第四話

「その提案は受け入れられないよ、すみれ」

 と、好美さんは私の言葉に難色なんしょくを示した。続けて彼女は、

「私の話になるが――。私は成果主義の厳しい会社で、求められる成果を上げられずクビになったから、ただ『いるだけ』でいい居場所を作りたくなった。その『いるだけ』でいい居場所であるがるしぇの維持のために、利用者の皆さんに負担をかけるわけにはいかない」

 と、理由を説明する。それに対して私は、

「その居場所が、なくなっちゃいそうなんでしょう? だったら、背に腹は代えられないはずです! 私の提案、受けてください! お願いします!」

 と、必死に頼みながら、頭を下げた。それを受けて好美さんは、

「…………」

 黙り込んで、一分くらい考えていただろうか。それから彼女は口を開き、

「……分かった。居場所を守るために、あがくだけあがかなきゃな。よろしく頼む」

 と言って、手を差し出してくる。私は、

「――はい。ありがとうございます、好美さん!」

 と答えながら、その手を握り返した。



 次に説得する必要があるのは、他のみんなだ。

 好美さんが、ダイヤちゃんと歩夢さんと晶子さんをがるしぇに呼び出して、集まってもらう。

 そして好美さんが、

「がるしぇ存続のために、購入型のクラウドファンディングをやります。だから皆さんも、返礼品を用意してください」

 と言って頭を下げると、みんなの反応は渋かった。

 まずダイヤちゃんが、

「そう言われてもよ……。あたしも今の趣味、まだ金になるレベルに育ててねえし。ちょっと無理……」

 と、彼女には珍しく弱気な態度を取って、次に歩夢さんも、

「んー……。寝てばかりの私に、何ができるの……?」

 と、眠そうに目をこすりながら言って、最後に晶子さんが、

「私は、ちょっとものづくりできるけど……。だけど、がるしぇの運営費を稼げるくらいの高いもの、あるいは大量のものを作るのはちょっと厳しいわねえ」

 と、ため息交じりに言う。

 そんな口々のリアクションを聞いても、私は好美さんの隣から一歩前に踏み出して、

「もちろん、がるしぇの運営費になるだけのお金を得ることは難しいと思います。だから、無理にとは言いません。それでも――私のわがままですけど、皆さんにもできるだけあがいてもらいたいんです」

 と言って、頭を下げた。好美さんも、

「そうそう。無理は言いません。皆さんにできることでいいんですよ」

 と、両腕を広げながら言う。それを聞いて、ダイヤちゃんと歩夢さんと晶子さんは少し考え込んだ。それから、まずダイヤちゃんが、

「――よし分かった! 正直今まで、食っていけるレベルの『何か』を得てこなかったあたしだ! 今度こそ、その『何か』を得られるかどうか勝負してやる!」

 と、力こぶを作りながら意気込んで、次に歩夢さんも、

「そうだね……。寝てばかりいる人なりに、存在価値を示したいね……」

 と、こっくりこっくり首を傾げながら言って、最後に晶子さんが、

「そうね。私も、今までのお小遣い稼ぎからレベルアップできるかもしれない。挑戦してみるわ」

 と、ガッツポーズしながら宣言する。

 そのリアクションを聞いて、私と好美さんは、互いに笑顔を向け合った。



 次に私たちは、クラファンの具体的な返礼品を考える段階に移った。

 まずダイヤちゃんが、

「プラモかな……? それともギターの演奏動画……? トランプの一人用ゲームの動画……?」

 と、うんうん首をひねりながらうなっていると、横から好美さんが、

「ダイヤ。君はとっても、その……挑戦的だ。だから、いろいろ新しい趣味に挑戦してる姿の動画を、返礼品にすればいいんじゃないか?」

 と指摘する。それを聞いてダイヤちゃんは、「それだ!」と、好美さんの言い分に乗っかるも、すぐに、

「……それ、なのか?」

 と疑問を発しながら、複雑な顔をした。好美さんも、苦笑いしながら、

「……うん。そ、それだよ。常に未経験のことに挑戦できることが、君の最大の武器だ。それを活かさない手はない」

 と、フォローする。そこまで説得されて、ダイヤちゃんも、

「言われてみれば、そうだな! 挑戦しつづけるあたしの姿を、日本中に届けるぜ!」

 と、納得した。



 次に、歩夢さんと晶子さんは、商品を共同開発することになった。

「デスクでのうつぶせ寝用枕になるだけじゃなく……。椅子の背もたれに装着してヘッドレストにできたり、腰枕にしたりもできるスリーウェイタイプにするのはマストかな……」

 と、自分の仮眠用枕を見せながらアドバイスする歩夢さんに、晶子さんもふむふむとうなずいている。それだけでなく、晶子さんは歩夢さんの仮眠用枕を触りながら、

「表面の材質はコットンで、中身は低反発のウレタンね……。手に入るかしら」

 と、積極的に考えていた。



 そんな風に、クラファンに向けて積極的に動くみんなのかたわら、私はまたがるしぇに溜まり出したいらないモノを処分するくらいしかできなかった。

 そしてとうとう、

「好美さん。言い出しっぺの私が言うのもあれですけど、私、自分に何ができるのか分かりません」

 と、好美さんに悩みをぶちまける。すると彼女も、少し考えてから、

「……できることなら、あるじゃん」

 と、私が片付けている途中だった不要品を指差して言った。私が、

「片付け、ですか? けど、それでどうやってクラファンの返礼品を――」

 と聞き返すと、好美さんは、

「いや、もっとその先のレベルだ。ミニマリズム――つまり、必要最小限のモノだけを持って生活できることが、君の特技なんじゃないか?」

 と言う。私ははっと目を見開いて、

「確かに。家でも私、生活に必要なモノは必要最小限にするようにしてました。……だけど、そこからどう返礼品を作ればいいんですか?」

 と、彼女に同意しつつ、新たな疑問をぶつけた。好美さんは、また少し考えてから、

「そうだな……。本を書けばいいんじゃないか? ミニマリストとしての、君の生きかたをつづった本をさ」

 と、提案してくる。私はそれに、

「分かりました……。本なんて書いたことないけど、やってみます」

 と、不安混じりながらも同意した。



 好美さんは、

「私も、さすがに本を書いたことはなくても、学生時代レポートや論文とかは書いてた。その書きかたを参考までに教えよう」

 と、協力を申し出てくれた。それから、

「まずは、参考のために、既存のミニマリストの本とか、本の書きかたについての本とか読もうか」

 とアドバイスしてくれる。

 その言葉に従って私は、既存のミニマリストの本や、そもそも本の書きかたについての本を、電子書籍で買った(ちなみに経費は好美さん持ち)。それから、パソコンを持っていないので、スマホで書きたい時に書けるよう、オンラインドキュメントのアプリをダウンロードする。

「本を読むにあたっては、章ごとの要約とか、読んでる途中で思ったこととかこまめにメモすること。それから、君の本が一通り書き終わったら、直すために私に見せること」

 と、注意点を指示してくれる。

 そういう準備をして、私もどうにか本を書けそう、という気がしてきた。



 それから、まずは本の書きかたについての本を読んで、

「なるほど……。アイディアは逐一ちくいちメモすることが大事なのか……」

 ということをオンラインドキュメントにメモしたり、ミニマリストの本を読んで、

「私もこの人と同じこと考えてたけど、そのまま書いてパクリにならないかな……? 基本は同じだから、被っちゃってもいいのかな……?」

「そもそも私、意識して減らさなくても、服とか料理とか化粧品とかにこだわってこなかったしな……。ミニマリストになると、そういう自分の価値観が理解できるってことか……」

「結局、最後は読者自身の試行錯誤が必要になるのか……」

 ということを考えて、やっぱりオンラインドキュメントに逐一メモしたりした。



 その後、好美さんにも相談しながら、実際の本の執筆に移る。

 まずは、

「ミニマリストの本を読んで、だいたいの構成を考えたんですけど……。著者がミニマリストになった経緯・ミニマリストとしてのメリット・具体的な片付けや節約のテクニック・ミニマリストとしての哲学……。だいたいそんな感じで書こうと思うんですが、どうですか?」

 と、好美さんに聞いてみた。彼女も、

「よく考えたな! よし、それで行こう!」

 と、OKを出してくれる。

 それから、私は本を書き始めた。

 まずはプロローグ。私がミニマリストになった経緯だ。お母さんに家事を任される過程で、自然と片付けをするようになったという事実を、赤裸々せきららに書く。

 次に、ミニマリストとしてのメリット。いつも家が片付いているので掃除が楽だとか、持ち物が少ないので選択に時間やエネルギーをかけることがないとかいうこと。

 それから、具体的な片付けや節約のテクニック。飽きてしまったモノや使っていないモノは思い切って捨てるべきということや、どうしても必要なものごと以外にお金を消費すべきではないということを、家での経験や、それにがるしぇでの経験も交えて書く。

 最後に、ミニマリストとしての哲学。ミニマリストであるためには自分自身を知る必要があるのだから、結局は読者自身が試行錯誤してミニマリストを目指して欲しいという、自分自身の経験やミニマリスト本から学んだことを書いた。

 それらの内容を私はスマホで、がるしぇにいる間も、それから自宅で時間が取れる時も、ひたすらぽちぽちと書いた。

 私が本を執筆している間に、好美さんはクラファンサイトでプロジェクトのページを作っていて、ダイヤちゃんは自己啓発本とか料理とかイラストとかいろいろな趣味に乗り換える姿の動画を撮っていて、歩夢さんと晶子さんは、いくつもの試作品を試した上で共同開発の仮眠用枕を完成に近づけていた。

 そして、一か月ほどで、私は本を一通り書く。それを、好美さんのパソコンからログインしてもらってオンラインドキュメントで見てもらい、

「内容が分かりにくいところとか、不自然な言葉遣いとか誤字脱字とかコメントで指摘しとくから……。修正よろしく」

 と指示された。

 そして、好美さんのコメントに従って本を直したり、直したものを好美さんにまたチェックしてもらったりするのに二週間ほどかけて、クラファンの募集期限までに、私は本を完成させた。それは、好美さんのパソコンでオンラインドキュメントからワープロソフトにコピペして、ワープロソフトのファイルの形でクラファンの支援者に送ることにする。

 一方、ダイヤちゃんもここ一月半ほどで取り組んできた趣味の動画を撮り続けていて、

「漫画のレビューに……。お菓子作りに……。ヒトカラに……。相変わらずいろいろ取り組んでるね、ダイヤちゃん……」

 と、動画を見た私は呆れ、もとい感心した。

 また、歩夢さんと晶子さんも、共同開発の仮眠用枕を完成させていて、

「すみれちゃん。ちょっとこの枕で寝てみて?」

 と晶子さんにうながされ、私は丸テーブルで、同じ仮眠用枕に突っ伏して寝ている歩夢さんの隣でその枕に顔を伏せて寝てみる。

 その枕は、両腕で抱え込むにもちょうどいい高さがあって、なおかつ柔らかくしっかりと頭を支えてくれて、私も思わず寝入ってしまいそうになった。



 そのように、返礼品を作り終えて、私たちはクラファンの募集期限を迎えた。

 募集期限の翌日、みんなが集まるがるしぇで、好美さんはスマホを手にして、

「私もまだ、募集結果を見てないんだ……。ここで、みんなと一緒に見たいから。それじゃ、開くぞ……」

 と言いながら、緊張の面持ちでスマホを操作する。私はばくばく鳴る心臓の音を聞きながら、ダイヤちゃんはごくりと生唾を飲みながら、歩夢さんも珍しく直立不動でしゃきっと起きていながら、晶子さんも胸元でぎゅっと両手を握りながら、それぞれ好美さんを見守った。

 そして、好美さんが目を丸くしてから、無言でスマホの画面を私たちに向ける。そこに表示されていたのは――

 募集金額の満額が集まった、という結果が表示されたプロジェクトページだった。それを見て、

「やった……!」

 と喜びをかみしめながら、私はガッツポーズして、

「よっしゃー! やったぜ好美!」

 と、同じく喜びながら、ダイヤちゃんが好美さんに抱き着いて、

「よかったよー……!」

 と、歩夢さんががらにもなく万歳して、

「これで、がるしぇが続くのね……」

 とため息交じりにこぼしながら、晶子さんがはらはらと涙を流していた。

 好美さんも、

「この結果が出せたのは、皆さんの協力のおかげです……! みんな、ありがとう……!」

 と、涙目でお礼を言ってくる。そして彼女は、涙をハンカチで拭いてから、

「それと、できたら皆さんに今後やってほしいことがあるんだけど――」

 と、話を続けた。



 それから一か月以内に、私とダイヤちゃんと歩夢さんと晶子さんは税務署に届け出をした。事業家としての開業届だ。

 私は、ミニマリズムを発信する著述家ちょじゅつかとして。ダイヤちゃんは、いろいろな趣味の動画を発信する動画クリエイターとして。歩夢さんと晶子さんは、快眠グッズを開発し続けるために二人で法人を立ち上げた。

 これは、私たち自身のためだけでなく、がるしぇのためにも必要なことだった。なぜなら――

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