第三話

 がるしぇが終了するという、好美さんの宣言。

 それを聞いて、足元の地面が崩壊してしまったような感じがした。

 それでも私は、

「……どういう、ことなんですか」

 と、かすれ声を絞り出す。それを受けて好美さんは、

「がるしぇの事業は、市の補助金で行ってきたんだけどさ……。活動内容に公益こうえき性が認めらないということで、来年度からの補助金は打ち切りになったんだ」

 と説明した。それを聞いて、まずダイヤちゃんが、

「ふざけてくれやがって! ちょっとあたし、今から市役所に行ってくる!」

 と言ってがるしぇを飛び出そうとして、私と好美さんで必死に彼女を掴んで引き留める。

 次に、片付けのためにどうにか起きていた歩夢さんも、立ったまま首をこっくりこっくり傾げだしたかと思うと、

「あ……。やば……」

 と言いながら、素早く丸テーブルに着席して、仮眠用枕に顔を伏せて寝息を立てだした。

 それから晶子さんも、

「困ったわねえ……」

 とだけ、ため息交じりに言って、呆然ぼうぜんとした様子で立ち尽くしていた。

 そんな私たちのリアクションを見て、好美さんは、

「……こうなったのは、私の力不足です。皆さん、申し訳ない」

 とおびしながら、腰を九十度折って頭を下げた。



 その翌日。

 私ががるしぇに行くと、他の利用者は誰も来ていなかった。

 それでもいつも通りがるしぇに来ていて、パソコンに向かっていたところ私に気付いた好美さんに、

「こ、好美さん? どうして他のみんなは来てないんですか?」

 と、私は尋ねる。彼女は渋い顔をして、

「彼女たちに連絡を取ってみたが……。みんながるしぇがなくなっても大丈夫なように、自力でどうにかするって言ってた」

 と答えた。私が「そんな……」と言うと、

「……せめて、みんなががるしぇに来なくなっても連絡が取れるように、みんなの連絡先と住所を教えとこうか」

 と言って、チャットアプリで、他のがるしぇ利用者たちのIDと住所のスクショを送ってきた。



 その日私は、他のがるしぇ利用者たちを訪ねて回ることにした。

 まずダイヤちゃん。お昼前に、市の南部にある一軒家を訪ね、インターホンを鳴らすと彼女が出てきて、

「おう、すみれ! 今度こそ一生ものになりそうな趣味を見つけたところだ! まあ上がってけよ!」

 と言って、私を家に招き入れる。

 ダイヤちゃんの部屋に入ると、いつぞやのがるしぇと違って、意外とすっきり片付いていることに驚いた。それに気づいたらしいダイヤちゃんは、「うちだと親になんでもすぐ捨てられるからな」と説明してから、床に並べたトランプを示す。そして、

「今日からトランプの一人用ゲーム始める! これなら、一人でも楽しめそうだからな!」

 と言う。私は、

「へえ……。がるしぇがなくなっても、大丈夫そうだね……」

 と答えて、彼女の家を後にした。



 次に訪ねたのは、歩夢さんのところだ。市の中心部からちょっと東にずれたところのアパートの一室。そこで昼過ぎにインターホンを鳴らして、相変わらず眠そうに目をこすりながら出てきた歩夢さんが、

「ああ、すみれちゃん……。どうしたの?」

 と尋ねてきたので、私は、

「みんながるしぇに来てないから、どうしてるか気になってみんなのところを回ることにしたんです。歩夢さんは、どうしてますか?」

 と答えた。それに彼女は、

「寝てるよ、やっぱり。一人でも、寝てれば寂しくないからね。用件はそれだけ?」

 と返す。私は、

「はい……。失礼しました」

 と答えて、歩夢さんの部屋も後にした。



 最後に、晶子さんのところを訪ねる。午後、市の中心部にあるマンションの正面玄関で、インターホンの番号を押して通話しようとしたところ、ちょうどロビーから晶子さんが出てくるところだった。「あら、すみれちゃん」と少し驚いた彼女に、私は歩夢さんにしたのと同じ説明をする。それに晶子さんは、

「好美さんからも聞いたと思うけど、私も自力でなんとかしようとしてるの。具体的には、がるしぇ以外の居場所を探してるところよ」

 と言って、スマホで、市内の個人経営のカフェのサイトや、社会教育団体のサイトを見せてきた。「すみれちゃんもどう?」と聞いてくる彼女に、

「私は……。ちょっと考えます……」

 とだけ答え、晶子さんのマンションを後にした。



 そして夕方。

 私は、つのる危機感を抱えながら、がるしぇに戻ってきた。そして好美さんに、

「好美さん! 言われた通り、他のみんなも、がるしぇがなくなる前提で生活する気まんまんです! 資金面のこと、どうにかできないんですか!」

 と詰め寄る。それに対して好美さんは、

「実は私も、市の補助金打ち切りが決まる少し前から頑張ってたんだけどさ……。ちょっと待ってくれ」

 と言ってからスマホを操作して、画面を私に見せた。

 それは、クラウドファンディングサイトの画面だった。好美さんの名前で資金を募集するページがあって、そして集まっている金額は、私の食料の買い出し二回分程度だ。

 それを見て「そんな……」と落胆らくたんする私に、好美さんは、

「クラファンにも、返礼品を用意する購入型と、返礼品なしでお金を募る寄付型があってさ……。私も最初は購入型を考えたんだけど、用意できる返礼品もないから、寄付型を選んだんだ。そして集まった金額は、ご覧の通りだ」

 と説明した。それから彼女は、

「……改めて、力及ばず申し訳ない。せめて、他のみんなとのつながりを、どうか今後も維持してくれ」

 というお詫びを、頭を下げながら口にした。



 その日の夜。

 身体の中心を締め付けるような不安が消えず、私は再び不眠に陥った。

 二十二時に布団に入って、ひたすら横になり続けるも寝付けず、再び時計を見ると零時を回っている。

 一人では眠れない。これまでの経験からそう判断し、私はスマホを起動した。

 誰かが起きている可能性に賭けて、私は好美さんに教えてもらったチャットアプリのID――ダイヤちゃん、歩夢さん、晶子さんのもの――に、『今どうしてますか?』とメッセージを送る。

 するとまず、すぐにダイヤちゃんから、

『トランプの一人用ゲームやってたら遅くなった』

 と返信が来た。その後すぐに彼女は、『すみれはどうしたんだ?』と聞き返してくる。

 私は、

『がるしぇがなくなって、また一人ぼっちになるかもしれないと思うと眠れなくなった』

 という本音を、ためらわず吐露とろした。すると意外なことにダイヤちゃんも、

『あたしもやっぱりがるしぇがなくなるの嫌』

 と返信してくる。その理由を彼女は、

『すぐに趣味に飽きていろいろなことをやりすぎるあたしが怒られなかった場所はがるしぇだけ』

『中学の時は三年間に八件の部活を渡り歩いて怒られたし、受験勉強にもすぐ飽きて成績が伸びずに高校にも落ちて怒られた』

『今日もトランプばかりやってたら親に怒られた』

『そう言えばがるしぇに通所することには飽きなかったな』

 と説明した。私はそれを、うんうんとうなずきながら見てから、

『やっぱり何とかしたいよね』

 と返信する。

 ダイヤちゃんが『おうよ!』と応じてすぐ、歩夢さんからも返信が来た。曰く、

『さっき目が覚めた。睡眠が不規則になりがちでさ』

 とのこと。私が『大丈夫ですか?』と聞くと、

『あんまり大丈夫じゃないかも。昼間会った時は強がったけど、一人じゃ安心して眠れないみたい。人に囲まれて安心して昼寝できる場所が欲しい』

 と、彼女は返信してくる。

 私も、ダイヤちゃんに言ったように、一人では眠れなくなりそうだと説明してから、

『やっぱり歩夢さんにも、がるしぇが必要ですよね』

 と返信した。

 その後、少し眠くなってきたので六時まで寝て、起きてから朝食の準備をしていると、七時過ぎに晶子さんからの返信が来た。曰く、昨日個人経営のカフェに行ってみて、今朝社会教育団体の集まりにも参加してみたところだという。だが、

『やっぱり、がるしぇほどゆるい居場所はないわね』

 と、彼女は結論付けた。それにも私は、

『晶子さんも、できたらがるしぇがいいですよね』

 と返す。

 そんな風に、他のみんなと話して、私の気持ちは固まった。



 その日も、午前に私はがるしぇに行った。そこで、

「おはよう、すみれ。今日も一人かもしれないけど、どうかのんびり――」

 と言いかける好美さんの言葉をさえぎって、私は、

「好美さん。購入型のクラファンをやりましょう」

 と提案する。

 驚く彼女に、私は続けた。

「返礼品は、私たちが用意します」

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