Bitter ' zephyr

第12話 恋心




 〈SUZAKU製 SSK_ES03s-P〉


 私の恋人の名前だ。

 私の名前は 長谷部はせべ 朱音あかね

 そして私の恋人は シンセサイザーキーボード。


 母親がピアノ教室をやってる関係で 物心つく前から 私の隣には 鍵盤があった。

 もちろん ピアノも練習したけど 私の心を捉えたのはキーボードだった。

 上下2段に分かれた鍵盤と足下のベースペダル。

 そしてなんと言っても 盤面を埋め尽くす無数のボタン。

 1つ1つのボタンに数多あまたの音源が内蔵され この世に存在する有りとあらゆる音色を奏でることができる。


 彼女の神変万化の歌声に魅了された私は 春も 夏も 秋も 冬も彼女の傍らで過ごした。

 私は 自分の気持ちを言葉にするのが苦手だ……特に 幼い頃は そうだった。

 でも 彼女は 私の気持ちを誰より解ってくれて 雄弁に表現してくれた。

 喜び 怒り 哀しみ そして 音楽を奏でる楽しさ。


 小学校の高学年になる頃には 自分でレジストリを打ち込んで 1小節ごと1音ごとに音色を細かく調整できるところまで 彼女と仲良くなっていた。



 そんな時〈彼〉に出会った。

 小学校の時 教室にいたガサツな生き物達とは 全然違う爽やかな笑顔。

 少女マンガに出てくる王子様みたいな綺麗な立ち姿。

 ちょっとヤンチャで ずっと1つ前の席だったのに 中1の冬休み前でも 私のこと『ハセガワさん』って呼ぶ いい加減なところも なぜか母性本能くすぐられる感じで可愛くて。

 


 そんな〈彼〉が たまたま音楽の時間に

 


「ハセガワさんて 音楽得意なんでしょ? わたし ロックに興味あるんだよね」



 って。

 

 その日から 必死でロックの猛勉強をした。

 ロック雑誌を読み漁り コード進行のルールを覚え もちろん キーボードで 弾き込んでロックのリズムを身体に染み込ませた。


 

 そして運命の告白。



「ねぇ 私とバンド組まない? ロックやりたいんでしょ?」


「えっ? いいの? わたし ギターやってみたいんだー」



 天にも昇る気持ちだった。


 〈桜―Vermilion―〉ってバンド名にした。

 2人の名前繋げただけ。

 でも カッコいいってめっちゃ褒めてくれて。

 

 〈彼〉は 音楽のことなんて 何も知らなかった。

 ロックやりたいって言ってたけど J-ROCKとJ-POPの区別もついて無かったし ギターも触ったこと無かった。

 でも声はピカイチ綺麗だったし トークも抜群。

 もちろんルックスも。


 〈彼〉が やりたいっていう流行りの曲に 簡単なギターアレンジを考えて 残りのパートをキーボードで演奏る。

 声出すの苦手だったけど 中3の夏からは コーラスも歌った。 

 〈彼〉に出した注文は1つだけ。

 

『ファンの前では〈ボク〉って言うこと』

 

 〈ボク〉って言う〈彼〉は 本当に最高にカッコいい王子様。 

 普段は朱音って名前で呼んでくれるようになったし ライブの時は〈相棒〉って紹介してくれた。

 元から友達多いタイプだったし ファンも増えた。

 でも 一番傍にいるのは〈相棒〉の私。


 高校生になる頃には〈彼〉のギターも上達してきて 本格的なロックも演奏れるようになった。

 ファンの娘にラブレター貰ったり 呼び出されて告白されたり。

 でも そんなの 全然 本気にも 相手にもしてなかった。



 ……それなのに。


 

 高2の後半くらいから 頻繁に話題に出てくる娘が……。

 ファンでも なんでも無い 冴えない三つ編のマジメだけが取り柄みたいな風紀委員。


 そして 冗談でしょ?って思ってる間に 本気の恋愛相談が始まった。

 本当になんでも相談された。

 アドバイスすると最高に嬉しそうな笑顔でお礼を言われた。

 心の底から 私のこと信頼してくれてる笑顔。


 当たり前だ。

 だって〈彼〉には「私の恋人は キーボード」って言い続けてきたんだから……。

 


★☆★



 白いおとがいを少し鳴らして ペットボトルの液体を喉に流し込む。

 本当に綺麗な〈彼〉の横顔。


 

「いつも ミルクティーよね。 そーゆーとこ なんだかんだ お嬢様だよね~。ロッカーなら 炭酸飲みなよ」


「炭酸 飲んだらロックなの? 朱音のロックの定義 よくワカンナイ」


「炭酸は それだけでパンク。そしてコーラはロックよ。もちろん青いラベルのヤツね。ロックは体制への反抗なのよ」



 ライブ前 控室での下らない会話。

 お互いの緊張をほぐすために 舞台に上がる寸前に 与太話をする。

 何回目のライブからだったかな?

 もう 思い出せないけど ここ数年は お約束。


 目を合わせ 拳を軽くぶつけてから 私は先に舞台へ。

 

 キーボードのところにスタンバイしてレジストリの最終チェック。

 照明が点くと同時に〈彼〉が舞台に駆け上がりホットスタート。

 ガンガンのロックチューンで 盛り上げる。


 

 狭い講堂とはいえ 客席は ほぼ満席。

 〈桜―Vermilion―〉のラストライブ。

 高校生活最後のライブ。


 照明係をやってくれてる軽音部の後輩にキューを出す。


 上鍵盤。

 下鍵盤。

 そして ペダル。

 ポジションもオッケー。

 

 ライブ開始まで

 …………5

 ………4

 ……3

 …2

 照明が煌々と灯るのと〈彼〉が舞台に駆け上がるのが同時。 

 そしてギターをかき鳴らす。

 

 同時に私もGO!!

 

 割り当て時間は 30分。

 全力で ぶっ飛ばす。

 


★☆★



「次が 最後の曲になります」


「「「えーーーーーーっ」」」



 講堂に集まったファンの口から悲鳴が洩れる。

 


「みんな ゴメンね。でも これが最後。ボク達〈桜―Vermilion―〉の5年間を 応援してくれた みんなへの感謝の気持ちとサヨナラの気持ちを込めて歌うから」



 〈桜―Vermilion―〉最後の曲。

 〈彼〉が ファンに伝えた通り〈桜―Vermilion―〉は今日で解散。

 軽音部のルールで文化祭が引退ライブ。

 明日の後夜祭は 別名義で出演する。

  


「みんなの笑顔。みんなのゲンキ。それがボク達〈桜―Vermilion―〉のパワーの源でした。最後の曲はT-GROで『教室の窓を開けたとき 長い夏休みが終わった』です。聴いて下さい……」


 

 最後の曲は 私が選んだ。

 夏の終わりの雰囲気と 静かに幕を下ろす切ない片想いを重ね合わせた物悲しいナンバー。

 〈彼〉に この曲を歌って欲しかった。

 そして 一緒に歌いたかった。


 〈彼〉は まだ 知らないけど この曲が〈桜―Vermilion―〉の 本当に最後の曲。

 この文化祭が終わったら 別の大学へ進学するつもりだってことを〈彼〉に伝える。

 大学行っても 活動を続けるつもりの〈彼〉にサヨナラを伝える。


 私の前奏に合わせて 〈彼〉が メタリックブルーのエレキギターを爪弾き始める。

 〈桜―Vermilion―〉最後の演奏。

 〈彼〉との 5年間が脳裏を過る。

 

 あと数分。

 最後の時間と音に 思いっきり浸る。


 

 

 

 

 

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