第4話 正義の味方は あてにならない



「起立~!礼」



 日直の号令で 授業が終わり クラスのメンバーが三々五々 家路に着く。

 今日から 試験準備期間が始まる水曜日の放課後。



「朱音~ スタジオ使えないし カラオケ行って 練習しよ~」


「……カラオケ行っても 楽器 触れないし イヤ」


「そ~言わずに ボイトレだと思ってさ」


「咲ちゃん カラオケ行ったら 勝手に好きな曲 歌ってるだけじゃん。アレに付き合うくらいなら 家でソロで練習する方がマシ」


「せっかく放課後遊べるんだし 遊びに行こうよ~」


「軽音部 練習日 限られてるし カラオケなんて いつでも行けるじゃん」


「でも せっかくの試験準備期間だし パーッと遊ぼうよ~」


「あたしはパス。彼女と行ってきたら? 付き合い始めたんでしょ?」


「――いや だから アレは……」



 三岡 咲良の顔が 心なしか紅く染まる。

 先月の告白誤爆事件以降 森園 毬乃との関係は なんとも微妙な感じだった。

 毬乃の方は 今まで通り 朝の服装検査では こと細かに校則違反の指摘をしてくる。

 さすがに 放課後 突撃してくることは無かったが あまり態度は変わらない。


 ……いや 授業中 時々 咲良の方を気にしているような気もするし そうでもない気もする。


 咲良が 毬乃を気にしてるせいで 毬乃のちょっとした仕草も 自分へのサインかも?と感じてしまうのだった。

 変わってしまったのは 三岡 咲良の方なのだ。


 もちろん 咲良には 毬乃に恋してるなんて気持ちは微塵も無い。

 学園の王子様キャラとして ファンの子達から 何度となく告白されたりラブレターをもらってきたが それは女子校という特殊な空間での〈ごっこ遊び〉だと割り切っていた。

 そんな軽い気持ちでした〈告白〉が すんなりと毬乃に受け入れられてしまったことに 咲良は動転し 気持ちの整理がつかないまま もう1ヶ月が過ぎようとしていた。



「おっと? 噂をすれば影。正義の味方のご登場よ」



 癖っ毛をガッチリ三つ編にした風紀委員長が 通学鞄を持って 咲良達の机へ。



「……あのさ 三岡 咲良。アンタ なんか今 カラオケ行くとか言ってた気がするけど アタシの聞き間違いかしら? 校則三十四条の『繁華街での遊興禁止』ってのは もちろん 知ってるでしょ? 現に 長谷部さん ちゃんと断ってたみたいだし。ねぇ 長谷部さん?」


「そーそー。カラオケとか ダメだと思うー」



 棒読み気味の朱音の同意。



「ってゆーか アンタ 試験勉強 大丈夫なの? 授業中 アンタ ほとんどノート取ってないでしょ?」



 ……やっぱ 授業中 わたしのこと 気にしてたんだ。

 胸のあたりにざわめきを感じる咲良。



「いや~ わたし 勉強は……」


「あのさ アタシのノート 写させてあげる。一緒に図書室で勉強しよっ。アタシ 教えてあげるから」



 ちょっと俯き気味に 唇を噛むような仕草を見せてから 毬乃が言う。



「……あのさ。この前のアレさ。アレが冗談だったってコトくらい アタシだって分かってんの。でもさ あの後 ちょっと考えた。校則 守れって怒るだけじゃ 聞く気になんないよね。アタシ アンタと仲良くなりたい。そしたら ちょっとは 話 聞いてくれるかもって思うしさ」


「……いや でも わたし 別に勉強は……」


「つべこべ言わないのっ。アンタも聖心館に入れるぐらいなんだし やればできるって! 人の善意は 黙って受け取っておくものよッ」



 首根っこを掴むようにして 毬乃が咲良を図書室へと連行する。

 校則指導なら 走って逃げる咲良も 抵抗する素振りは見せつつも大人しく連れて行かれる。



「やっぱ 咲ちゃん 森園のこと 気になってんのよね。いい雰囲気じゃん」



 騒ぎながら 遠ざかっていく2人を見送りながら 朱音が呟く。



 「でも 咲ちゃんに 勉強教えるのは 難しいんじゃないかな~」




★☆★




「ココに代入するだけっしょ? で 左辺をこーやって変形して 移項してさ……」


「えっ えっ? ちょっと 待ってッ 待ってってばッ! 説明 早すぎて ついていけてないから 待って!」



 ブルーのシャープペンシルをクルッと回転させながら 毬乃が用意した ルーズリーフに手早く数式を書き込んでいく咲良。

 咲良があまり得意では無いと言う数学を勉強することにした2人。

 毬乃が問題を解き始め 少し詰まって 参考書を開こうとしたのだが……。



 ……1時間後。

 図書室のテーブルに突っ伏す毬乃。

 長い脚を組んでペン回しを続ける咲良。

 数学 英語 古文……試験に出そうなところを 綿密にレクチャーしてもらったのは 毬乃の方だった。


 毬乃が呻くように口を開く。



「……三岡 咲良 アンタって 勉強 得意なの? ってゆーか 授業中ノートも取らずに なんでそんなに勉強できるワケ?」


「ノート 取ってるよ。知らなかったなーとか なるほど~って思ったこととか メモってる。森園こそ 授業中 必死にペン動かして ナニ書いてんの?」


「板書に書いてあること写して 先生が言ったことメモして 参考書のページも書き込んだり そんな感じで いろいろよ……」



 咲良は 少し上を見上げて思案顔。

 手に持つペンの回転速度が少しゆっくりになっている。



「……どうせ 要領悪いって わらうんでしょ? 知ってるわよ。でも そんなやり方しか出来ないのよ アタシ。中学の時もガリ勉ってバカにされてたし。それでも 必死に勉強して 聖心館入って 見返してやったの」



 毬乃は 突っ伏した姿勢のまま 咲良を見ずに呟くように話す。



「でも 聖心館入ったら みんな 賢くて要領よくてさ。部活やったり 友達と遊んでても 勉強できて……。アタシは 必死でやっても なんとかってトコ。授業中ボーッしてる校則守る気も無いような不良生徒にも 勝てないの……ホント 不公平よね」


「なんで 森園は そんなに本気で勉強してるの? なんか なりたい仕事とかあんの?」


「……ハッ。アンタには 一生わかんないわよ。美人で 友達多くて 賢くて……。アタシはさ 保育園の頃からずーっと『真面目で頑張り屋さんね』って そればっかで それ以外のことで褒められたことなんて1度だってないの。判で押したように『真面目で頑張り屋さん』。どこ行っても 誰に会っても……ね。他に取り柄なんて 何にも無いの」



 毬乃は 少し顔を上げ 射るような視線で咲良を見る。



「『なんで勉強するの』って? 勉強してないアタシなんて 何の価値も無いのよ。居ないのと一緒。アンタみたいに 冗談言って オシャレして 学校の人気者でって子には 絶対 分かんないわ……」


「森園 あのさ……」



 何か言いかけた 咲良を遮るように 毬乃は 言葉を続ける。



「『冗談のひとつも言えばいいのに』とか言われるけど……冗談とかもさ 本気で 分からないのよ アタシ。こないだのアレだってさ。アンタみたいな綺麗でカッコいい子が アタシに あんなこと言うわけ無いのに 本気にしちゃってさ……バカみたいにドキドキして あんな返事して」



 毬乃は 咲良から 目を逸らし もう一度 前を見る。

 大きな瞳に 大粒の涙が溜まりポロリと零れる。



「どーせ みんなでわらってたんでしょ?」


「朱音には 話したけど 笑ってないよ」



 不思議なものを見るように毬乃は 咲良を見つめる。



「正直に言うと 告白したのは 冗談。でも 冗談でも そんなこと言ったの初めてだったし 森園が本気で受け止めてくれて めっちゃ動揺した。森園が わたしのこと本気で好きなのかもって思ったら スゴくドキドキした」


「アンタ 告白されるの初めてじゃないでしょ?」


「うん。でも どーせ本気じゃないだろうって思ってた。だけど 森園は どんな時でも 本気じゃん? じゃあ 付き合ってもいいって言ってるのも 本気って思ったら 森園のこと 気になって 授業中も森園のこと ずっと考えちゃうし 家でも そうだし」



 意外な告白に 半分身体を起こした毬乃の視線を避けるように 咲良は 少し俯く。

 


「朱音に 相談したら『それは恋でしょ』って。そう言われても わたし 初恋とかもしたこと無いし この気持ちが 本当に恋なのか どーかよくわかんないんだよね。だから……」


 

 咲良は 顔を上げ 毬乃の目を真っ直ぐ見詰める。



「だから 森園。わたしと付き合ってくれないかな? わたしは この気持ちが なんなのか確かめたい」


「じょ 冗談で言ってるのよね?」



 小さく首を振る咲良。



「わっ わかった。なんか悪企みして アタシのこと ハメようとしてんでしょッ?」



 もう一度 ゆっくりと首を振る。



「じゃあ ええっと あの……他に 他に何があるかしら……」


「ひとつ言っとくと たぶん 校則違反じゃないハズ」


「そっ それくらい 分かってるわよ! バカッ」


「他に 付き合えない理由 見つかりそう?」



 毬乃は 下唇を軽く噛み 少し俯いてから 顔を上げる。

 


「三岡 咲良。アンタって ホント ムカつく女よね。アタシは いっつもアンタに振り回されて 結局 アンタの思い通り。今回も アタシの負けよ。……ハァ。ふつつか者ですけど これから よろしくお願いします。これでいい?」


「こちらこそ よろしくお願いします」



 聖心館 今年のベストカップルに選ばれる2人の恋は ひどく丁寧な互いのお辞儀から 始まったのだった。

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