11話「貴族は聖剣を召喚し、魔王は笑う」

「これが平民と貴族の絶対なる差というものだ。よく見ておけ。いでよ! 聖剣!」


 貴族の三人が突如として右手に聖力を集め出したあと、オズウェルがそんな事を言いながら右手を空に掲げるようして伸ばし始めた。


「聖剣よ! こい!」

「武装召喚! 聖剣ッ!」


 パウモラやティレットも彼の後に続いて聖力を糧とし発動する武装召喚という武器を呼び出す聖法を行使すると、眩い光を周囲に放ち終えたあと全員の右手には聖剣と呼ばれる女神の祝福が与えられた特別な剣が握られていた。


「なるほどな。どうやらお前達の秘策は聖剣を使って俺を倒すことだったか」


 何かしてくることは既に把握済みであったが、まさかまだ15歳という年齢の若造共が聖剣を扱うとは些か予想外でもあった。しかし聖剣とは並みの勇者でも扱うのに苦労する品物だ。

 それをまだ基礎も学べていない奴らが使うとは、まったくもって分不相応だと言わざる得ない。


「そうだ。ビビったか平民? これぞ貴族の特権だ。そして俺の愛剣【ゲレイエルの聖剣】はイステリッジ王国に存在する五本の業物の一つであり最高級の剣だ。この意味が分からない訳でもあるまい?」


 オズウェルは自慢気に自身の聖剣を見せびらかしてくると、確かに奴が手にしている聖剣は業物の一つであることが分かる。女神の祝福を普通の聖剣の数十倍は与えられているのか、刃先から不快なオーラが容易に見て取れるのだ。


「ああ、充分に知っている。だがそれが俺に通用する保証があるのか?」


 生前の頃は勇者共が俺を殺しに幾度も聖剣を手にして挑んできたが、女神の祝福を受けた剣で切られると聖痕と呼ばれる傷になり、完全に治癒するのに時間を要するのだ。

 並みの魔族ならば回復するだけに五日は掛かるだろう。


 だがそれも幾度の戦いを経たせいで聖痕すらも、俺は克服してしまい例え傷をつけられようとも秒で回復することが可能なのだ。だから特に障害と言えるものは何もない。


「保証? んなものは必要ない。ただ聖剣を使い、お前を切るだけだからな。いくぞ、お前達!」


 オズウェルが白い歯を見せながら聖剣の刃先を俺の方へと向けて宣言をすると、次に二人にも声を掛けている事から漸く準備が整い決闘が始まりそうである。


「「おおうッ!」」


 ティレットとパウモラが返事をして聖剣を構えると一直線に俺の元へと駆け寄ってくる。


 しかしよく見れば二人の聖剣はオズウェルほどの業物と違い、それほど祝福を受けているようにも感じられず、恐らく【ゲレイエルの聖剣】の下位互換である【ゲエルの聖剣】と【レイルの聖剣】と言ったところだろう。


 能力としては普通の剣よりかは強い程度で聖剣としての実力はそれほど価値はない。

 まあそれもあくまで俺基準での判断故に一般的な考えはどうかは分からないがな。


「ふっ、お手並み拝見といこうか」


 取り敢えずは貴族共が何処まで俺を楽しませてくれるのか、そして何処まで戦いという名の動きを見せてくれるのか。その一点のみに集中することとしよう。

 お遊戯とならないことだけは祈りたいものだがな。


「いつまでも澄した顔してんじゃねーよ。これでも受けて絶望の顔にさっさと変えな。聖剣技法『チェーン・レストリクシオン』」


 右側からパウモラが表情を引き締めた様子で俺の元まで全力で駆けてくると、聖剣を前に振りかざして聖剣技法という聖剣が固有で保有している聖法を発動していた。

 

「ほう、中々に面白い技法だな。敢えて受けてやろう」


 両手を広げながら無防備な姿を晒して技を受け入れる体制を見せると、目の前からは無数の鎖がパウモラの聖剣から放出されて俺の体を拘束しようと縛り上げてくる。


 この鎖も聖剣の一部であることから魔族の俺にとって、全身が熱されるような感覚を受けるが別にどうという事はない。


「はっ、やっぱり平民は馬鹿だな。おいティレット! 致命傷を頼むぞ!」

「言われなくとも既に準備は整えてあるッ! 聖剣技法『アヴァロン・ダイト』」


 ティレットは俺が鎖によって雁字搦めにされて動けなくなった事を確認すると、メガネの位置を整えてから技法を発動させて聖剣を青白く発光させながら左側が猛進してくる。


「これで終わりだ平民。自らの死を持って僕達貴族を愚弄したことを詫びろ! はぁぁっ!」


 そのまま彼が一定の距離まで近づくと聖剣を力強く振り下ろし、俺に向けて青白い光を纏った斬撃を繰り出した。

 その斬撃は真っ直ぐに地面を抉りながら目の前まで迫り来ると、


「ふむ、拘束と攻めの連携か。15歳の若造達でこの連携が取れるならば及第点と言えよう」

 

 俺は逃げる事も鎖を解くこともせずにティレットの技法をその身で受け止める道を選ぶ。

 刹那、青白い斬撃は俺の体を切り裂くように直撃すると周囲に土煙を撒き散らした。


「チッ、土煙のせいで制服が汚れるな。だがまあいい。最後は俺の技法でお前の肉片全てを塵と化して消滅させてやる。有り難く思え」


 オズウェルの声と足音が土煙の奥から聞こえてくると、どうやら止めを刺すのは奴の仕事のようである。俺は瞳に魔力を宿して擬似的に透視の魔眼を発動すると、オズウェルがどんな技法を放つのか僅かに楽しみでもあった。


 そして俺の体はティレットの技法を受けても傷一つ負うことはなく、しかも彼の攻撃を受けたことで体の自由を奪っていた鎖も自然と消えていた。これで奴らには俺が生きているのか既に死んでいるのかすら分からない状況だろう。


 さらに好都合なのはこの土煙だ。これで向こう側では視界が制限されるが、こちらは擬似的な魔眼により全てがお見通しである。

 故にオズウェル達は自らが不利な状況を作り上げていると言えるだろう。まったく愚策だ。


「聖剣技法『フォース・ディメンション』これで平民の死は揺るぎないものとなった。……だがまあとっくに死んでいるだろうけどな! はははっ!」


 土煙で制服を汚したくないのか途中で歩みを止めると、オズウェルは聖力を剣に集中させて技法を発動させたあと醜く高笑いを上げていた。


 すると刹那の間に俺の頭上には40本の剣が具現化し、そのどれもが聖力を糧として作られた剣であり、微量にだが女神の祝福を受けているようでもあった。


「なるほど。腐っても貴族ということか。聖力の善し悪しは血統や環境が大きく作用するからな」


 頭上に展開された無数の剣を眺めながら呟くが、それと同時に剣達は刃先を一点へと向けると一斉に俺を串刺しにして切り刻もうと言わんばかりに雨のように降り注ぐ。

 ――だがその時たしかに観客席から、


「ブラッドーーッ! 私はお前が死ぬなんて考えていないからな! 絶対に勝つのだ!」


 そう叫ぶようにしてサツキの覇気篭る声が俺の耳に木霊した。

 だが何一つ案ずる必要はないぞサツキ。

 こんなのは等の昔に経験済みであり、俺にとっては雨粒のようなもので簡単にどうとでもなる。


「さて、色々と分かってきたからな。そろそろこの茶番も終わらせるとするか」


 無数の剣が次々と降り注ぎ腕や足を掠めていくが、そのどれもが体に傷を与えることは絶対にない。何故なら俺の体には常に魔力障壁が展開されているからだ。敢えて攻撃を受けようと思わない限りは、自動的に防御してくれるという中々に便利な魔法である。


「まずはこの土煙と無数の剣を消滅させないとな。このままでは俺の実力が観客席で見ている貴族共に伝わらんしな」


 そうして静かに両手を叩く動作を行うとそれは瞬く間に中規模の衝撃派を生み出し、周囲を覆っていた土煙や頭上に展開していた無数の剣は一斉に掻き消されるように消滅していく。


「よう、貴族達。俺を殺れたと思ったか? ははっ、残念だな。俺の五体は何一つダメージを追っていない。故にお前達が先程までしていた攻撃は全て無駄ということだ」


 全てを消し去り闘技場が最初の頃と同様に見晴らしの良い状態となると、俺の視界には貴族達が目を見張りながら口を半開きにして驚愕している様子の光景が広がっていた。


「なっ……ど、どういうことだ!?」

「まじかよー……。こんなことありえないっしょ……」

「無傷なんて絶対にありえない……おかしいおかしいおかしい」


 三人は俺の姿を目の当たりにして気でも触れたのか次々とそんな言葉を口にする。


「さぁ、ここからは俺の番だ。簡単に死なないでくれよ? 勇者の卵達よ」


 混乱している彼らを他所に俺はベリンダに気付かれないように魔力を右手に集めだすと、先程オズウェル達がしたように武装召喚を行おうと準備をするのであった。

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