第6話 青いイナズマ




「これでよし……っと」



 咲良が 毬乃の背後から膝立ちで 緋袴ひばかまの腰紐を括る。

 


「袴なんて 七五三以来だわ」


「次は 上ね。これ着てくれる? 千早ちはやって言うんだけど」



 白の薄衣うすぎぬに頭を通す。

 三岡神社の社務所の奥の和室。

 


「……これでいい? 三岡さんの家が 神社だったなんてね。ちょっと驚いたわ」


「よく言われるー。普段は あんまり関係無いんだけど 星祭りと初詣の時期は めっちゃ忙しいから 手伝いしなくちゃなんないんだよね。森園が 手伝ってくれるから お父さんも喜んでた。ありがと」



 白の千早に緋袴の巫女姿の2人。

 毬乃は 八月一日から十日まで 旧暦の七夕に行われる星祭りの期間を 咲良の自宅である三岡神社で 社務所の手伝いをすることになったのだった。



「星祭りはさ 七日の本祭の日は マジで忙しいから 覚悟しといてね。トイレ行く間も無いくらいだし ヤバくなったら ちゃんと言って行くんだよ? まぁ 五日辺りまでは けっこうヒマだから ゆっくり仕事覚えてくれたら大丈夫だし」


「……なんかさ こんな 癖っ毛の巫女さんとか おかしくない? アタシなんかで ホントに いいの?」


「別にいいっしょ? わたしも髪 碧いし」



 縮れた髪を気にする毬乃に 屈託なく笑う咲良。

 碧蒼色スカイブルーのパートカラーを今日は後ろでひとつ括りにしている。

 毬乃も細かくウェーブの掛かった髪を後ろでひとつ括り。

 咲良が 千早の桐箱を括っていた緋色の組紐を拾い上げる。



「そーだ これで括ったら?」


「ダメよ! そんなハデなのダメに決まってんでしょッ」


「なんで? 別にガッコ行くわけじゃなし」



 そう言うと 緋色の組紐で毬乃のひとつ括りを後頭部の高い位置に括り直してリボン飾りを作る。

 毬乃も バツの悪そうな表情を浮かべながらも それ以上の抵抗はしない。


 襖の向こうから 声が掛かる。



「咲良 もう 着替え終わった~?」


「うん。もう大丈夫」



 襖が開き 薄桜色の髪の少女が姿を現す。



「おはようございま~す。そのが 咲良のお友達ね。これまた とびきりカワイイ娘ね~。アタシ 星野 あかり。しばらくの間だけど よろしくね」


「あっ はい。おはようございます。森園 毬乃です。よろしくお願いします……」


「大っきなお目めに綺麗なウェーブのポニーちゃん と 咲良が受付だと 今年は またまた お客さん増えそうね。これは 忙しくなるわね~。楽しみ~」



 星野 あかりは ヒラヒラと手を振ると社務所の奥へと消えて行った。



「……今の女の子 ナニ? めっちゃ上から目線だったんだけど?」


「あー いや 上から目線ってゆーか。あかりさん ああ見えて メッチャ歳上だから……」


「えっ? そうなの? 小学生くらいに見えたけど……」


「わたしが物心ついた頃から ずっとあんな感じなんだよね。軽く30超えてるハズなんだけど……。普段は あの人が 授札所の仕事してくれてるんだけど 星祭りの間は 本殿に籠りっきりになっちゃうから」


「そうなんだ」


「うん。なんで わたし 御神籤おみくじの担当するし 森園は御守りコーナーの担当 お願いね。隣にいるから 分かんない時は 聞いてくれたら 直ぐ教えるし」


「……わかった。やってみる」



★☆★


 

「ご参拝 ありがとうございまーす」


「ハイッ。〈学業成就の御守り〉ピンクですね。650円になりますッ」


「四十七番 大吉! 御神木は 本殿の左側にありますよ」


「こちら 〈恋愛成就のペア御守り〉になります。1200円ですッ」


「はい どうぞ。二十一番の中吉です」


「納札所は ここじゃなくてですね……」


「十五番……凶ですね。大丈夫ですよ。御神木に結べば運気が変わります! もし ご心配なら ご祈祷の受付も ここでできますけど?」



★☆★



「……ハァ。七日 越したら 見事に暇になったわね」


「でしょ。毎年 そーだよ。まぁ ウチの両親とか あかりさんとか しばらくブッ倒れてるから 十日までは 手伝ってくれると助かる」



 八月九日。

 2日前の喧騒がウソのように鎮まった境内。

 社務所の受付に並んで座りながら 蝉の声を聞く2人。



「咲良さん 誘ってくれて ありがと。こんな楽しい夏休み初めてかも」


「わたしも 誘ってよかった。咲良さんって呼んでもらえるようになったし」


「だって しょうがないでしょッ。アンタの家なんだから お家の方みんな三岡さんなんだし 名前で呼ぶしかないじゃない……」


「わたしも 毬乃さんって呼んでいい?」


「……ヤダ。なんか恥ずかしいし」


「毬乃さんさぁ……」


「あのさ アタシ 今 ヤダって言ったんだけど?」


「うん。でも 呼びたいから」


「ホント ムカつく女。……好きにしたら いいけどさ」


「毬乃さんのポニー姿 見れたのもよかった。めっちゃカワイイよ それ」



 八月の快晴は 気づかぬ間にかげり 風に雨の匂いが交じり始める。

 隣に座る咲良を横目に見ながら 毬乃は吐き捨てるように言う。

 


「……アタシは 自分の髪 大っ嫌いよ」


「カーリーパーマみたいな天パで 派手な髪型にすると華やかじゃん」


「不良っぽくて嫌なのよ。小さい頃から ずっとバカにされてきたの。ロックの人みたいってさ」


「『ロックの人』って 最高の誉め言葉じゃん!」


「……そりゃ アンタにとっては そーでしょうけど。縮毛矯正とかも あれって真っ直ぐになるように パーマ当てるってことだから 校則違反になるしさ」



 立ち籠める雨の匂いは ザーッという音と共に大粒の雨へと変わる。

 屋根を叩く雨垂れの音に掻き消され 隣に座る毬乃の声も聞き難い。



「……鳴らなきゃ いいけど……」


「毬乃っ 何て言った?」


「……別に。ってゆーか〈さん〉は?」


「面倒くさくなった」


「何よソレ? じゃあ アタシも咲良って呼ぶし」


 

 不機嫌そうに口を尖らす 毬乃の眼を覗き込む咲良。



「……何よ?」


「毬乃って 眼ぇ 大きいし 目元 カワイイよね」


「……目元だけね。それも 時々 言われて スゴく嫌なのよね。髪の毛はボサボサだし 性格は可愛気のカケラも無いのにさ 目元だけカワイイって言われるとか ホント 面倒臭いし。この眼鏡も 半分 伊達メガネみたいなもんよ。他の人に 目元 見られるの嫌なのよ……」



 咲良が ヒョイと腕を伸ばし 毬乃の眼鏡を奪い取る。



「ちょッ!? なッ 何すんのよッ! 何のつもりよッ!?」


「んーー? 毬乃のカワイイ目元が もっと見たいなぁって」


「ハァッ? フザケンなッ 眼鏡 返しなさいよっ 返せってばッ!」



 毬乃が 咲良に近づき 腕を伸ばして 眼鏡を奪い返そうとするのだが 咲良は 巧みに長い腕を伸ばして それをわす。

 じゃれ合いのような攻防なのだが 毬乃は 顔を真っ赤にして けっこう本気モード。

 ただ 反射神経が鈍いので 咲良に いいように翻弄されている。


 毬乃の顔が さらに赤くなり 咲良が そろそろ冗談で済まなくなるかもと危機感を覚え始めた ちょうどその時――。



 フッと 部屋の中が翳ったような感覚と同時に閃光がまたたく。

 


 ――――ドッ ガラガラガラガッッッッッ――――



「――――ヒッッッ!」



 突然の雷鳴に 毬乃が 咲良にしがみつく。

 ギュッっと 身体を密着させ 小さく震えている。



「まっ 毬乃?」


「――アタシ 雷 ダメなのよ……っ」



 突然の 毬乃の狼狽ぶりに戸惑う咲良。



「ち 小さい時から 大っきい音 怖いの」



 毬乃が 喋り終わらない内に またもや稲光。

 ビクッと身体を震わせると 背中を丸め 耳を塞ぐ。

 咲良も 毬乃の頭を守るように 想い人の小さな身体を覆い隠す。

 


「大丈夫 傍にいるから」


「ゴメン。マジで 雷だけは ダメなの……っ」



 青いイナズマが 2人のいる社務所の受付に差し込む。

 毬乃が もう一度 力いっぱい 咲良の胸にすがるように抱きつく。


 轟音と共に 照明が落ち エアコンの駆動音も止まる。


 

 薄暗い和室。

 仄かな畳の香り。

 想い人の甘い髪の匂い。  

 抱き締めた腕から伝わる鼓動。

 汗ばむような気温と 大切な人の温もり。

 


 天井の蛍光灯が明滅し 部屋に照明が戻る。

 毬乃が ゆっくりと閉じていた瞼を開く。

 同じタイミングで 咲良の目も開く。


 咲良の瞳を至近距離で見つめながら 毬乃が恋人をなじる。



「……咲良 アンタってば ホント 最低ね。突然過ぎるのよ。ビックリし過ぎて雷のこと忘れちゃってたわ。アタシ 本気で怖がってたのよ?」


「嫌だった?」


「これから 雷 鳴るたびに 今のこと思い出して 二重にドキドキしなきゃいけない アタシの気持ちにもなって欲しいわ」


「で 嫌だったの?」


「んなワケないでしょ。最高のファーストキスだったに決まってるじゃない」

 



◤◤◤◤◤◤



三岡 咲良の自宅である〈三岡神社〉についての設定は タヌキ作の『星光街アキラ画報』でも取り上げています。

https://kakuyomu.jp/works/16817330668902061118/episodes/16817330669014630593

こちらも是非読んでみて下さいね~。

 

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