4話「黄金の聖杯と勇者の資質」

「それでは皆さんっ! 今から転移の魔法陣を起動させますので、足場の陣から絶対に出ないで下さいね! あ、ちなみに私の名前は【ベリンダ=テルフォード】です!」


 さっきまで息を荒げていたベリンダが呼吸を整えた様子で俺達全員に顔を合わせながら言うと、彼女は他にも教員らしき人物が多数居るらしく何処からともなく現れては魔法陣を取り囲むように立っていた。


「「「転移! 廃城キャメライン!」」」


 教員全員が同時に同じ言葉を叫びながら両手を合わせると途端に俺達の足場が青白く発光して、その余りの眩さに視界を閉じる者も多くサツキは腕で視界を覆っていた。


「ふっ、二度目の勇者適正か。まあ当然だが魔王としての力はとてもじゃないが見せられんな」


 そう独り言を呟くと勇者適正がどんなものかを既に知っているが故に、最初の頃のような胸が高鳴るという期待感は無に等しく俺は自らの魔王としての力を抑える事に気を張ることにした。

 

 しかし感情が大きく揺さぶられない限り、魔力が外部に漏れ出ることは早々なく気を張るだけ無駄かも知れんが。


「はいっ! 到着しましたよ皆さん!」


 ベリンダが自身のローブを揺らめかせながら全員に声を掛けると、どうやら俺が色々と思案している間に転移が完了していたらしい。だが確かに周りを見渡せば俺達が先程まで立っていた勇者学院の敷地ではないことは一目瞭然であった。


「うむ、ここは廃城キャメラインで間違いない」


 俺達が立っている場所は廃城の敷地内で所謂中庭と呼ばれる場所だろう。そして周りは石造りの壁で覆われていて、所々に苔が生えていることから普段は使われてないことが伺える。


「も、もう着いたのか……?」


 サツキは俺の言葉に反応したのか視界を塞いでいた腕を下げると、他の者達と同様に左右や上下へと顔を動かしては口が半開きとなっていた。


「な、何なんだここは一体? こんな場所一度も聞いたことないぞ?」


 本当に廃城に転移したことに彼女は困惑しているのか目が次第に丸くなっていく。

 だがサツキの言うことも分からないではない。ここは廃城キャメラインと呼ばれている場所だが、その実情は誰も知らないのだ。誰が、いつ、何の目的で建てたのかも定かではない。


 ただ一つだけ言えるとするならば今はイステリッジ王国の管理下に置かれて、こうして俺達の適正を測る場所として使われているということだけだ。


「えーっとそれでは皆さんの適正を測る為に今から幾つか課題を出しますね」


 手を数回叩いて視線を誘導させると全員の顔が向いたのかベリンダは適正についての説明を始めた。


「まず一つ目に勇者としての資質を測る為の適正があります。そのあとに戦闘の技能、魔界や魔王についての知識量と順に行っていきます!」


 彼女は矢継ぎ早に今から行われる適正の内容を全員に伝えていくと、やはり今回も当然というべきか内容に変化がある訳もなく俺は適当に話を聞き流した。しかし勇者としての資質を測る適正では少しばかり誤魔化しを使わなければ面倒な事になりそうだ。 


「戦闘の技能だと? ふんっ、そんなの分かりきっていることだ。この俺様が一番だということはな」


 適正の説明を聞いて気分が上がっているのか先程まで教員に対して怒りを顕にしていた貴族が得意気に鼻で笑うと余程戦いに関しては自信があるように見える。


「そうですよ! 兄貴が一番っす!」

「他は若の足元にも及びませんね」

「んだ! んだ!」


 そして取り巻きの連中は先程と同様に肯定の言葉を送ると、貴族の男は更に気分を良くしたのか頬を緩ませて高笑いを上げていた。


 するとその光景が異様に見えたのか彼らの近くに近寄ろうとする者は誰ひとりとして居なく、俺の隣ではサツキが冷ややかな視線を貴族や取り巻きの連中に向けているぐらいであった。


「それでは時間がないので直ぐにやりましょう! ……といってもある程度は班分けして行いますね? その方が円滑に進みますので」


 ベリンダがそう言うと一斉に他の教員達が動き出して次々に、この場に居る新入生達の名前を呼んでいくと俺とサツキは同じ班分けとなった。


 ……しかもこれは既に分かっていたことなのだが、あの身なりの良い貴族の男も同様に同じ班だ。取り巻きの連中に関しては全員別々の班分けとなっていたが。


「よし、これなら大丈夫そうですね。では早速ですが一人ずつ前に出てもらい、聖杯の前で手を翳して貰います。そうすれば勇者としての資質がどれぐらいのものか分かりますので!」


 大勢の新入生達が細かく班分けされたあとベリンダが周囲を見渡して場の様子を伺うと漸く適正が行える状態が整った様子であった。そして彼女は徐に指を鳴らすと、俺達の目の前には黄金色に輝く聖杯が突如として出現した。


「おぉ……あれが聖杯なのか?」

「ああ、そうだ。決して貴族が酒を入れて楽しむ器はではないぞ」


 サツキが次に発言する言葉を知っている俺は先にそれを言うと、彼女は瞬時に顔を向けてきては幽霊でも見たような表情を浮かべていた。

 しかしそんな表情も次第に崩れていくとサツキは、


「んなっ! なぜ私の考えていることが分かった!?」


 両手で拳を作ると小さく上下に振って随分と恥ずかしそうであった。


「まあ勘とでも言っておこう。それよりも前を向いていた方がいいぞ」


 一番最初に適正を測るのは彼女であり直ぐに名前を呼ばれることを考慮して前を向くように言うと、サツキは答えを得られなかった事から不服そうに唇を尖らせたまま前を向いた。


 しかし久々に彼女に出会えたことで俺はサツキの色んな表情を見られる事に至福を感じると、ついつい余計な手を出してしまいがちで軽率な行動は今後控えるべきかと少し悩む。


「それではまず最初は……おおっとこれは!?」


 バッグから名簿リストのような物を取り出して目を通していくと、ベリンダは急に声を高くさせてリストを持つ手を小刻み震えさせていた。


「ま、まさか生きている間に勇者の証を持った人物に出会えるなんて……」

「「「……ッ!?」」」


 声を詰まらせながら彼女が勇者の証という言葉を口にすると、それは一瞬にしてこの場に居る全員に聞こえたらしい。


 何故なら俺以外の者達は皆一様に表情を驚愕のものへと変えて、全ての時が止まったかのように周囲が静寂に包まれたからだ。辛うじて聞こえるのは別の班の者達の声だけであり、俺は呆気に取られている全員の意識を戻そうと手を叩いて音を鳴らした。

 

「こ、こほんっ。改めて最初の人はサツキ=エヴァレットさんです! 聖杯の前へどうぞ!」

 

 するとベリンダが一番最初に意識を取り戻したようで、軽く咳払いをしながら彼女の名前を言うと前へ出るように促した。


「は、はい!」


 それに対してサツキは短く返事をすると聖杯の前へと向けて歩き出したのだが、緊張しているのかぎこちない足取りとなっていて表情は完全に固まっていた。


「なんだと? あんな女子が証持ちだというのか?」

「す、すごい! 同い年で証持ちなんて……これは自慢できるぅ!」 

「エヴェレット家って確かあの剣聖の……」


 彼女が動き出すとそれに合わせるように俺の周りからは他の者達の様々な雑音が聞こえてきたが、緊張した面持ちを見せながらもサツキは無事に聖杯の前へと到着した。


「こ、これに手を翳せばいいんですか?」


 極度の緊張が影響しているのかサツキは適正のやり方を忘れたらしく教員に尋ねていた。

 だがこれは完全に余談になるが意外とサツキは人前に出て何かをするというのは苦手な方であるのだ。


「そうでっす!」


 ベリンダは勇者の証を持つ者と対面していることで気分が向上しているのか、表情が生き生きとしていてなんとも活力が溢れているように見える。


「……え、えーいっ!」


 自身の右手を見ながら覚悟を決めたのかサツキは妙な掛け声と共に聖杯へと手を翳した。

 

 ――その刹那。聖杯の中から夥しい量の炎が立ち上ると同時に、少量の火の粉が飛んでいくと弾けるような軽い音を周囲に撒き散らし始めた。


 しかも火の粉が弾ける際に青、緑、赤という風に色鮮やかに発光すると、それはそれで一種の芸術的な光景として捉える事ができて俺は暫くの間視線を奪われた。


「な、ななっ! なんだこれは! 私は何か変なことでしてしまったのか!?」


 サツキは自分が何かしてしまったのではと思っているようで、両手で頭を抱えながら物凄く動揺している様子であった。


「ほう、久々の証持ちの到来に聖杯が歓喜の炎を上げているようだな」


 焦りの表情を浮かべている彼女を視界に捉えつつ、俺は聖杯が炎を立ち上らせた理由を知っているが故に自然と口角が上がりそうになる。


 それは勇者の証を持つ者が聖杯に近づくと自然と起こる現象であり、証を持っていない者がサツキと同じことをしても少量の炎が上がるだけでああはならないのだ。

 それでも勇者の資質が高ければ一概にそうとも言い切れないが。


「あっ、収まっていく……。い、一体なんだったのだ……」


 聖杯から上がっていた炎の柱が段々と勢いを失っていくとサツキは安堵したのか、さきの焦りの口調から小言のような事を口にすると炎が完全に鎮火するまでその場を動くことはなかった。

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