3話「魔王と幼馴染は学院に立つ」

 俺とサツキの出会いは単純なものであり、それはごくありふれたものと何ら変わらない。

 これは母から聞いたことなのだが、俺とサツキが生まれた場所は同じ病院内らしく誕生の時刻までもが一緒らしいのだ。


 だからサツキの家の両親と俺の母が知り合うのも必然のことで、幼い頃からサツキと一緒に遊んだり勉学を共にしたりと過ごしてきたのだ。

 しかし幼い頃の俺は彼女の性別をずっと男だと勘違いしていのだ。


 理由としては昔のサツキは髪が短くて木の枝を持っては勇者ごっごをしていたからだ。

 そういうごっこ遊びは男子特有のものかと、その時の俺は思い込んでいて自然と彼女のことを男だと認識していたのだ。


「ふっ……何故だろうな。今更昔の記憶がふつふつと蘇る。これも時間遡行の影響か?」


 幼馴染の性別を間違えていた頃の妙に恥ずかしい記憶がふと脳内に鮮明に呼び起こされると、俺は勇者学院の制服を手に取り魔法を行使して瞬時に着替えてから姿見で自らの格好を確認する。


「ふむ、やはり見た目も若かりし頃の俺だ。だが……よもやまたこの制服に袖を通すことになろうとはな」


 魔王として君臨していた頃は顔が魔族そのものであったが、今は純然たる人間の顔であり僅かに懐かしむと次に制服へと視線を移して呟いた。


「さて準備もできたし、そろそろ一階へと向かうか。あまり待たせると業を煮やしたサツキから、鉄拳制裁が飛んでくるかも知れんからな」


 幼馴染の性格を考慮して早々に朝食を食べに行こうと自身の部屋を出て行くと、そのまま一階へと続く階段を降りていく。


 本当は俺もサツキと同様に母の作る手料理を食べたいと思っていたのだ。

 幼馴染を殺された直後に俺は魔の道へと身を投じて、最後の自害を除いて一度も人間界に戻ることはなかったからな。


「おはよう母よ。いつも通りに俺はミルクと肉とパンで頼むぞ」


 一階へと降りると早々に俺は当時毎日食べていたメニューを頼み、近くに置いてあった木製の椅子に腰を落ち着かせると、料理を作る母の後ろ姿とパンをスープで流し込むサツキの様子を眺めるのであった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「おお……ここが今日から私達が入学する勇者学院か」


 朝食を堪能したあと俺とサツキは家を出ると、今日入学式が行われる勇者学院の校門前に立っていた。周りを見渡せば俺達と同じ一学年だと思われる勇者候補生達が大勢歩いている。


 そしてここイステリッジ王国の勇者学院に通う者は皆が勇者になりうる存在であり、勇者とは魔王を討伐しようと魔族と戦う者を示す言葉である。

 サツキのように勇者の証を持って生まれた者のみが勇者という訳ではないのだ。


「中に入るぞサツキ。このまま真っ直ぐ進めば勇者適正と呼ばれる、組の振り分けが行われている会場へと着く」


 いつまでも校門の前に立っていても仕方なく声を掛けると、消える筈もない学院での記憶を辿りながらこのあと何が行われるかを伝えた。


 ……だが伝えたからと言って何がどう変わる訳ではない。ただ単純に息を吐くように漏れてしまっただけの事である。恐らくサツキと一緒に居る事で気の緩みに繋がってしまったのだろう。

 

「そうなのか? ……いや待て。おかしくないか? なぜ内部の事情を私と同じ新入生のお前が知っているのだ?」


 最初こそ首を傾げてサツキは煮え切らない反応を見せるが、徐々に瞳を疑惑のものへと変えると問いただすように睨みを利かせて顔を近づけてきた。

 

 ……たぶん俺が忘れていただけで彼女は意外と鋭い視野を持っているのだろう。

 これからは己の気の緩みを正しつつ、俺が昔の俺ではないことを悟られないようにしなければならない。


「ああ、それは簡単なことだ。前に俺の家に泊まっていた男が、この学院の出身者だったからな。それで色々と話を聞いただけだ」


 一先ず家に滞在していた放浪の男から情報を得たことにすると、意外と視野の広いサツキに嘘だと悟られないように呼吸の乱れや視線の角度、その他諸々を平常時と同等にして疑いの余地を与えないようにする。

 

「……そういうことか。では私達も他の者達に遅れを取らないように行くとするぞ」


 彼女は暫く目を細めながら視線を合わせて渋い顔をしていたが、俺の家が宿屋だということで信憑性が増したのか両腕を組みつつ納得した様子であった。


 そしてサツキが先に歩き出すと俺もその後に続いて勇者適正と呼ばれる、クラス振り分けが行われている会場へと足を進めた。

 

「ほう……ここがお前が言っていた勇者適正なんちゃらという場所か?」

「ああ、そうだ。次期に教員が来て適正について説明してくれる筈だ」


 俺とサツキは勇者適正と行う会場へと到着すると、ここは学院内のただ漠然と広い敷地の真ん中で特に目を見張るような建造物はなく、強いて言うのであれば俺達の足元には巨大な転移の魔法陣が白色の粉で描かれていることぐらいだ。


 しかも周囲を見渡せば同じ新入生の者たちが大勢居るのだが、その一部は困惑した様子で他者の顔を見ては本当にこの場所で合っているのかという疑心暗鬼に駆られている様子である。

 

 確かに一見すれば何の施設も道具もないこの場所で適正なんぞ測れるのかという疑問は生まれるだろう。だかしかしこの場所で間違いはなく、このあと数秒後に一人の男性生徒が舌打ちをすると同時に一人の女性教員が現れることを俺は知っている。


「3……2……1……0。来るぞ」


 カウント数を呟いたあと一人の男子生徒へと視線を向ける。


「チッ……貴族の俺様を平民共と同じ場所に長居させやがって。ここの教員共は全員無能なのか?」


 身なりの良い一人の男子が舌打ちをして苛立ちの篭った言葉を吐き捨てると、周りには数人の取り巻きらしき生徒達が居るだが、その全員が奇妙な笑みを浮かべて即座に彼を肯定していた。

 だが彼の言うことにも一理あり、既に予定の時刻から10分ほど遅れが生じている状態だ。


「す、すみません! 少しばかり遅れてしまいましたぁ……はぁはぁ……」


 そして間隔を空けずに俺の予想通りに赤と黒を基調としたローブを身に纏った女性教員が慌てて俺達の元へと近づいてくると、彼女は肩で息を荒らげている事からここまで全力で走ってきた事が伺えた。

 

「この人が勇者学院の教員……なのか?」

「そうだとも。それに見ろサツキ。彼女の襟元にはクルセイダーの証が付けられているぞ」


 何とも微妙な表情を浮かべているサツキに対して俺は人差し指を立たせて女性教員の首元へと向けると、そこには太陽の光を反射して赤色に光り輝く十字の形をしたバッジが付けられていた。


 この人界の世界では多種多様な証が多く存在するのだが、その中でも十字の形をしたバッジの意味は【聖十字騎士団】のメンバーを表しているのだ。


 さらに要約してクルセイダー達の事を語るのなら、彼らは魔族との戦いのエキスパート集団だと言えるだろう。俺も魔王の頃はだいぶ苦戦を強いられた事がある。まあ負けたことは一度もないのだが。


「おお、本当ではないか! ということはこの先生は、あの過酷な入団審査に合格した強者ということだな。うむうむ、これは中々に腕が鳴るな!」

「あー……自信満々に頷いているところ悪いが、今の俺達では教員と手合わせる機会は無いと思うぞ」


 興奮気味に瞳を輝かせているサツキを見て冷静になるように声を掛けると、思いのほか俺の言葉が効いたのか目を見開いた状態で顔を合わせてきた。


 まるでこの世界に終焉が訪れたかのような顔をしているが、新入生の俺達がクルセイダーの証を持つ教員と戦うにはそれなりに実績を積んで認められるか、模擬訓練中に頼み込むしか手はないだろう。……だが俺はこの先の事を知っているがゆえに敢えて先の言葉を口にしたのである。

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