2話「魔王と幼馴染は再会する」

「ッ……ここは一体……」


 魔剣で自らの心臓を貫いて自害した俺は小鳥が囀るような声を聞いて目を覚ました。

 不鮮明な意識のまま周囲の様子を伺うように視線を動かすと、次第に意識がはっきりとしてきて俺は驚愕の感情で胸がいっぱいとなった。


「俺は戻ってこれたんだな……この時代に……」


 どうやら無事に魔剣の能力で過去に戻る事ができたらしく、俺が目覚めた場所は人間の頃に使っていた部屋であり、置いてある物がどれもこれも懐かしいものばかりであった。


 ……というのも俺は純粋な人族ではなく6代目魔王と人間の女性との間に生まれた混血児であるのだ。だから体の半分は魔族の王としての血が流れていて、俺は自身を中途半端な者と称している。つまり血は父譲りの魔族寄りだが、見た目は母譲りの人間寄りということだ。


 そして父は人間と協力して争いのない平和な世界を作ろうとしていたらしく、その時に人間の母と出会い共に愛を育んだらしいのだ。魔族と人族が共に愛し合うことで平和への道筋とする為に。

 

 だが今思えばもしかしたら俺が平和主義なのは父の血が濃い影響なのかも知れない。

 顔や姿は一度も見たことないが、母曰く顔は父にそっくりらしい。


 けれどそんな平和を願うような異端の魔族が居てはならないと、力こそ正義という絵に描いたような思考を持つ若い魔族によって父は殺されてしまったのだ。それも俺が生まれる前に。

 その事を当時の母は口惜しそうに何度も俺に語っていたのを今でも覚えている。


 そして父を倒した事で、その若い魔族は魔王の座へと着くと7代目魔王が新たに生まれたのだ。

 ……そう、俺の目の前で幼馴染を惨たらしく殺した憎き魔王である。

 今でもあの残虐な光景は俺の脳裏に鮮明に焼きついて消えることはない。


「アイツは人質を取ると無抵抗のサツキを触手で縛り上げ……俺の目の前で四肢をゆっくりと引き千切り……。最後は腕を心臓部に貫通させて魂ごと粉砕しやがった……ッ」


 あの日の出来事を再確認するように自らの声で呟くと、俺の感情が揺らいだせいか魔力が外部に放出されたらしく周囲に置いてある物が次々に音と立てながら崩壊を始めて塵となった。

 

「……そうか、やはり能力はそのまま引き継ぐことができたか」


 物が崩壊していく様を見て感情を落ち着かせると能力が無事に引き継がれている事を認識して、俺は右手を広げながら塵と化した物の残骸へと向けて魔力を放つ。

 すると俺の魔力を浴びた塵はたちまち元の形へと戻るように再生されていった。


「うむ、これで大丈夫であろう。流石に部屋が散らかっていては怪しまれ――」

「お、おい! 大丈夫かブラッド!? 今物凄く大きな音が聞こえたのだが……」


 部屋の扉が勢い良く開け放たれると同時に、そこには焦りの表情を浮かべたまま声を掛けてくる懐かしい幼馴染の姿があり、彼女は勇者学院の制服に身を包んで俺を見ながら立っていた。


「サ、サツキ……本当にお前なのか……?」


 俺は自らの視界に彼女の姿を捉えると、あの時と何一つ変わらない姿に自然と涙が零れそうになるが、それと共に色んな感情が一気に溢れ出ないようにと必死に心の中で堪える。


 サツキは艶のある漆黒色の長髪を上手く後ろで纏めていて、顔は相変わらず気の強そうな表情であり、胸はまだ16歳だというのに平均よりも大きく、身長は俺よりもふた回りほど低くい。

 本当に何一つあの頃と変わらない俺の幼馴染【サツキ=エヴァレット】本人である。


「んなっ!? 一体急にどうしたの言うのだ!?」

「すまない本当に……あの時の俺は余りにも無力だった……。だが今度は必ずお前を守ってみせる。もうお前だけに苦しい思いはさせない……」


 気が付くと俺は自然とサツキに抱きついて自身の思いが少なからず口から出ていた。

 しかし今更この感情を止める術はなく俺は力強く温もりのある彼女を抱きしめ続けると、サツキが本当に今こうして目の前で生きている事を実感する。


「え、ええい離せ馬鹿者! いつまで抱きついているつもりだ! 私達はまだ15なんだぞ! そういうのはちゃんと大人になってからでないと駄目だっ!」


 抱きついて暫くするとサツキは現状を理解したのか顔を赤く染めながら無理やり俺を引き離した。だがこの無駄に力強い動きに直ぐに何かを勘違いする性格……どれも今の俺にとって全てが懐かしい。

 

「……ふっ、そうだな。そういう頑固な性格も相変わらずだ」


 自然と笑みが込み上げてくると久々に幸福というものを俺は身を持って感じていた。


「だ、大丈夫か……? なんだが今日のお前はおかしいぞ? いや、いつもおかしいのは知っているが今日は特に輪を掛けて変だ。おばさまには私から言っておくから今日の入学式休むか?」


 赤く染めていた頬の色味を徐々にサツキは無くしていくと、今度は目を丸くして俺の言動を不思議に思っているようで口調が真面目なものとなっていた。


 入学式……そうか。今日が勇者学院に俺とサツキが入学する日なのか。

 ということは紛れもなく俺の体は15歳の頃に戻り、魔王の道へと足を踏み入れる一歩手前ということか。


 この人界では生きていく為の最低限の知識と魔界や魔王について15歳で学び終えると、次に魔王を倒す為の勇者を育成する勇者学院と呼ばれる専門の場所に入学することになるのだ。


 人界では魔王は絶対なる悪として教えられ人々の悲願は魔王を討伐し、魔界に住む魔族達をも殲滅して人類の安寧を手にすることである。

 やり方は違えど双方は互の種族の平和を実現させようと戦っている訳だ。


「いや、何の問題もない。多分だが変な夢でも見たせいだろうな」


 色々と思案をしていたせいで俺は返事が遅れたが夢のせいだとして誤魔化す。


「そうなのか? だったらいいが……」


 サツキは若干疑っているのか目を細めて顔をじっくりと見てくるが、俺は取り敢えず変に疑われないようにと話題を逸らすことにした。


「それよりも朝食食べていくだろ? いつもようにな」

「ああ、もちろんだ! 私はおばさまの美味しい朝食を何よりも楽しみにしているっ!」


 どうやら俺の話題逸らしは成功したようで、彼女は一瞬にして表情を晴れやかなものへと変えると右手で拳を作り上げて見せてきた。


「ははっ、そうか。ならば先に下に行っててくれ。俺は今から制服に着替えないといけないからな」


 軽い笑い声を敢えて出すことでサツキの気分に合わせると、俺は服を着替えないといけない事から部屋から出るようにお願いした。


「わかった。なるべく早く着替えるのだぞ! 朝食が冷めてしまうからな!」


 彼女は小さく頷いてから部屋を出ると、その言葉を最後に扉を閉じて一階へと降りていく足音が聞こえた。

 実は俺の家は宿屋を経営していて二階建てなのだが……今はそれはどうでもいいことか。


「やはりサツキの右手の甲には勇者の証が刻まれているな……。クソッ、なにが選ばれし者だ。あんな痣がなければアイツは……」


 この人界では数千年に一度に現れるか現れないかという微妙な割合で、勇者の証と呼ばれる痣を体の一部に宿して生まれてくる人間が居るのだ。


 それは魔王を討伐して人界に住む人々を平和へと導く素質を秘めていたり、歴代の英雄達の加護を受けていたりと諸説ある。だから全くもって何の意味のない痣ではないのだ。

 少なくとも俺にとってそれは確定した死の刻印にすら見えるのだから。


「だが全てをやり直す為に俺はこうして再び戻ってきた。魔王としての膨大な魔力も引き継いだままな。……この時代で俺は必ずサツキを救う。今はそれだけが唯一の信念であり最優先目的だ」


 手のひらから黒炎を放出させながら重みのある独り言を呟くと、与えられたやり直しという機会を無駄にすることなく全てを完璧にこなしてみせると、俺は決意を新たに黒炎を握り潰すのであった。

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