6話「元魔王は記憶を弄る」

 勇者の証を持つサツキが華麗に高速の剣技を披露すると、周りでそれを見ていた者達は俺の時と違いしっかりと彼女を賞賛しているようで良かった。


 だが幾らサツキが証を持っていたとしても、剣技の才能が生まれた時から備わっている能力だと思われているのは俺としては不快そのものである。あれは鍛錬に鍛錬を重ねてたどり着く境地。


 まあそれでも元々彼女には素質というより家系や血筋が大きく影響していることから、いずれは俺をも討伐できる可能性を秘めた剣聖になりうる存在ではあるが。


 それから魔界や魔王についての知識を確認する為の適正では又もや場所を移動して今度は廃城の内部へと足を踏み入れると、そこは知識の間という所で部屋の真ん中には高さ3メートルほどあるダイヤ型の水晶が置かれていて、それに触れることで知識量が測れるというものだ。


 無論だが俺は元魔王であることから水晶に触れてしまうと厄介事になることは目に見えていて、ならば不正を行うしか手はなく自らの記憶を操作して一部だけ切り取り終わったあと修復させたのだ。

 

 これで俺が魔王であることや未来の時代について水晶に暴かれる心配はなくなったと言える。

 ……あとこれは余談なのだが前回の時は、まだ完全な魔族として覚醒していなかった事から水晶は俺のことを純粋な人間だと判断していたようで特に面倒事には発展していない。

 

「で、では以上で全ての適正を終わります! このあとは適正のデータを元に私達教員が厳粛な審査をして、皆さんのクラス振り分けを行っていきますっ!」


 そう言うとベリンダは他の場所で適正を測っていた者達も再び中庭へと集めて、俺達全員を転移の魔法陣の上に立たせると複数の教員と共に手を叩いて陣を起動させた。

 

 そして眩い光が一瞬にして全員の体を包み込んでいくと、あっという間に俺達は勇者学院の敷地内へと姿を現した。


 俺の視界には又もや学院のただ広く漠然とした光景が映り込むと、この場で教員達の審査を待つことになり暫く放置を受けることとなった。


 しかし隣に立っているサツキは先程から好奇な視線の数々を向けられていて妙に落ち着かないらしく、俺の背後に隠れては視線を向けてくる者達に対してぶつぶつと文句を言い放っていた。

 

「おいサツキ……俺を盾にしても意味はないと思うが?」

「い、いいだろ別に。私はああいう視線を向けられるのが昔から嫌なんだ。少しの間このままで居させてくれ」


 そう弱音を吐くと彼女は背中に両手を添えたのか僅かに温もりと手の柔らかな感触が伝わってくると、クラス振り分けが発表されるまでならばそれも良いかとして俺はサツキに向けられる視線を肩代わりして一身に受ける事を選んだ。


「チッ……どけよ。あの劣等種がよ」

「そう言えば適正を測ってる時もそうだったけど、あの男とサツキ様は仲が良いの?」

「んな訳ないだろ! アイツは勇者の資質を一ミリも持っていない三流以下の人間だぞ!」


 するとやはりと言うべきか俺の周りからは、ありとあらゆる罵詈雑言の数々が否応なしに聞こえてくる。しかもその全てが俺に対する悪口であって、誰か一人ぐらいは純粋にサツキの剣技を褒めてくれる者はいないのだろうか。


 これなら魔族の方が数段優しいと元魔王の俺は確信を持って言える。

 何故なら向こうでは個々の才能をしっかりと認めて互いに褒め合う風潮があるからだ。

 少なくとも俺の元配下達はそうであった。

 

 ……けれど今思えば俺の配下達は変わり者が多かったからそうだっただけで、その辺は時と場合によるかも知れない。なんせ7代目魔王という外道以下の奴も居るからな。


「お、お待たせ致しましたっ。クラス振り分けが終わりましたので順次発表していきます! 尚発表される順番は完全にランダムですので、適正結果の上位順とかではないです」


 そんなことを俺が考えているうちにベリンダが一枚の羊皮紙を右手に握り締めながら何処からともなく現れると、漸く適正云々の審査が終わったらしく各々のクラスが発表されるようである。

 

 そしてここからが俺にとって最も重要な事の一つと言っても過言ではない。

 前回ではこの適正を適当に済ませたせいでサツキとは別々の教室になってしまったのだ。

 ならば今回は必ず彼女と同じクラスとなり、俺は後に起こる惨劇に干渉しなければならない。

 

「それでは最初に――――」


 羊皮紙を両手で持ち直してベリンダが新入生の名前を読み上げていくと、呼ばれた連中は次々に他の教員達の指示に従って移動を開始していた。


 俺は彼女が名前を読み上げていく様子を見ていると確かに適正結果の上位順で呼ばれているようなことはなく完全にランダムで呼ばれている事が確認できた。


 もし仮に上位順で名前を呼ばれているのならば、勇者の証を持つサツキが一番最初に呼ばれている筈だからだ。

 

「――――次の方は1-A、サツキ=エヴァレットさんです」


 ある程度の名前を読み上げたあとベリンダが一瞬だけ目を見張るような仕草をすると、勇者の資質を測る時のように声を震わせることはなくただ淡々と彼女の名を告げた。


「ん、やっと私の番か。先に教室で待っているぞブラッド!」


 漸く退屈な待ち時間から解放されたようでサツキは穏やかな表情を見せると、そのまま右手を振りながら他の教員の支持に従い教室へと連れて行かれた。


「おう。待っていてくれ」


 彼女の後ろ姿を見ながら小さく呟いて返す。……だが先程のサツキの発言から推測するに、既に彼女の中では俺と一緒のクラスになることは決定事項なのだろうか。しかし俺としてはそう思っていてくれた方が何かと都合が良いのもまた事実。

 

「そして次の方は1-C、ブラッド=エンフィールドくんです」

「なんだと?」


 自らの名前がベリンダの弱々しい声で聞こえてくると、俺は疑問の声色を漏らすと同時に視線を彼女の方へと向けた。その際に少しだけ威圧的になってしまったのは申し訳ないと思う。


「ひっ!? な、なんですか?」


 彼女は俺の視線に恐怖を感じているのか肩や瞳が震えているが……今はそれどころではない。

 前回の結果を踏まえて色々と自分なりに適正を調整してサツキと同じクラスになれるように配慮したのだが、運命というのはどうにも俺と彼女を一緒には居させたくないらしい。


 ――だが違うクラスになることも既に俺の頭の中では想定済みの話である。

 できればこの手は使いたくなかったのだが、事情が事情なだけにやむを得ないだろう。 


「ベリンダ先生? 少しの間俺の瞳を見て貰えるか?」

「えっ? それはどういう……い……み……」


 彼女は話し掛けられた直後に視線を混じえてくると警戒心というものがないのだろうか。

 これで本当にクルセイダーの証持ちというのは些か疑わしいものだが、こうも簡単に術中に陥るのであればこちらとしても好機である。


「ブラッド=エンフィールドの名のもとに命ずる。俺のクラスを1-Aに変更せよ」

「はい……ブラッド様の言う通りにします……彼のクラスは1-Aです」


 ベリンダは生きる屍のような表情で何一つ感情の篭っていない声でそう告げる。

 そんな彼女の様子を見ていれば誰でも分かると思うが、今ベリンダは俺に操られている状態なのだ。


 しかも起点となったのは目を合わせた時であり、その瞬間に互の瞳を通じて少量の魔力を流し込む事に成功すると彼女の意識や体の操作権、あらゆるもの全てが俺の意のままとなるのだ。

 

 つまり要約してしまえば俺の操り人形という訳だ。

 この場で裸になれと言えばそうなるし、人を殺せと言えば何の躊躇いもなく実行するだろう。

 ……まあ今のところはそんな面倒な事をさせる気はないがな。


「うむ、それでいい」


 ベリンダの声でクラス変更を明確に公言することで無事に変更が成立すると、俺は彼女に流し込んだ微量の魔力を取り除く為に指を鳴らした。

 そうすることで体内に循環していた俺の魔力は消滅するのだ。


「ふ、ふざけんなよ! そんなのただのわがままじゃねぇか! ずりいぞ!」

「おいおい……アイツ今なにしたんだよ!?」

「聖力を使って催眠術でもかけたのか? ……いや、何にせよこんな事は認められない筈だ!」


 すると当然の如く、その一部始終を見ていた者達が次々と声を荒らげて文句を言い放つ。

 確かにクラス変更なんぞは自身のわがままでしかない。

 そのうえ勇者の証を持つサツキと同じクラスならば尚のことそう思うのも道理と言えよう。


「おっと、外野を黙らせないと面倒な事になってしまうな」


 周囲から響き渡る男女の怒声を耳にすると、このままでは他の教員達に勘づかれるのは時間の問題だとして俺は周囲に微粒子状の魔力を張り巡らせた。

 そして静かに両手を数回ほど叩くと、


「「「……っ!?」」」


 俺の周囲に居る者達は何が起こったのか理解できていない様子で混乱していた。


「あ、あれ? 俺はなにを?」

「ついさっきまで何かを言っていたような?」

「だ、駄目だ……ついさっきの出来事が何一つ思い出せない……」


 この場に居る全員は数秒前の記憶を完全に忘れているようで、周囲からは同じような言葉が幾つも聞こえてくる。だが俺がさきに使用した魔法は記憶抹消というもので、魔力の微粒子を撒いて相手の肌に付着させることで先程ベリンダにしたような事を全員に行っただけである。


「さてっと……サツキが待っているからな。さっそく1-Aに行かせて貰うとするか」


 誰にも聞こえぬ声量で呟くと左足をゆっくりと前に出して教室の方へと歩みを進めていくのであった。

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