8話「元魔王は勇者の卵と決闘する」

「こんな無能で勇者の資質すら持ち合わせていない平民と一緒に居るより、僕達と居た方がよっぽど有意義に過ごせますよ」


 僅かに俺の方に視線を送りながらティレットが蔑んだ言葉を吐き捨てると、周りに居た他の貴族達もそれに同調するかのように汚らしい笑みを零していた。


 しかし彼は適正を受けていた時に一度も顔を見ていない事から同じ班ではないことは明確で、恐らくオズウェルから俺の資質の結果について聞いたのだろう。


「なんだと? お前今ブラッドに対して何という口の利き方を――」

「チッ、ごたごたと面倒な女だな。俺達が誘ってんだから大人しく付いてこいッ!」


 オズウェルはサツキの態度を見て業を煮やしたか表情や態度を瞬く間に攻撃的に豹変させると、彼女の手首を鷲掴みにして強引に自身の元へと引き寄せようとしていた。

 

「なっ!? は、離せ馬鹿者が!」


 その急な出来事にサツキは視線を尖らせて睨みを貴族達に向けるが、それを横で見ていた俺は自身の中で不快感という感情が徐々に肥大化していく感覚を覚えていた。


「そんなに嫌がらないで俺達と仲良くしようよ~。貴族は貴族同士で仲良くしないとね~」


 パウモラが横からオズウェルを援護するように中身のない声を出すと、その隣では人差し指でメガネを固定しながらティレットが大きく頷いて得意気に口角を上げていた。


「や、やめろ離せ! 私は貴族ではないと言っているだろ! くっ、ブラッド助け……」


 サツキは剣の鍛錬を幼い頃からしていた影響で体幹が素晴らしく強度で、軽く腕や肩を掴まれたぐらいでは転ぶことや引き寄せられることもないのだが……。それでも彼女が目の前で弱々しく俺の名を口にしたことには何かしらの理由があるのだろう。


「おい、そこまでにしとけよ下等種共」


 椅子から腰を上げて立ち上がると三人の貴族に顔を向けつつ、平民ならば絶対に言えないであろう台詞を威風堂々と口にした。


 するとその言葉は一瞬にして教室内に響き渡ったのか貴族や平民が同時に黙り込むと静寂の間が訪れたのだが、サツキ達に注がれていた視線が今度は俺の方へと一点に向けられ始めていた。

 正直に言うと余りこのクラスに深入りしたくはなかったが今回は致し方ない。


「貴様……自分が今何を言ったのか自覚しているのか?」


 オズウェルの瞳が徐々に血走り始めると、その言葉を皮切りに静寂の間は終わりを告げた。


「ああ、しているとも充分にな。それよりサツキから、その汚い手を早急に離せ下等種」


 しかし彼の表情を見ても特に思うことはなく速やかに手を離すように要求する。

 だが俺の態度を見て何か思う事があるのか、一部の平民達が好機な視線を向けてきていることに気が付いた。


「ぐっ、貴様! 平民の分際で一度ならず二度までも貴族の僕達を侮辱するか!」


 ティレットが怒りを顕にして声を荒げると拳を握り締めていたが、辛うじて理性が働いているのか殴り掛かるという単純な行為には及ばなかった。


「やばいよーこれは。貴族に対しての口答えや侮辱行為は反逆罪と見なされて死刑確定だよ~。あーあクラスメイトが減っちゃうのか~残念残念」


 そして彼の隣では相変わらず陽気な雰囲気を出しているパウモラが後頭部あたりで両手を組みながら、気怠い感じで反逆罪という言葉を口すると俺に対して嘲笑うような視線を向けてきた。


 だがこの男の言う通りにイステリッジ王国には貴族が絶対の権力を有していて、こういう制度が数多くあるのだ。それもまた貴族と平民が対立する根深い理由の一端である。


「ふっ、パウモラの言う通りだ。お前は無謀にも貴族の俺達に対して反逆を犯したのだ。よってイステリッジ王国貴族法令第20条に基づいて、今この場で俺が直々に手を下してやる。有り難く思え平民」


 サツキから手を離して貴族法令という平民に対して決して良い事はない言葉を告げてくると、どうやらオズウェルは今この場で俺を処刑する気でいるらしい。随分と短期で早計な男だ。


「そうか。ならばその死刑とやらを決闘で決めないか?」


 彼の話を聞いたあと俺は一つの提案を持ちかけることにした。

 これは決してオズウェルの言葉に怖気付いた訳ではなく、二度とサツキに手を出させないようにする為に必要な事であるのだ。


「は? お前は一体何を言っている? そんな無駄な真似をする訳がないだろう。まったく、平民の頭の中には蛆虫でも湧いているのか」


 オズウェルは即答で決闘の提案を却下して人を小馬鹿にするように指で自身の頭を小突いて主張していたが、断られること自体は俺の中では想定済みの話であり次の手は既に考えてある。


「ほう、断ると言うのか? ははっ、これは面白い。どうやらお高い貴族様は平民からの申し出を断るほどに実力がないと伺える」


 敢えて周りに聞こえるように喉を震わせて声を出すと、先程まで我関与せずという雰囲気を出して机にうつ伏していた何人かの平民や貴族達が顔を上げて俺を見てきた。


 これで注目は一箇所に集まりオズウェル達は俺の話し合いから容易に逃れることは出来なくなったと言えるだろう。


 それに彼らが無駄に賢く考えて動くタイプの頭脳派人間ならば少々面倒ではあったが、絵に描いたように短期で軽率な男、オズウェルが居ればこの煽りで必ず反応を示してくる筈だ。

 残りの二人も彼に同調する傾向にあるようだしな。 


「ああ? んだと?」


 予想通りに彼は額に青筋を張りながら苛立ちを全面に出した声色で返してきた。

 この瞬間、俺の策は確実に成功すると言っても過言ではない状況となった。

 今や彼ら貴族は手のひらの上で踊り狂うマリオネットのような存在だ。


「まあ、それも仕方ないことか。何せ普段は屋敷に引きこもり親の金で贅沢をしている肥た豚共がまともに戦える筈もないからな。それならば平民の俺に恐れを抱くのも頷ける。……いやぁ悪い悪い。さぁ、俺の首を切り落としてくれて構わんぞ。豚貴族共」


 ありとあらゆる侮辱的な言葉を口にして貴族は何もできない存在として哀れみの意味を込めた視線を送ると共に、最後の決め手として自らの首を差し出すように人差し指で首元を小突いて挑発を行う。


「き、貴様どこまで僕達を侮辱すれば……ッ!」

「オズウェル~。俺久々にキレそうだよ~。ぶっ殺しちゃっていいかなー?」


 その行為に逸早くティレットとパウモラが反応すると、二人は見るからに苛立ちが増しているようで冷静な判断力を失いつつあるように伺えた。


「……よし、良いだろう。そこまで言われて引き下がる理由もない。午後の授業を決闘へと変更するように教師には俺が話を通しておく。だが……今更ずるいとは言うまいな? 例え3対1だとしても。お前から先に申し出た事だからな」


 両腕を威圧的に組みながらオズウェルが決闘の話に乗り出すと驚く事に彼が自ら決闘の事をベリンダへと伝えてくれるようで、俺としては何もすることがなくただ決闘の時を待つだけとなった。


 だがその方が助かるのもまた事実である。何故なら平民の俺が貴族と決闘したいからという理由で授業を止めてくれと言っても軽く断られるだけで、それならばまだ貴族であるオズウェルから言った方のが説得力が増すのは目に見えて明らかである。


「ああ、どんな条件でも構わんぞ。勇猛果敢に俺に挑んで来い。勇者の卵達よ」


 それに彼らが3人で挑もうが挑まないが俺にとっては問題ですらない。

 どうぞ、ご自由にしてくれといった感じだ。

 第一に俺は元魔王であり、まだ殻も破れていないような有精卵共に負ける筈がない。


「……なに言ってんだコイツ。まあいい。おい行くぞ、お前達」


 俺の言葉にオズウェルは捨て台詞のような言葉を吐くとパウモラ達を引き連れて、周りを取り囲んでいた平民達を突き飛ばし教室を出て行くのであった。

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