7話「勇者学院の劣等生」

 俺が魔法を行使してベリンダにクラス変更させたり記憶を抹消させたあと当初の予定通りに1-Aへと向かうと、そこではサツキが当然と言わんばかりの顔をして席に座りながら待っていた。


「遅かったではないか。なにをやっていたんだ?」

「別に何もしていない。ただ単に俺の名前が読み上げられるのが遅かっただけだ」


 さっそく彼女の隣へと腰を下ろすと質問を投げ掛けられるが、妙に勘が鋭いのか単純にそう思っているだけなのか分からない。しかし絶対サツキには俺が魔法を扱える事を知られてはいけない。


 何故なら人界で使えるのは聖法という聖なる力のみであり、魔法は魔界のみで使われる魔の力であるからだ。仮に魔力を行使した瞬間を見られようものならサツキに剣を向けられるだけでは済まないだろう。最悪の場合はイステリッジ王国直属の処刑部隊が俺を捉えに来る。


「そうなのか? だったらいいが……。それよりも私達の先生は一体どんな人になるのだろうな。やはり私としては手だれの人がいいのだが――」


 彼女は俺の言葉を聞いて両腕を組みながら何処か渋い反応を見せるが、直ぐに表情をいつもの太陽のような明るい顔へと戻すと話題はクラス担任が誰になるのかというものへと移っていた。


 そしてサツキが理想の担任についての条件や要望を永遠と一人で語り続けていくと俺はそれを黙って頷きながら聞いていたのだが、それと同時に続々と新入生達が教室に入ってくる光景が視界に映り込んでいた。


 しかもこれは既に一回目の時に分かっていた事だが、あの身なりの良い貴族の男も同じ教室である。だが取り巻きの連中は幸か不幸か他の教室へと入れられていて全員が程良く分散されている状態だ。


「――それでな。やはり私が先生に求めるのは……」

「そこまでだサツキ。もう次期にお目当ての先生が来るぞ」


 未だに一人で語り続けていた彼女に静かにするように声を掛けると、この教室を担当する先生は今のところサツキが一番気になっている人なのだ。これも既に経験済みだからこそ言えることである。


「お、遅れましたぁ~! ごめんなさいっ!」


 そう焦りの声色が教室の扉側から聞こえてくると、この場に居る全員の視線は声の聞こえた方へと注がれていた。


 あとから俺もゆっくりと他の者と同様に視線を向けると当然というべきか必然と言うべきか、そこにはベリンダの姿があった。だが彼女は額から滝の如く汗を流していたり、両手を膝に乗せては息を荒げていたりと色々と忙しそうである。


 更に見たままの状況を伝えるのならば、先程まで俺達が居たあの場所から全力で走ってきた事が伺えるだろう。しかしその程度で息を荒げていて本当にベリンダは屈強なクルセイダーなのだろうかと些か疑問は残る。


「そ……それでは早速自己紹介を……げほっげほっ!」


 などと言いながら彼女は噎せ込むような咳をしながら教壇の前へと歩みを進めていく。


「な、なあブラッド。あれで本当に聖十字騎士団の一員なのだろうか? ベリンダ先生には悪いがどうにも私には実力があるようには見えん……」


 周りに聞かれない程度の声量でサツキが話し掛けてくると、その表情は煮え切らないものとなっていた。彼女は先程まで先生はクルセイダーの証を持つベリンダが良いと語っていた事から、今この息を荒げて汗を流す状態を見させられたことで不信感が湧いたのだろう。


「案ずるなサツキ。俺も同じことを考えていたからな」


 あんな姿を見させられれば誰だって疑わしく思えるは当然のことであり、俺やサツキ以外にも同じことを考えている者は多く居ることだろう。


 ――それから息を整えたベリンダが気を取り直して自身の自己紹介を最初に行うと、そのまま次々と全員が名前や趣味やらを述べて自己紹介という無駄な時間はあっという間に終わりを迎えた。


「それでは皆さん、今日から一年ほどよろしくお願いしますね! 授業は午後からですので、それまでは自由時間としますっ!」


 柔らかな笑みを浮かべながらベリンダは頭を下げると、そのまま歩き出して教室を出て行く。

 この後の予定としては生徒各自で学院内を見て回ったり、クラブ活動なるものを見学したりと自由時間となっているのだ。


 授業そのものについては昼食を食べたあとに行われることになっていて、最初の授業は聖法についての基礎知識の復習となっていた筈だ。

 ……まあ魔力しか扱えない今の俺にとって、それは退屈な授業内容と言えるだろう。


「よし、さっそく学院内の見学を――」


 サツキが椅子から腰を上げて俺を見ながら言葉を零すと、


「ねぇねぇサツキ様! 私達と一緒に学院内を見て回らない?」

「あっずりぃぞ! サツキ様との見学は俺達も狙ってたんだからな!」

「なによ! 先に声を掛けたのは私達よ!」


 それは大勢のクラスメイト達の声によって途中で掻き消された。

 しかしそれを合図にしてかサツキの周りには大勢の人が群がるように囲み始めると、どこを向いても人の顔しか俺の視界には映らなかった。


 ――だがその唐突な人だかりの勢いに当の本人でもある彼女は呆然として声を出せずにいると、


「うるさいぞ平民共が。場を弁えろ。サツキ様の前でみっともない真似を晒すな」

「ああ、オズウェルの言う通りだ。平民共は平民共らしく仲良く端っこに行ってろ。しっ、しっ」 

「やはり貴族は貴族同士で仲良くしないとね。サツキ様もそう思うだろう?」


 貴族と思われる身なりの良い男連中が平民共という言葉を使いながら人だかりに割り込んできた。

 

 しかもその中には何かと縁があるのか例の取り巻き連中を引き連れていた貴族の【オズウェル】という者が居いて、他には耳に幾つもの装飾を付けて何処か陽気な雰囲気を醸している【パウモラ】という者や、女性の様な顔立ちをしてメガネを掛けている【ティレット】という奴も居る。


 全員が自己紹介の時に自らの名を口にしていたら把握済みであるのだ。


「いや、私は別にそういうのは気にして――」


 一人の貴族に同意を求められてサツキは返事をしようとするが……


「さぁサツキ様! 僕達と一緒に学院内を見て回りましょう。ええ大丈夫ですとも、僕達が完璧にエスコートしてみせますから」

「「一緒に見学しましょう! サツキ様!」」


 それよりも先にオズウェルが一方的に喋りだして自らの手を差し出すと、その後に続いて二人の貴族も同様に手を差し出していた。さながら女性をダンスに誘うような仕草ではあるが、こうも見え見えの反応を取られると見ているこっちが恥ずかしい。


「ええい、うるさい奴らだな! そもそも私は貴族ではない! こんなのはただの飾りに過ぎない! 私はお前達が毛嫌いする平民だ! いいな? わかったな!」


 三人の手が差し出されて更に貴族の一方的な要求に苛立ちが爆発したのか、サツキは怒声混じりの口調で自身が貴族ではなく平民だという事を言い切る。


 けれど彼女の言い方は正しくもあり間違っているのだ。実はサツキの家系は全員が剣聖と呼ばれる称号を手にしていて、その功績を認められ数年前に国王が特例でエヴァレット家に爵位を与えたのだ。


 要するに平民から貴族に成り上がった家系という訳なのだが、剣聖とは聖十字騎士団と同様に過酷な試験があり合格者は毎年片手で足りるぐらい少人数である。


「……何を仰っているのですか? サツキ様は紛う事なき貴族ですよ。その証拠に制服だって我々と一緒じゃないですか」


 暫く沈黙の間が空いてからオズウェルが口を開くと視線は彼女の制服へと向けられていた。

 確かに彼の言う通りサツキが今着ている制服は貴族達が着ている物と同じである。


「そうですよサツキ様。平民というのはこういう闇のような漆黒色の服が似合う劣等種のことを言うのです」


 俺の方へとティレットが視線を向けつつ口角を僅かに上げて嘲笑うと、さきほど平民共と呼ばれた多くの者達が何処か気まずそうな表情を浮かべて顔を俯かせていた。


 彼らも俺と同様に漆黒色の制服を着ているのだ。実はここイステリッジ王国の勇者学院では制服の色によって貴族と平民が明確に差別化されているのが現状である。

 

 貴族の場合は純白色の制服となり肩の部分には勇者の証を模した金色のバッジが施されているのだが、俺達のような平民だと制服の色は漆黒色となりバッジなんぞという装飾の類は一切ない。


 そして純白の制服は穢れのない光を意味していて魔族には屈しないという意味合いがあるらしいが、それに対し漆黒の制服には魔族と同等の価値だという嫌味な比喩を混ぜた意味が込められているのだ。


 つまり人間は魔族を才能が無く無能だと考えて下に見ている節があり、それならば平民となんら変わりはないのではと俺達の制服は魔族を象徴する黒色となっているのだ。


 まったく……人族の考えることは本当に品が無いと言える。

 

 だがそういう事もあってか、この勇者学院では貴族と平民の対立は根深いものがあったりするのだ。他にも教師が貴族主義だったりとして平民の生徒に、ぞんざいな態度をしたり理不尽な罰を与えたりとして公的に虐めを行う場合もある。

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