第3話

10分が過ぎ、20分が過ぎても腹痛の治まる様子はない。

こういうときどうすればいいのか、セージに聞くためにスマホを手に取る。

あれ? 画面が暗い。よく見るとバッテリーが残り3%しかない。

思い返せば、充電中に店長から電話があって、そのまま充電し忘れていたんだった。

SNSの通知が気になり、それを確認していると、セージに腹痛対策を聞く前にバッテリーが完全になくなった。

あとでモバイルバッテリーで充電しよう。


それからしばらくして足音が聞こえ、誰かが男子トイレに入ってくるのが分かった。

足音はオレの個室の前で止まった。

「誰かいるのか?」と男の声がする。

不審者をとがめるような、そんな響きがある。

「はい」とオレがか細く返事をする。と同時に排便の音がトイレ内に響いた。

「大丈夫ですか?」と、先ほどとはうってかわって同情的な声になった。

「ええ、ただ腹痛がなかなか治まらなくて」

「救急車を呼びますか?」

「いえ、でも、そろそろトイレから出られる気がするんで、大丈夫です」

「そうですか。私は警備の者ですけど、あなたはお客さんじゃなくて、テナントの方ですよね?」

オレはバイト先のテナントと氏名、それに従業員IDを答える。

「確認できました。もう我々も退勤しますので、終わったら夜間通用出口から出てください」

「わかりました」

「24時には完全に消灯しますから、くれぐれもそれまでに出てくださいよ」


しばらくして腹痛が治まり、ようやくトイレから出ることができた。

フロアの照明はほとんど落ちて暗く、人の気配もまったくない。

一階の更衣室で着替えて荷物を回収したいので、下りエスカレーターに乗った。

四階から三階のちょうど中間くらいまで進んだとき、すべての照明が消え、エスカレーターも急停止する。

体がつんのめり、転げ落ちそうになったけれど、手すりを掴んで踏ん張って耐えることができた。


停電?

いや、さっき警備の人が24時に消灯すると言っていたので、もう24時になった?

時間を確認するためにポケットからスマホを取り出すけれど、画面は真っ暗のままだ。

そういえばバッテリー切れだった。

代わりに壁の時計を探すけれども、暗すぎて時間どころか時計の位置もわからない。


オレは、真夜中の無人ショッピングモールの、それもエスカレーターの途中に取り残されてしまったのだ!

どうすればいい?

セージにそれを聞こうとして、スマホの電源ボタンを押すが、画面は暗いままだ。

バッテリーが切れているのだ。

「誰かいませんか?」

大声で助けを求めるが、無音の世界が広がっている。

力なく、その場にへたり込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る