5話「戦闘の才能と、あざ笑う者たち」

 サツキが無事に勇者としての資質を聖杯に認められたあと、全員が順々に聖杯へと手を翳したが誰ひとりとして彼女のような炎の柱を立ち上らせる者は居なかった。


 無論だがその中には俺も含まれていて既に魔の道へと身を落としていることから、自身の中に勇者の資質なんぞ何一つ残ってなく聖杯から火が出現することすらなかった。

 一応資質が少しでもあれば炎は出現するのだが、やはり魔の者には反応しないようである。


 だがその光景がある意味珍しかったのかベリンダは目を丸くして呆然と立ち尽くしたり、周りからはあざ笑うような声が聞こえてきたりとして多少は賑やかではあったが。

 

「それでは次に戦闘の技能を測ります! 最初はブラッド=エンフィールドくんです!」


 ベリンダが俺の名を告げて前に出るように言うと場所は先程と変わって中庭ではなく少し移動して城外へと来ている。ここでの戦闘適正では彼女が魔法でゴーレムを数体召喚して、俺達がそれと戦うことで戦闘の才があるかどうか見られるのだ。


「おいおい、アイツが一番手ってまじかよ?」

「ぷぷっ、勇者の資質がないんだから戦闘も駄目に決まってるじゃん」

「あーあ。こりゃアイツが可哀想だぜ。ただの見世物になっちまうよ」


 聖杯での出来事が大きく響いているらしく周りからは数人の笑い声が聞こえたり、冷ややかな視線を向けられると何故か急にサツキが怒りを顕にしていた。


「チッ、なんだここの奴らは。ただ資質がないだけで、そうも人を下に見られるものなのか。まったく下らない者たちだ」


 両腕を組みながら俺の隣で怒りを孕んだ声で彼女が呟くと、額に青筋が浮き出ていることから相当な苛立ちを覚えていることが分かった。しかしそれを勇者の証を持つサツキに言われてしまうと、俺はかなり惨めな者となってしまうだろう。


「まあ言わせておけばいい。次期にアイツらの顔は青ざめていくだろうからな……くくっ」


 彼女の肩にそっと手を乗せて怒りを抑えるように声を掛けると、俺はこの戦闘で少しだけ力を見せつけ全員を圧巻させて、そのだらしない顔を引き締めて直してやろうかと考える。


 それは偏にサツキの為であり、こんな奴らに一々影響されて彼女が態々怒りを溜め込む必要はないからだ。全ては俺が強ければそれでいい。そう証明することで二度奴らは舐めた態度は取れないだろうからな。


「そ、そうなのか? 何か手はあるのか?」

「ああ、もちろんだ。だがサツキは何も心配しなくていい。ただ俺を見ていろ」

「……っ! わ、分かった。私はお前だけをみ、みみ、見ているぞ!」


 妙に頬を赤く染めたサツキとそれだけ会話を交わすと、俺は全員の視線を一身に受けながらベリンダに言われた通りに前へと出る。


 すると俺の目の前には既に三体のゴーレムが召喚されていて準備万端の様子である。

 しかも見た所このゴーレム達には一体ずつ属性が付与されているようで右から順に、火属性、風属性、水属性、といったところだろう。


「ほほう、流石はクルセイダーの証持ちだ。新入生相手に上級のゴーレム共をぶつけてくるとはな。まったくもって容赦のない女だ」


 三体のゴーレムに視線を向けながら呟くと俺はベリンダから開始の合図が出るのを待ち続けた。

 

「あ、あのブラッドくん? 何かしらの武器を使わないと流石に……」


 だが一向に開始の合図が出ない事に俺は不思議に思うと、彼女に言われるまで完全に忘れていたのだが先に武器を選ばないといけなかったのだ。


 しかもいつの間にかベリンダの周りには魔法で呼び出したのであろう、剣や銃などが散乱していてまるで小さな武器庫のような貯蔵量である。


「いや、結構だ。ゴーレムが相手であれば素手でも充分過ぎるぐらいだからな」


 彼女の足元に散らばる大量の武器を見て俺は武器を使わないという選択をすると、それは一種の強がりにも見えたのか周りからは再び笑い声が聞こえてきた。


「そ、そうですか……。どうなっても私は知りませんからねっ! それでは戦闘かいっ――」


 武器を使わないとして不服そうに頬を膨らませながらベリンダが開始の合図を告げようとするが、


「終わったぞ。つい先程な」


 それよりも先に俺が全てのゴーレムの核を破壊したことで目の前の三体は砂と化して崩壊してく。その余りの突然の出来事に先程まで笑い声を上げていた者やベリンダは口を大きく開けながら皆一様に目を見張っていた。


 実は彼女が合図を告げようと右手を振り上げた瞬間に俺が魔力を込めた瞳でゴーレムの核を捉えると、そのまま核の部分に自身の魔力を注ぎ込み内部で暴発させて破壊したのだ。 


「これで戦闘適正は終わりだな?」

「……えっあっ、はい。終わりです……」


 唖然としているベリンダに声を掛けると心ここにあらずという感じで何が起こったのか未だに理解できてない様子であった。


 しかしそれは他の者も同様らしく俺がサツキの隣に戻っても誰ひとりとして声を出すものは居なかった。それどころか視線すらも合わせてこない。まったく先程までの威勢はどこへやらだ。


「ふむ、少しばかりやり過ぎたかも知れんな」

「お、お前……あんな力を一体いつの間に……」


 俺の独り言に反応したのかサツキが声を震わせながら訊いてくる。


「気になるか? まあ秘密だ。それよりも次はお前の番だぞ」


 視線を合わせながら秘密ということにすると、今度はサツキの番だという事を俺は知っていた。

 そして結果がどうなるかも全て把握済みで特に面白味もなにもないのだが、それでも俺は彼女の戦いぶりを久々に見たくてしょうがないのだ。


「え、えっと次はサツキ=エヴァレットさんです……どうぞ」


 ベリンダが額に滲ませた汗を拭きながらサツキの名前を告げる。


「なっ!? お、お前は預言者か何かなのか!?」

「いんや、普通の人間だが? それよりも早く行くんだな。皆お前の戦いに興味があるようだぞ」


 驚く彼女を見ながら早く前に出るように言うと周りでは既にサツキの話題で一杯のようで、俺のことについては最初からなかったかのような反応である。


 恐らく余りにも現実離れしていたせいで本能的に避けているのだろう。

 まあその方が俺としては変に目立つこともなく寧ろ好都合と言えるが。


「くっ! あとでお前の力について詳しく聞かせてもらうからなっ!」


 そう言いながら彼女は前へと出て行くとベリンダが魔法で呼び出した数多の武器から片手剣を手に取り戦闘態勢を整えていた。


「それでは戦闘開始――ッ!」


 ベリンダが右手を振り上げて開始の合図を出すと、サツキは瞬時に居合の姿勢を整えて高速の剣技をゴーレムに向けて繰り出す。


「ぬあっ!? なんだあれは!?」

「い、一体いつ剣を引き抜いたのだ……」

「早すぎて何も見えないよ……。あ、あれが証持ちの実力なの……」


 周りの連中では彼女の剣筋が何一つ見えないらしく困惑の声が多く上がっていたが、彼女が勇者の証を持っているからと言って一括りにするのは俺としては些か不愉快である。


 サツキは幼い頃から只管に剣技を習い、ここまで上達させたのだ。

 今日の今日まで何もしてこなかったであろう連中が外から何かを言うのはお門違いである。


「ふんっ、まあこの片手剣ではこれぐらいが限界か……。降参する」

 

 あっという間に火属性のゴーレムを破壊すると残りの二体に彼女は追い詰められてしまい降参の言葉を口にした。


 よく見れば彼女が右手に持っている剣は刃こぼれを起こしていて、これ以上の戦いは続行不可能の様子である。恐らくあの片手剣は街で売っている安物の鈍らであろう。


「せ、戦闘終了っ!」


 ベリンダが冷汗を滲ませた顔で終了の合図を出すと、サツキは片手剣を破損させてしまったことを謝りながら返して俺の隣へと戻ってきた。


「「「おおおおおっ!」」」


 そして周囲の連中は彼女の剣技を目の当たりにして興奮しているのか拍手喝采の嵐を巻き起こすと共に賞賛の声を投げ掛けるのであった。

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