第7話 笑顔のゲンキ



「次が 最後の曲になります」


「「「えーーーーーーっ」」」



 講堂に集まったファンの口から悲鳴が洩れる。

 


「みんな ゴメンね。でも これが最後。ボク達〈桜―Vermilion―〉の5年間を 応援してくれた みんなへの感謝の気持ちとサヨナラの気持ちを込めて歌うから」



 聖心館軽音部の高校3年生バンドは 文化祭が引退ライブ。

 中学2年生の時に結成した〈桜―Vermilion―〉も この文化祭ライブで解散。

  


「みんなの笑顔。みんなのゲンキ。それがボク達〈桜―Vermilion―〉のパワーの源でした。最後の曲はT-GROで『教室の窓を開けたとき 長い夏休みが終わった』です。聴いて下さい……」



 朱音と視線を交わす。

 キーボードの後ろにスタンバっている朱音は 長い黒髪にショッキングピンクのエクステを編み込み 白いブラウスに赤いタータンチェックのミニスカ。

 揃いの黒いタイツに編み込みブーツ。

 咲良は 黒のスキニーなレザーパンツに 白のノースリーブのブラウス。


 朱音の前奏に合わせて メタリックブルーのエレキギターを爪弾き始める。

 〈桜―Vermilion―〉最後の演奏。

 朱音との 5年間が脳裏を過る。

 

 あと数分。

 最後の時間と音に 思いっきり浸る。



★☆★

 


「ボクの気持ち 全力で込めるね。ラブラブキューン! おいしく な・あ・れ」


「わー。三岡先輩 ありがとうございま~す」


「ううん。こちらこそ ありがとー」



 咲良達 高等部3年D組のメイド喫茶は 大盛況。

 お目当ては もちろん学園の王子様〈三岡 咲良〉。



「咲良 お疲れー。時間だし 休憩入ってくれていいよー」


「了~解」



 咲良が 控え室で着替えを終える頃 ギャーギャーと揉め事の声。



「なんで アタシが コレ着なきゃなんないワケ? アタシ 承諾した覚え無いんだけどッ?」


「でも 委員長。咲良がさ 委員長がオッケーしたって……ほら メンバー表にも森園って名前 書いてあるでしょう?」


「これ アタシの字じゃないしッ。アイツが勝手に書いたのよッ」


「ちょっと 森園? 森園の規範意識って どーなってるの?」



 咲良が毬乃に近づき 声を掛ける。

 クラスメートには2人の関係がバレないよう お互い名字で呼びあって過ごしている。



「三岡 咲良。アンタの口から規範意識とは 笑えるわね」


「そんなこと言うけど わたし 最近 校則守ってるよ? ピアスもしてないし 靴も指定の靴。髪色とタイツは許可もらってるし。朝 森園に怒られてないっしょ?」


「……えっ? そう言われれば そうかも……」



 2人きりの時は 散々 からかわれたり 悪戯されたりして 怒りまくっているので 実感の無い毬乃だったが 確かに 最近の朝は服装検査で咲良に絡んでいない。



「でしょ? それなのに 森園は クラスみんなで決めたことも守れないの? しかも このメイド衣装は 風紀委員長の森園がOKって許可出したヤツなのに……」


「……わっ わかったわよ。着ればいいんでしょッ 着ればッ」


「うん。着たら 絶対カワイイと思う。……ユッキー 森園の分の衣装持って来て! あと 化粧セットも」


「ハァ? 化粧とか ダメだしッ」


「3年D組は 化粧込みで風紀委員長の許可もらってま~す。ほらっ ここに森園のハンコあるっしょ?」


「――――――ッッッ」


「……ヒナタ~ッ 櫛もお願い。森園ってね 三つ編 解くとね~ 雰囲気変わるんだよね。大人っぽくってビックリするよ? 目元もカワイイからさ……あ そうだっ ユッキー この眼鏡 売上用の金庫に仕舞っといて! 森園のシフト終わるまで 絶対 返しちゃダメだからね?」



 楽しそうに 毬乃の髪を櫛削る咲良。

 憤懣やる方ないといった表情だが 大人しく座っている毬乃。

 2人の距離は とても自然で どこまでも優しい。


 その様子を見守るクラスメートの会話。



「ねぇ ユッキー」


「なーに? ヒナタ?」


「最近 雰囲気 変わったよね」


「だよねー。委員長 最近 笑ってるとこも見るようになったー。笑ってりゃ けっこう可愛いのに」


「それもそうなんだけど 咲良の笑顔がさ すごく優しい感じじゃない?」


「あー なるほど 確かにそうかもー」


「――実はさ あの2人って 毬乃 咲良って名前で呼びあってるんだよ。知ってた?」


「そーなんだ!?」


「それだけじゃ なくてさ……」

 


 ウワサ話に花が咲きかけたところで 咲良の声。



「ユッキー!ヒナタ~ こっち来て~ こんなもんで どーかなぁ?」



 黒いブラウスに黒いエプロンドレスのシックな装い。

 その上からフリルたっぷりの白のエプロンとカチューシャ。

 ザ・定番っといった風情のメイド衣装を着て 憮然とした表情で立つ毬乃。



「綺麗なウェーブヘアだしさ ツインテールにしたらさ スッゴい華やかで可愛いっしょ?」


「委員長 めっちゃカワイ~。睫毛 バシバシでキラキラじゃん!」


「マジに可愛いってー! 去年の宮村先輩とか 新聞部の日比野とかのレベルで イケてるー。いつもツインテにしなよー」


「ハァ? いくら何でも言い過ぎでしょッ。そんなこと言って バッ バカにしてんでしょっ!?」


「なんで そんなに被害妄想 強いかなぁ……。大丈夫だって」



 咲良が 宥めると眉間のシワが少し緩むものの 毬乃は かなり不本意そう。



「ほらほら 笑顔 作らなきゃ。じゃなきゃ ルール違反だよ? 接客マニュアル見てみ?『笑顔で お客様にラブラブキューンをします』って書いてあるっしょ?」


「……こ これを? ア アタシがやるの?」


「もちろん。ほら わたしがお客さん役やってあげるから 練習してみ?」


「……ラッ ラブラブ キューン。お おいしくなあれ」


「棒読みし過ぎだし 噛み過ぎ。ほらぁ もう1回やってみ……」



 風紀委員長 森園 毬乃がツインテールの姿で(小声とはいえ)「ラブラブキューン」をするという噂は校内を駆け巡り 咲良と毬乃の二枚看板を惜しみなく生かした3年D組は 今期文化祭の最高売上を達成したのだった。



★☆★



「中学1年生の時 初めて見た〈アイドルNo.1〉ファイナルのパフォーマンスに憧れて ボクは ロックを始めたんだ。そして 高3の今 憧れだった後夜祭ファイナルの舞台に立ってる」


 

 そこまで言うと咲良は 舞台上から客席になっている体育館のフロアを見渡す。

 私服登校可の文化祭最終日にも関わらず カッチリと制服を着込んだ クセっ毛の三つ編。

 メイド喫茶終了と共に いつものスタイルに大急ぎで戻したらしい。 

 脚を軽く交差させ 両腕を組んだポーズで体育館一番奥の壁にもたれて立っている。

 その悪目立ちする姿を見ると自然と笑顔になる。

 


「ついさっきまで 客席のみんなが喜んでくれる最高に盛り上がるステージにしようって思ってた。でもね 実際 ステージに立ったら 少し気持ちが変わったんだ。6年前 体育館の一番後ろで立ち見してた中学1年生の女の子。その女の子のために は歌いたい」



 後ろを振り向き 朱音の方を見る。

 相棒は 少し肩を竦めた後 立てた親指を咲良に向ける。

 シンセキーボードがイントロを奏で始める。

 歌い出しまでの 僅かな時間。

 咲良が言葉を紡ぐ。



「自信がなくて 尖って 周りに噛みつくことしかできない。そんな自分でも 憧れを持って 前に進んだら 夢は叶うって伝えてあげたい。伊野 小夜子さんで『embrace shyly』。に捧げる……」


 

……

………


 

「〈聖心アイドルNo.1〉今年度の優勝は 〈桜―Vermilion―〉改め〈咲良&朱音〉~~っ! 合計1000票を超える得票で堂々のグランプリーーーッ!」



 司会の少女から トロフィーを受けとる咲良。

 その顔は紅潮し 爛漫の笑み。


 

「中3時代から3年連続のファイナル進出も あと一歩届かなかったクイーンの座に 軽音部の名物コンビが 遂に到達ッ!」



 客席に手を振りトロフィーに口づけをする咲良。

 そのトロフィーを高々と掲げた後 隣に立つ相棒に手渡す。



「「「キャーーーッ」」」

 

「咲良~~っ」

 

「「せーのっ♪ せんぱ~いっ!」」

 

「朱音さーーーん」



 舞台下からも 友人やファンからの祝福の声。

 その人混みの中をかき分けながら進んでくる一団。

 クラスメート達に無理やり押し上げられるようにして 舞台に上がる毬乃。



「おっ おめでとう 咲良。アンタの歌 めっちゃ気持ち伝わってきたよ。感動した……」


「毬乃ッ」



 咲良は 優勝の興奮そのままに 恋人を力いっぱい抱き締め 口付けをする。

 最初 少し抵抗していた毬乃も 恋人の首に腕を回し 気持ちのこもったキスを返す。

 チャンピオンの熱い熱いパフォーマンスに 聖心館の体育館特設ステージのボルテージは最高潮に達したのだった。 

  

  


◤◤◤◤◤


作中に登場するアーティスト〈伊野 小夜子〉及び 楽曲〈embrace shyly〉は FFの香さんの

『えな ─愛しい君へ─』

https://kakuyomu.jp/works/16817139556618491028

に登場する楽曲名を ご本人の許可を得てお借りしています。

この場をお借りして お礼申し上げます。 

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