想定済み

「ツェツィーリア、陛下のお呼びにより参上しました」

「呼び出してすまんな。ここは非公式の場だ。プライベートだと思ってくれ」

「分かりました、お爺様」

「すまんが、至急極秘で聞きたいことがあってな」

「はい、何でしょうか?」

「ツェツィーは、空飛ぶ魔導機器について何か知っておるか?」

「…他国で開発されましたか?」

「いや、まだ開発途中のようだが、事前に対応策を練れんかと思ってな」

「どんな形かは分かりますか?」

「巨大だが、マンゴーのような物の下に、四角い何かが付いているらしい」

「飛行船のようですね」

「やはり空を飛ぶ物か。我が国でも作れるか?」

「技術的には可能ですが、おやめになった方がいいかと思います」

「なぜじゃ?」

「理由は三つ。一つは、楕円形の中に空気より軽いガスを封じて浮くのですが、人を乗せて運べるほど空気より軽いガスは、そのガス自体が爆発的に燃えてしまうからです」

「…爆発するのか?」

「はい。少しでも火気があると、ほとんど爆発したように一瞬で燃えます」

「ツェツィーはそのようなことまでなぜ知っているのだ?」

「アカリ様に見せてただきましたから。その時は宙に浮くスイカサイズの紙袋でしたが、ろうそくよりも小さな火を近付けただけで、ボン! という音とともに、一瞬にして燃え上がりました」

「やはり渡り人なら知っているのか。かなり危ないガスが使われているのは分かったが、他の二つは?」

「もう一つは、脆いのに安全対策ができないからです。人を乗せて空に浮くなら、総重量はかなり軽くしなければいけません。つまり、張りぼてに近い構造なのです。そんな構造ですから、穴が開けば墜落してしまいます。その場合、乗っている人はまず助からないでしょう」

「なるほど。脆い上に高さがあるため、落ちれば終わりか。最後の一つは?」

「アカリ様は作ってはいけない一番の理由に挙げていましたが、精霊様や天使様が怒る可能性があるからです」

「人より上位の種族が、なぜ怒るのだ?」

「人が空を行けるようになれば、今まで地上からでは行くのが困難だった秘境にまで行けてしまいます。もしそこに精霊様の里でもあれば、精霊様はどうなさるでしょうか?」

「恐ろしいな! 落とされる未来しか見えん」

「それだけで済めばよいのですが、後顧の憂いを無くそうとされるのではにでしょうか」

「作る技術を無くすために、工場まで破壊されるか」

「それに、精霊様は翅をお持ちですし天使様は翼をお持ちです。空は精霊様や天使様の領域なのではないですか?」

「……あり得るな。その場合、上位種族の領域に人がずかずかと入り込むことになってしまう。天に罰されるやも知れん」

「はい。ですからアカリ様は、まだ作るなと」

「どこまで見通しておるのやら…。ん? まだ?」

「はい。今は魔導車が高速化して、やっと地上の交通が便利になりつつある段階。そこに空を飛ぶ乗り物などできてしまったら、地上の交通が発展しなくなって、却って経済的に損が出るからと」

「あ奴は一体何を教えておるのだ!? まるで高度な王族教育ではないか!」

「まあ、アカリ様ですから。受講者たちが間違った方向に行かないようにしたかったようです。我が国が以前のままで他国が経済大国になった場合、合法非合法を含めて、どのような方策があるかと講義で考えさせられましたから」

「……余を何度呆れさせれば気が済むのだ。他国から我が国への工作を、逆の立場で考えさせるか。事前に想定できていれば、対応も慌てずに済むな。だが、なぜ非合法まで考えさせた?」

「非合法活動になら、多少やり過ぎた反撃でもうまく国際社会を味方に付けて懲らしめろと。その反撃内容を聞いて、貴族派の末路や例の二国の現在を思い出してしまいました」

「実際にやった者の意見だ。驕りや非合法工作が割に合わんと思い知ったか」

「はい。受講者たちの顔が、引きつっていましたわ」

「だろうな。……先ほどの話だが、たとえ時間を置いて空飛ぶ魔導機器を作ったとしても、上位種族の領域である可能性は残ったままだぞ」

「天は人が発展していくのを望んでおられるはずだから、地上交通がこれ以上発展できなくなってから空に行くなら、天は許してくれるのではないかとおっしゃっていました」

「一体どこまで想定しているのだ。確かに女神様は、人が努力することを重んじておられる。だから地上で努力した末に空に辿り着くなら、その時は受け入れられると読んでいるのだな」

「そうおっしゃっていました。ただその時は、精霊様や天使様が下界からいなくなるかもしれないと、悲しそうにしておられました」

「秘境や空を人に明け渡せば、上位種族が下界にいられなくなるわけか。神殿が大騒ぎしそうだな」

「下界が完全に人の世界になってしまうのでしょう。わたくしも、なんだか寂しく感じます」

「そうだな。だが、まだまだずっと先のことだろう。それより今だ。もし他国がその飛行船とやらを作り、天がそれを許してしまったら、我が国では対抗できなくなるぞ」

「弓やマスケットでは届きませんが、上位の魔導師が鉄の矢でも飛ばせば、おそらく届きます。鳥のように空中を飛びやすい形にして、魔法でおもい切り打ち出せばいいのですから」

「そういった知識まで教えられたか。念のために鉄の矢を作って、撃ち出す実験もしておくか」

「もうひとつ。地上で大きな竜巻を魔法で起こせば、多分へし折れるだろうとも」

「どこまでも想定済みか。とんでもない師を持ったな」

「ええ。あの方は、五百年後の未来から来たようなものですから」

「そうであった。やはり五百年分は、とてつもなく大きいな」

「ですからアカリ様は、ご自身の危険性を認識されているからこそ、辺境に籠られたのだと思います」

「……例の二国の二の舞にならぬよう、民のための政を心がけるとしよう」

「はい。わたくしも頑張ります」

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