第3話 華麗なる逆襲




「三岡 咲良ッ! 見つけたわよっ」



 咲良がスタジオから出たところで 後ろから足音が聞こえる。

 反射的に逃げ出すが 向かった先は行き止まり。

 壁際に追い詰められる。



「森園 毬乃じゃん。どーしたの? なんか用?」


「なんか用?じゃないわよッ! 今朝のこと 忘れたとは言わせないわよ。校則違反のブーツ!」



 長身の咲良を 下から睨み付ける 縁無し眼鏡。

 


「……履いてないよ?」


「履いてないって 今朝 履いてたでしょっ」


「今 履いてない。ほら。ちゃんと 校内用の上履き」



 咲良の指差す先には 学校指定のバレーシューズ。



「上履きは 校則通り。髪色とタイツは 学校から 許可もらってる。問題ないっしょ?」



 面倒臭そうな表情で 右耳の後ろを掻く咲良。

 その いかにも面倒といった態度が 毬乃の怒りに油を注ぐ。

 


「みっ 右耳のピアスは? アンタ その隠してる右耳に ピアスしてるでしょ!? この間 見たんだからッ! 校則 二十二条『装飾品等の着用は認めない』って あるんだからねッ。ピアスとか 完全に校則違反。不良行為よッ!」


「……そんなのして無いし」


「こないだ 体育の着替えの時に見たの! 青いピアスッ」


「ナ~ニ? ボクの着替え マジマジ見てたワケ? もしかして 森園も ボクに気があるワケ?」


「――ちっ 違うッ! んなワケあるかっ! アンタが校則違反ばっかしてるから 気になって見てるだけでしょ。あと その『ボク』ってゆーのも止めなさいよねっ。アンタ 長谷部はせべさんと話す時とか 普通に『わたし』って言ってんでしょーがッ」



 心なし 毬乃の顔が上気しているようにも見える。

 咲良の のらりくらりとした返答に 怒り心頭なのか?

 それとも 着替え中の同級生を目で追ってしまったことへの照れなのか?



「だいたい 今 服装検査の時間でもないのに いくら風紀委員だからって 人のプライバシーに踏み込んでくるって オカシイんじゃない?」



 咲良は 毬乃の一瞬のたじろぎを見逃さず 長身の背筋を伸ばし 突っかかってくる風紀委員を威圧する。

 


「そっ それは……。だけど アンタ 校門の服装検査の時 いつも逃げちゃっていないじゃないッ! その場だけ 逃げ切れば 校則違反し放題ってのは 絶対 間違ってるわっ!」

 

「じゃあさ もし ピアスしてなかったら どーしてくれるの? 服装検査でもないのに 人のこと疑ってプライバシーに踏み込んでくるなんて いくら風紀委員だって言っても 職権乱用じゃないの?」



 咲良は 眼鏡の少女が 口ごもった隙を衝いて 巧みに立ち位置を変え 壁際に追い詰められた状況から 脱出する。

 毬乃は『職権乱用』という強い言葉に 気を取られ その微妙な移動を意識できていない。

 


「――――ッ。ううん。……その手には 乗らないわよ。どーせ また ハッタリでしょ。今日こそ 動かぬ証拠 掴んで 生徒指導部に突き出してやるんだからッ」


「じゃあ どーしても見るんだ? これで 着けてなかったら 職権乱用だって 生徒指導部に訴えに行くよ? ホントに それでも大丈夫?」


「しつこいわねっ。アタシに ハッタリなんて効かないわよっ。とっとと その鬱陶しい髪上げて 右耳 見せなさいよッ」



 毬乃の言葉に応えるように 咲良が右手で右側の蒼い下ろし髪を掻き揚げていく。

 それに合わせて 毬乃の顔色も蒼くなっていく。



「ご覧の通り ピアスなんてして無いんだけど?」



 咲良がニヤリと笑う。

 今朝は ピアスの気分じゃなかった。

 たまたま それだけのことだったのだが さっき毬乃が噛みついてきた時に ワザとらしく右耳を意識させたら 見事に食い付いてきた。

 華麗なる逆襲成功。

 その事が 嬉しかったのだ。



「ねぇ 森園。どーやって このオトシマエ つけてくれんの?」



 ひきつった毬乃の顔の横に ドンッと右手を突き 逃げ道を塞ぐようにして 咲良が問い詰める。



「……ご ごめんなさい」


「まさか あんだけ エラそうに 言っといて ゴメン一言で 済まそうなんて 思ってないよね? 『もう しません』とか言えないの?」


「……えっ? あ あの もう……――ッ。 バーカ……言うワケないでしょ。今 ここで『もう しません』とか言ったら『あの時 もうしませんって言った』とか 難癖つけて 服装検査 全部パスする気でしょ? その手は喰わないわッ」


「おっ? さすがは 森園 毬乃。ボクのこと よく分かってるじゃん」


「フンッ。アンタの その手の揚げ足取りに 何度 煮え湯を飲まされたことか……。あと 何回も言うけど その『ボク』って言うの 止めなさいよね。ただ まぁ 今回は アタシが悪かったし 詫びは入れるわ」



 それを聞いて 咲良の顔に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。



「あっ また なんか悪いこと考えてるでしょ? 校則違反になることは ダメだからねッ」


「校則違反にならなきゃいいんだ?」


「風紀委員が 校則破るワケには いかないわ」


「じゃあさ……」



 咲良が 毬乃の顔の横に右手を衝いた壁ドンの姿勢のままで言う。



「……ボクと付き合ってよ」


「ハァ!? んなコトできるワケないでしょッ!」



 毬乃が 真っ赤になって叫ぶ。

 その反応を見て ニヤニヤしながら 咲良が続ける。



「どーして? 校則三十六条『不純性異性交遊は これを禁じる』でしょ? わたし女だし 森園も女でしょ? 異性交遊じゃ無いじゃん?」


「……えっ? だって ……あの その……」



 しどろもどろになりながら 胸ポケットから 生徒手帳を取り出し 慌てて校則の確認をする毬乃。

 その様子を 可笑しくてたまらないといった様子で眺める咲良。

 朱音の言う通り 毬乃にちょっかい掛けて その周章狼狽する姿を見るのが 楽しくて仕方ないのだ。


 やがて 生徒手帳をポケットに仕舞った毬乃が口を開く。



「……三岡 咲良 アンタの言う通り 確かに 何処にも『不純性同性交遊禁止』とは書いてなかったわ。えっと……あの その……ふつつか者ですけど これから よろしくお願いします」


「――――――ッッッ!!!???」



 今度は 咲良が周章狼狽する番だった。

 

 


  


 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る