歴代最強の10代目魔王はやり直す。~全ては幼馴染の勇者を救い、争いのない世界を実現させる為に~

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第一章 全てをやり直す

1話「魔王はやり直す」

「ふっ……どうやら俺の命もここまでのようだな……」

「「「魔王様!」」」


 とある魔界の最深部に作られた魔王城の玉座に座りながら俺は君主としてはあるまじき弱音な言葉を呟くと、周りに居た配下の者たちが一斉に反応して声を掛けてきた。

 

 そう、俺は自らの寿命が尽きることを悟ったのだ。

 幾ら魔王と言えど寿命が完全に無いわけではなく、俺みたいな特殊で中途半端な者だと特にそれが顕著に現れる。


 しかし思えば10代目の魔王として長らく魔界を統治していたが、文字通り命を燃やして日々色んな事を行ってきたと今なら実感できる。

 なんせ俺の周りにはこんなにも自分の身を案じて大粒の涙を流す大勢の配下達が居るのだから。


 ……けれど心残りがないと言えばそれは嘘になる。

 最後の最後まで俺の野望でもあった、争いのない平和な世界を実現させることは叶わなかったからだ。


「はははっ! そんな顔をするな皆の者! 俺はお前達と出会えて本当に良かったと心の底から思える。これから先はお前達だけで平和な世界への実現を頼む」


 配下全員の表情を見て俺は高笑いをあげてこれ以上悲しませないようにすると、右手を握り締めて拳を作りあげると彼らの目の前へと突き出して夢の意思を引き継ぐように告げた。


 この場に居る大勢の配下達は皆、俺と共に平和な世界を願う者達で志は常に一緒であるのだ。

 だから……俺はそんな中で一人先に逝ってしまうことが誠に無念ではあるが、きっと彼らならばこの先どれほどの長い時間が掛かろうと必ず実現させてくれると信じている。


「ぐっ……ま、魔王ざまっ……」

「嫌です……死なないで下さい魔王様……私達にはまだ貴方様のお力が必要……」

「そ、そうだ……私達の寿命を使って延命を……」


 ダークヴァルキリーの啜り泣く声を筆頭にサキュバスやドラキュリーナも涙混じりの声を出して俺が死ぬことについて悲しんでいる様子であり、そんな彼女らの背後では更に大勢の配下達が同じく涙を流しては肩が大きく震えていた。


「お前達の気持ちは痛いほどわかる。だがこればかりは自然の摂理だ。どうか分かってくれ。……それと魔王の俺がこれを口にするのは些か恥ずかしいのだが、俺はお前達を本当の家族だと思って永久とわに愛している。例え種族や血が違えど共に過ごした時間は消えないからな」


 自らの死期を悟ったからであろうか俺は気恥ずかしい気持ちを抱えつつも、愛という言葉を配下全員に伝えると頬を人差し指で掻きながら気恥しさを誤魔化す。


「ま、魔王さまぁぁ……」

「泣くなアラクネッ! 私達が泣いてしまっては……魔王様が安心して逝けないではないか……っ」

「オーガちゃんも……ひくっ……泣いてるじゃん……」


 俺の言葉が心の底に響いたのか涙を堪えていた者達が続々と泣き崩れていく。


「くっはははっ! よいよい泣いても構わん。泣いてくれる者が多ければ、それほど俺はお前達に信頼されていたという事になるからな」


 その光景を見ながら俺は再び笑い声をあげると、こんな何も成すことができなかった自分の為に涙を流してくれることに感謝の気持ちすら湧いていた。


「……だがそろそろ俺は行く。最後の時は一人で過ごすと決めているのでな」


 そう静かに告げると俺は玉座から腰を上げて全員が見守る中で転移の魔法を発動させた。

 すると玉座の隣には薄桃色をした長円形型の霧のもやが出現する。


「「「はいっ畏まりました! 長きに渡り魔界統一お疲れ様でした。10代目魔王【セイヴァー=パツィフィスト】様!」」」


 俺の行動を見て最後の時だと配下達は悟ったのか一斉に敬礼の姿勢を取ると、涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔を向けながら魔王としての名を叫ぶと共に労いの言葉を送ってきた。


「うむ、ではな諸君。これらかの魔界を託す。さらばだ」


 皆の顔が見られるのもこれで最後かと思いながら頷いて返すと、この別れの言葉を最後に俺は発動した転移の術式の中へと足を踏み入れ、とある場所へと瞬間移動した。

 

「……ああ、相変わらずこの場所だけは変わらない。幾度の時を超えようとも」

 

 転移の術式から出たあと俺は独り言を呟きながら周囲を見渡して立ち尽くした。

 ここは人間界と呼ばれる場所で魔界の裏側にあり、俺の足元には数多くの花々が一面に咲き誇っていた。


 そのどれもが今も尚照り輝く太陽の日差しをしっかりと浴びていて色合いも美しく、それでいてここの空気はとても澄んでいる。


 実は嘗て俺がまだ幼く魔王になる前は勇者の証を持つ幼馴染と共によくこの場所で遊んでいたのだ。

 だがその幼馴染も勇者学院と呼ばれる次代の勇者を育成する機関に入学して直ぐに、不運にも授業中に7代目魔王の奇襲を受けて帰らぬ者となってしまったのだ。


「すまないサツキ。俺はお前を生き返らすことも平和な世界を作ることも……なにも実現させることはできなかった……」


 幼馴染の名前を口にして自身が何もできなかったことを懺悔するように吐き出すと、俺は魔力を込めた右手のひらを正面へと向けて空間を歪ませると透明な柩を出現させた。

 その柩の中にはとうの昔に死んだ幼馴染が今も寝ているように横たわっている。


「なぁ……こんな俺を今のお前が見たら笑ってくれるか?」


 左手を伸ばして柩に触れると俺はサツキの顔を見て随分と昔に枯れたと思い込んでいた涙が零れた。彼女を生き返らせようと俺は何度も気が遠くなるようなほど蘇生の魔法や儀式を行ったことがある。……だがその尽くは失敗に終わった。

 

 何故なら彼女の魂は7代目魔王に殺された時に、既に塵も残らないほどに粉砕されていて蘇生不可となっていたからだ。

 恐らく7代目は勇者の証を持つサツキを危険視して念入りに殺したのだろうな。


 俺が唯一できた事と言えば、ただ幼馴染の体を当時の状態にまで戻すことのみだった。


「……そうだよな。まったく笑い話にもならない人生だ。だがな? そんな下らない人生も、やり直す方法がたった一つだけある。これを使うんだ」


 返事が帰ってくる訳でもないが、それでも俺は彼女と会話をしているように話を続けて右手に一つ武器を出現させるとサツキに見せるように顔に近づけた。


「これは魔剣の一つで【時間遡行の剣】と言われている。主な能力としては時間を遡るという単純なものだが、存外これが一番の業物なんだぜ」


 俺が右手に持っている魔剣は一般的な剣と見た目は大差なく、鍔の部分に小さな円形の時計が嵌め込まれているのが印象的であった。


 しかし魔王として長く魔界を統治してきた俺だが漸くここから全てをやり直せるという気持ちが強くなると、感情が制御できていないのか魔剣を持っている手が震える。

 そして俺がなぜこの魔剣を手に入れて直ぐに使わなかったかには理由があるのだ。


 それは時間遡行の剣を使用する際に膨大な魔力を消費する事から蓄える時間が必要であると共に、俺が魔王としての能力を限界まで高める事で遡行に成功した際に向こうでの失敗を確実に減らす為である。


「つまりこの魔剣で俺が自害すれば任意の時間まで遡り、全てをやり直せるということだ。まあこれ自体が本物の魔剣かどうか怪し部分はあるが、ただ死ぬのを待つだけならば試してみる価値はあると思わないか?」


 手元で匠に魔剣を回しながら俺はサツキに微笑みかけるように尋ねると、これはきっとそう……見間違いだと思うが彼女の閉じられた両の瞼の隙間から涙のような雫が流れ落ちたように見えた。

 

「……ッそうだな。待っていてくれサツキ。今度こそ必ず俺がお前を救って、この世界を争いのないものへと変えてみせる」


 魔剣で遊ぶのを辞めて持ち直すと俺は覚悟を胸に刻み込むと、もう何も失うこともなく自身の野望も必ず果たすと今この場で亡き幼馴染の前で誓う。


「くッ、その為に力を貸せ時間遡行の剣! 俺は全てをやり直しに行く!」

 

 魔法で魔剣を空中に浮かせて刃先を自らの心臓部へと向けると、俺の中で死に対する恐怖感なんぞ等になく寧ろ死ぬことに対して膨大な希望という感情が湧いてくる。

 そのまま俺は魔剣に視線を向けながら人差し指を曲げて指示を出すと――


「ぐあぁっ……まだだ。まだまだぁぁぁああ!」


 時間遡行の剣は心臓部を正確に貫き、鮮明な痛みが俺の体中を駆け巡ると口から血が噴き出た。

 だが最後は自らの手で命を終わらせようと魔剣の柄を握り締めて、更に体の奥へと食い込ませると俺は確実に自身の息の根を止めようとする。


「……かはっ……これでいい。……これでまた……サツキに会える……」


 全身の力が抜けていく感覚と共に彼女の柩へと吸い寄せられるように倒れると、俺が命尽きる前に見たものは――――サツキが安らかな顔のまま泣いている光景であった。

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