第5話
『他に要件はありますか?』
「ある。見ての通り、オレは動かないエスカレーターに一人取り残されている。スマホのバッテリーが切れてセージも使えない。正直どうしたらいいか分からない。考えるのを手伝ってほしい」
『はい。分かりました。思考を支援いたします。では、まず何をしたいですか?』
「寒いのをなんとかしたい」
『上着を着用してはどうでしょうか?』
「それもロッカーに入ってる。取ってこられる?」
『ハンドラがないためできません』
「そうだった」
『ご自身で取りに行かれてはどうでしょうか?』
「それができるなら、やってるよ。エスカレーターが止まって宙ぶらりんなのに、どうやって行けっていうんだよ」
『止まったエスカレーターは階段と同じですので、一歩ずつ降りられます』
え? 目からウロコにもほどがある。
「おまえ、賢いな」
『褒めていただき、ありがとうございます』
おそうじロボの提案を採用して、一歩踏み出す。
なにこの感覚、めまい?
ものすごい違和感で足下がふらつく。
「すごく変な感じがするんだけど、本当に大丈夫なの?」
『はい。その感覚は、ブロークン・エスカレーター現象と呼ばれる既知の現象です。人によってはめまいに似た感覚を覚えるようです。転倒の危険があるので気をつけてください』
「もっと早く言ってほしかった」
『申し訳ありません。聞かれなかったので答えることができませんでした』
微妙に使えないヤツだなと思いながら、止まったエスカレーターを恐る恐る降りて三階にたどり着いた。
「ありがとう。もういいよ」
『では失礼します』
そう言っておそうじロボは本来の業務に戻った。
オレは二階へ向かうエスカレーターまで歩き、同じように降りていく。
一階に着いて荷物と上着を回収し、夜間通用出口から外に出ることができた。
モバイルバッテリーでスマホの充電をすると、新年のあけおめメッセージがいくつか来ていた。
いつもどおり、セージが自動で返信していく。
「セージ、止まったエスカレーターを歩いたことある?」
『いいえ。私は止まったエスカレーターを歩いたことはありませんが、止まったエスカレーターを歩くと、ブロークン・エスカレーター現象と呼ばれる錯覚現象が起こり、非常に危険です』
「知ってる。体験してみたい?」
『私は、錯覚を体験することはできません』
「やってみないと分からないだろ。ちょっと待ってろ」
そう言って建物内に戻ろうとしたけれども、すでに夜間通用出口は施錠されてドアは開かなかった。
「今から何をすると正月っぽいかな?」
『初詣はどうでしょうか? 近くの八幡神社には屋台も出店しているようです』
「よし、そうしよう」
オレは自転車に乗り、八幡神社に向かってペダルをこぎ始めた。了
まよなかエスカレーター 的矢幹弘 @dogu-kun
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