったパウモラやティレットの方がマシと言えるやも知れん。


「く、来るなぁぁぁああ!」


 最早オズウェルの戦意は完全に失われているのか俺との距離が縮む事に目を丸くさせながら全身を小刻みに揺らして完全に逃げ腰の構えを見せていた。


「喚き散らすな貴族。まったく、それでもお前はそこで死んでいる二人の大将か?」

 

 そう言いながら剣の刃先を血を流して息絶えている二人の元へと向ける。

 

「ち、違う! 俺は大将なんかじゃない! そもそもコイツらが勝手に……っ!?」

「もういい喋るな。それ以上の言葉は死んだ者達への侮辱に値するぞ」


 面倒な事を吐き捨て始めたのを察して瞬時にオズウェルの元へと近づくと、ショートソードの刃先を首筋へと当てながら軽口を閉じて黙るように告げる。


「ひいッ!? 俺の傍に近づくなぁぁぁ!」


 だが奴は悍ましい何かを見たような顔をして俺の元から一目散に逃げ出すと、そのまま足をもつれされせて大きく地面に倒れ込んでいた。


「ふっ、こうなってしまっては貴族というのも見るに堪えないな」


 そんなオズウェルの滑稽な姿を目の当たりにすると自然と乾いた笑が込み上げてくるが、それと同時に俺は不思議とこんな愚か者に使われている聖剣に同情の念が湧いた。


 もっと優秀な者の手に渡っていれば、こんな雑な扱い方はされなかっただろうにと。

 俺は物にも魂が宿ると考えていて過去に一度だけ魔剣から声が聞こえた事があるのだ。


「来るな! 来るなと言っているだろうがぁぁぁあ!」


 恐怖で錯乱しているのかオズウェルは地面に尻をつかせた状態で叫び声を上げながら乱雑に聖剣を振り回して俺を近づけさせないようにしていた。


「痴れ者が。お前のような男に聖剣を持つ資格はない」


 このままでは聖剣が余りにも可哀想だとしてショートソードを構えると、この一撃をもって剣を奴から解放させるべく横一直線に払い切るように振るう。

 ――すると軽い音が周囲に鳴り響くと共にオズウェルの横には、


「ぬあっ!? お、俺のゲレイエルの聖剣が折れただと!?」


 根元から折れた聖剣の一部が地面に深く突き刺さっていた。


「これでゲレイエルの聖剣は解放されたな。次はもっと良い使い手の者を選ぶのだぞ」


 幾ら聖剣と言えど所詮は剣であることに変わりはなく、ならば仮に鈍らで安価な剣だとしても折ることは可能であるのだ。


 まあそれでも聖剣を折るには多少のコツとタイミングが重要となるがな。

 これも元魔王としての技量あってこその技と言えるだろう。


「さて、生き恥を晒すのもここまでにしておけ。なに、動かなければ一瞬でお前の魂を冥府の世界へと送り届けてやる。安心しろ」


 そう言いながらショートソードの持ち手を握り直してオズウェルの首を両断しようと狙いを定める。できれば全身の血を徐々に抜いて苦しめてから殺りたかったのだが、最早それをすることすら面倒で早々にこんな茶番劇を終わらせなければならない。


 だがオズウェルは聖剣を目の前で折られたことが既に決定的となっていたのか大粒の涙を流しながら、必死に何度も謝罪の言葉を口にして地面に額を擦りつけては俺に許しを請い始めていた。


「なあおい。あれって本当に死んでるんじゃないのか?」

「そ、そう見えるわよね? だって臓物とかが飛び出て……おぇっげほっ」

「こんなのただ単に人殺しを行っただけじゃないか……」


 そして漸くティレット達が死んでいる事に気が付いたようで観客席からは様々な声が聞こえ始めていた。少しばかり気づくのに遅い気もするが、平和な場所で育った貴族達には危機感というものがないのだろうな。


「ベリンダ先生! 今すぐに試合を止めてくれ! 死人が出てるぞ!」


 そこで一人の貴族男子が観客席から立ち上がり、試合を中断させるように声を闘技場内に轟かせていた。しかしその肝心のベリンダと言えば、


「ああ、聖剣が……業物の一つがぁぁ……ひぐっ」


 ゲレイエルの聖剣が折れた事に対して嘆き悲しんでいるようであるのだ。

 本来ならばああいう者の元で聖剣は扱われるべきなのだろう。


「先生聞いているのか! 平民が貴族を殺したんだぞ! 今すぐに決闘を中止させろ!」


 そのまま貴族男子は大声でベリンダに試合を止めるように話し掛けているが、依然として彼女の意識は聖剣の方へと向いているようで声が届くことは無さそうであった。


「くそ、このままじゃオズウェルも殺されるぞ!」

「仕方ないな。ここから俺達が聖法で援護するぞ!」

「「「おう!」」」


 何を思いついたのかオズウェルを助ける為に貴族達が一致団結すると、その場から全員が立ち上がり手に聖力を集めだすと聖法を発動させようとしているようである。


「はぁ……これだから人族というのは困るな。決闘の場において他者が手を出す行為は非常識だぞ? まあまだ心が未熟なお前達には理解できる筈もないか」


 聖力が一箇所に集まり出して聖法が発動する兆候が伺えると、この手は余り使いたくはなかったのだが致し方ないとして自身の魔力を微粒子状にして空気上に散布させた。

 これは適性検査の時にも使用した技であるが今回は少しばかり内容が異なる。


「全員その場から動くな。聖法を扱う事を禁ずる。そして最後までこの試合を見続けることをブラッド=エンフィールドの名の元に命ずる」


 貴族達を含めてこの場に居る全員に俺の魔力を体に付着させると、当人達の意識を持たせたまま大量の操り人形の完成である。しかしベリンダにはこれを見られると後々厄介となる事が確定していることから、特別に試合が終わるまで深い眠りに就いて貰っている。束の間の休息という奴だ。


「う、うごけない……」

「なんだこれは……聖法の力なのか?」

「くそ、体が石膏像のように重たい!」


 観客席からは突然の出来事に対して数々の声が漏れ聞こえてくる。

 だがそれで良い。今回は意識を敢えて持たせているという事が重要なのだ。


「おねがいじます! どうか命だけはたずけでくださいぃぃぃ!」


 オズウェルは未だに命乞いをしていたようで意識を向けると、そこには最初の頃の身なりのいい面影は等に無くなり一瞬の間に老け顔を作り上げていた。

 多分だが恐怖という名の心的攻撃が奴の内面を曝け出させているのだろう。


「お前は自らの手で自身の命を絶とうと思ったことはあるか?」


 ショートソードの刃先をオズウェルの心臓部にゆっくりと近づけていく。


「な、なにを言って……」


 その突然の事に彼は混乱しているようだが必死に俺の言葉の意味を模索しているようにも見える。だがその言葉に特に意味はなく、ただ不意に漏れ出てしまった独り言のようなものであるのだ。


「自分で死ぬよりも他者に殺される方のが随分と楽だぞ。これは経験談だ」


 そう最後に言うと逃れられない死というのは絶対にあり、オズウェルの心臓に突き立てたショートソードの刃先を押し込み血管や肉を引き裂いてく感触を鮮明に手元で感じる。


「――ッァ!?」


 湯水のように血を口から吐き出させると彼は最後に、俺と視線を合わせてから息を引き取るように動かなくなった。


「ではな。二流貴族のオズウェルという男よ」


 それを確認して心臓部からショートソードを引き抜くと、完全に止めを刺す意味を込めて彼の首を両断する。そうして地面に転がるオズウェルの頭部を持ち上げると、その瞬間をもってして決闘は終わりを迎えることとなった。

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