第5話 初めての夏




「で 咲ちゃん セロリと 結局 どこまでいったの?」


「セロリじゃなくて 森園ね」



 試験返却期間の ゆったりした放課後。

 高校棟 地下一階の防音スタジオ。



「付き合いだしたのに 森園って呼んでんの?」


「うん」


「向こうは 何て?」


「三岡さん。前は 呼び捨てだったけど 最近〈さん〉って付けてくれるの」


「それって ノロケ?」


「うん」



 朱音は軽くタメ息を吐くとヤレヤレと言うように 肩を竦めてみせる。



「……まぁ いいや。もうすぐ夏休みだし 文化祭でやる曲 決めちゃおっか。私 T-GROの『教室の窓を開けたとき 長い夏休みが終わった』演奏やりたいんだけど? 最近 あの物悲しいメロディラインがグッとくるのよね」


「ティーグロ流行ってるし いいと思うけど パート多いからムズいとか言ってなかったっけ?」


「まーね。けど いいアレンジ思いついた。ダメかな?」


「うんにゃ。朱音がいいなら 問題無し」


「ありがと。〈桜―Vermilion―〉のライブは これで決定として 咲ちゃん 〈アイドルNo.1〉出たいんでしょ?」



 聖心館文化祭名物の〈アイドルNo.1〉というのは 体育館のステージでパフォーマンスを披露し 人気投票で勝ち上がる 聖フェロメナ祭で一番盛り上がるイベント。



「うん。出たい。今年こそ 後夜祭の大トリで歌いたい」


「オッケー。去年 生徒会チームに大トリ持ってかれて 悔しかったもんね。今年こそ 大トリ獲ろう。で 何 演奏る?」


「伊野 小夜子の『embrace shyly』とか どーかな? デュエット曲だけど 掛け合いとハモり アレンジしたら めっちゃカッコいいって思わない? 絶対 盛り上がると思うなぁ」


「『embrace shyly』ねぇ。いい曲だけど……。伊野 小夜子なんて 咲ちゃん聴くんだ?」


「森園が好きなんだって。聴かせてもらったら 歌いたいかも……って」


「ヒューヒュー。ラブラブじゃん。デートとかしてんの?」



 デートという単語を聞いて咲良の表情が曇る。



「……それがさ 校則三十四条がさ」


「三十四条って なんだっけ?」


「こないだの『繁華街での 遊興禁止』ってヤツ。森園的には ゲーセンは もちろん カラオケとか カフェもダメなんだって」


「マジで? 行くとこ無いじゃん」


「でしょ? 森園は公園行こってゆーんだけど わたし基本 日光苦手だし まして こんな真夏に公園なんて 死にに行くようなもんじゃん……」


「確かに」


「せっかく仲良くなってきたのにさ。夏休みの間 会えないとか寂しいし」


「……熱々だねー。真夏の公園並み。話 聞いてるだけで熱中症になりそーだわ。で どこまでいったの? その感じじゃ もう キスは済ませたんでしょ?」


「まさか。手も繋いでないし」


「ウソ? 教室でお弁当食べて たまに公園行って でも 手も繋がないってんじゃ 友達と変わんないじゃん」


「そっ そっかな?」


「そーだよ。私とでも 2人でカラオケ行ったり カフェ行ったりしてんじゃん」


「言われてみれば……」


「そーだ 咲ちゃん いいアイデアあるよ……耳 貸して」



★☆★

 



 階段を上がり 自室のドアを閉める。

 ベッドに腰掛け スマホを操作するジーンズに赤いTシャツ姿の毬乃。



「もしもし アタシ。森園」


『もしもし。どーだった?』


「ダメもとで ママに相談したら『いい経験になると思うわよ』って。オッケーみたい」


『よかった~』


「あの もう一度だけ 確認しとくけど アルバイトじゃないのね? アルバイトは 校則で禁止されてるのは 解ってるわよね?」


『大丈夫。ウチの家の手伝いだから。一応 お礼はするけど バイトじゃないよ。お父さんにも ちゃんと確認しといた』


「了解。じゃあ お世話になるわね。アンタと夏休み 一緒に過ごせるなんて ちょっとビックリよ。ありがとね」


『うん。わたしも 楽しみ』





◤◤◤◤◤


作中に登場するアーティスト〈伊野 小夜子〉及び 楽曲〈embrace shyly〉は FFの香さんの

『えな ─愛しい君へ─』

https://kakuyomu.jp/works/16817139556618491028

に登場する楽曲名を ご本人の許可を得てお借りしています。

この場をお借りして お礼申し上げます。 



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