第8話 雪が降ってきた




「また 怒ってるの?」



 広場へと向かう駅前の雑踏を抜けながら 咲良が聞く。

 暗褐色のタートルネックにフード付きのミドルコート。

 そして スキニーなパンツスタイル。

 長身の咲良によく似合った冬の装い。

 


「ええ そうよ。思い出しいかりってヤツ。アンタのせいで アタシもすっかり不良の仲間入りよ」


「勢いで キスしちゃったのは 悪かったけど みんなに祝福してもらったし 公認カップルになったし 結果オーライじゃん?」


「停学になったのよ? 停学。1日とはいえ停学よ? 停学になった風紀委員長なんて前代未聞よ。恥よ 恥。学校聖心館の黒歴史ってヤツだわ……」



 後夜祭での熱烈キス事件は生徒指導部で取り上げられ『高校生として不適切な行為』ということで 2人には1日間の停学処分が下されたのだった。

 


「市崎先生のおかげで 風紀委員長の仕事はクビにはならずにすんだっしょ?」


「それはそうだけど 内部進学の推薦なくなったりするかもって思って ホントに泣きそうだったんだからね」



 生徒指導部の中には 文化祭期間中という対外的な場面でのこの騒動に対して厳しい処分を科すべきとの意見も多かったが 新聞部や咲良のファンクラブ(職員室メンバーを含む)を中心に 寛大な処置を望むキャンペーンが張られ 比較的軽微な処分となったのだった。

 30年ほど前 同じように文化祭中に公衆の面前でキスした2名の生徒は『聖心生にあるまじき破廉恥行為』とされて退学処分になったらしいのだが……『時代は変わるのよ』これは市橋先生の述懐。



「推薦のハナシも 聖心大日文科の推薦 2人共もらえたし なんとかなったじゃん」


「まぁ それに関しては 中間試験も期末試験も めっちゃ勉強教えてくれたし お陰でかなり順位上がったから それの効果もあると思うし 感謝はしてるけど……。アタシ 一般入試になったら アンタと同じレベルの大学なんて絶対ムリだし。同じ大学行けないかもって ホント 夜も寝られなかったんだからッ」



 そう言いながら 毬乃は 絡めた右腕に力を入れ 恋人の腕に身を寄せる。



「で 何がそんなに 楽しいの?」


「だから アンタのせいで 不良になっちゃったって言ってるのッ。クリスマスの夕方に私服でデートとか アタシ いったい何個 校則違反してるのかしら……」


「クリスマス どっか行きたいって言ったの 毬乃じゃん」


「そーよ。アンタが 学校帰りのカフェとか カラオケとか ゲームセンターとか 悪いこといっぱい教えるから クリスマスにデートしてみたいなんて悪いこと考える不良になっちゃったのよ?」


 キラキラの笑顔で毬乃が続ける。

 

「去年の今頃なら クリスマスに友達と遊びに行くって聞いても『生指部の先生に捕まって 全員退学になりますように』ってお祈りするような良い子だったのに」


「今は?」


「こんな格好で生指部の先生に会っちゃったら 即退学かもね。しかも恋人と一緒だし。でも そのドキドキ感が ちょっと楽しいかも。アタシも とんだ不良に落ちぶれたモンだわ」



 今日の毬乃の服装は 純白のウールのセーターに膝丈のスカート 黒いタイツに これまた黒革の編み上げブーツ。肩から羽織った鈍紅色と暗緑色で構成されたアーガイルの大型ショールが印象的だ。華やかなクセッ毛は ショールと似た色のヘアバンドで後ろに流し 可愛いオデコを出している。

 十八歳にしては 少し大人っぽい上品な装いだが 毬乃に言わせれば不良っぽい格好になるらしい。



「黒の編み上げブーツ 可愛いじゃん」


「ありがと。咲良が履いてたのと同じヤツ見つけたから 買っちゃったのよね。可愛い服とか靴とか買うの楽しいけど お金掛かって大変。アンタと付き合うまでは お年玉もお小遣いも 全部貯金してたのに……」


「そう言えば お正月も手伝いに来てくれるんでしょ?」


「ええ。ママは 構わないって。パパは ちょっと微妙そうだったけど。咲良のお家の方も いいって言ってくれてるんでしょ?」



 停学処分になった際に 家に連絡が行ったために 2人の関係は双方の親の知るところとなっていた。



「うちの神社は〈どんな縁でも良縁は良縁〉っていう神様だからさ。誰も何も言わないよ。あかりさんには『おめでとう』って言われたけどね。毬乃んとこは 大変だったんでしょ?」


「ママは泣くわ パパはカンカンになって怒るわで 大騒ぎだったわ。でも 好きになっちゃったんだもん。しょうがないでしょ? 『好きなものは 好き』って言い続けてたら そのうちママは解ってくれたし パパも何も言わなくなった。親に面と向かって反抗したのも初めてだったし ホント アンタのせいで良い子から不良に真っ逆さまに転落よ」


「そんなに アンタのせい アンタのせいって言わなくても よくない? わたし もの凄い不良みたいじゃん?」


「もの凄い不良じゃない。でも アレよ? パパやママの心証がこれ以上悪くならないように 家では めちゃくちゃ褒めてるの。代々続く由緒ある神社の娘さんで 幼稚園からずっと聖心館に通ってるお嬢様で 学年4位の秀才だってさ」


「そりゃ どーも」


「ウソは吐いてないわよねっ? 髪の毛 碧蒼色スカイブルーに染めた右耳ピアスのギタリストって言うと もの凄い不良っぽいのに」



 そう言って毬乃は ケラケラと笑う。



「わたしのどこが好きなの?」


「……どこも好きじゃないわよ。背は高いし 綺麗でカッコいいし 勉強はできるし オシャレだし 喋ったら面白いし 友達多いし 悪いこと教えてくるし からかってきたり 意地悪してきたり……ホント ムカつく女よ アンタは」


「からかわれたり 意地悪されるのも好きなんだ?」


「嫌いだって言ってんのッ」


「だって さっき言ってくれてたのって 褒め言葉でしょ? 背が高いとか 綺麗とか? じゃあ 意地悪と からかいも わたしの好きなとこじゃないの?」


「うっさいわねっ。違うって 言ってんでしょッ。そっ そーゆーアンタは アタシの どっ どこが好きなのよ?」



 勢いで聞き返したものの 毬乃は 少し不安そうな表情。

 相変わらず ちょっぴり自分に自信が持てない 臆病な毬乃。

 そんなところも 咲良は 愛おしいと思うけれど 言うと傷つけることも知っている。



「カワイイとこ。あと 素直なところかな」


「ア アタシのどこが素直なのよ? また バカにしてんでしょッ?」


「口は悪いし 直ぐひねくれたこと言うけど 顔見たら 一発だもん。全部 顔に書いてあるし。あと 可愛いオデコも 好きだよ」



 そう言いながら 軽く身を寄せ オデコにキス。

 毬乃は 顔を赤くして口を閉じる。

 


「……キス ズルいのよ。何も言えなくなっちゃうし……」


「嫌い?」


「アンタのキスは好き」



 黙って腕を組み 並んで歩く2人。

 エスカレーターを上がり 駅ビルの巨大な吹き抜けへと出る。

 冬の夕暮れの外気が 肌を刺す。

 目的地は もうすぐだ。

 


「毬乃 ほらっ 粉雪が舞い始めてる……」


「……ホントだ 綺麗ね」



 光岡中央駅の冬の風物詩 ルミナス大回廊の巨大ツリーの前に立つ。

 ふと 思い出したように毬乃が言う。



「ねぇ 咲良。お正月のお手伝いの件なんだけど……」


「何?」


「あのさぁ 報酬を前払いにできる?」


「……えっ? どーだろ? お父さんに聞かないと わかんない」


「そーじゃなくて アンタからの報酬」


「わたしからの…?」


「そう アンタからの。夏は 不意打ちだったでしょ? 冬は ちゃんと アタシのタイミングで欲しいの」


「??」


「今 ここでキスして?」


「……今日って ルミナスの辺りって 生指の先生が 見回りしてるかもしれないんでしょ?」


「らしいわね……。でも アンタとのドキドキするキスが 大好きになっちゃったの アタシ」



 信じられないというような面持ちで 毬乃を見つめる 咲良。

 そして タメ息を1つ吐くと 恋人の背中に 腕を回す。



「トンでもない不良は どっちよ……」


「全部 アンタのせいだから……」


「……ん」



 毬乃が目を閉じ 咲良も閉じる。

 背景には 煌めくクリスマスツリー。

 やがて ゆっくりと2人の影が重なった。


 

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