……フランツのくせに

お風呂出たら旅行偽装用の革トランクからお着替え出して、水色ワンピにフォームチェンジ。

案内された部屋は、テーブルセットがあるだけの小さな個室だった。


「なかなか解放してやれずにすまんな」

「まあ、乗りかかった舟だし」

「料理が届いたら人払いするから、遮音してくれるか」

「うん、分かった」

「改めてになるが、今日は助かった」

「別にいいけど、あれでもやり過ぎだった?」

「いや、お偉方の意識改革にはちょうど良かった。俺ではどう頑張っても強い男とみなされるみたいで、なかなか意識改革が進まなかったんだ」

「ああ、なるほど。見た目小娘に度肝を抜くような魔法の使われ方したから、やっと筋肉至上主義おじさんたちに衝撃を与えられたわけね」

「その通りだ。俺には、報告会にいた全員を一瞬で拘束するのは無理だしな」

「あのくらいなら、アンジェリカやマーガレーテにもできるのに」

「だよなぁ…。お、食事が届いたな」

「偉いじゃん、ちゃんと魔素感知は使い続けてるんだね」

「まあな」


コンコンコン


「食事をお持ちしました」

「入ってくれ」


ワゴンを押したメイドさんが配膳してくれたんだけど、料理にエビやお魚が使われてた。


「へえ。王都でも、エビやお魚食べられるんだね」

「フランクリンやマーガレーテのおかげでな。冷蔵魔導車が、貴族に大絶賛されている」

「なるほどね」

「では、お食事がお済になりましたらお呼びください。失礼いたします」

「ああ、ありがとう」

「……もう音は漏れないよ」

「助かる。では、食べながら話そう。本体になって食べてもいいぞ」

「本体だと椅子が低くて食べにくいから、薬師の私で食べるよ。じゃあ、いただきます」

「…一瞬で変われるんだな。俺にとっては、その姿こそがアカリだな」

「女神様にそういうアイテムもらったの」

「はあっ!?」

「なんかね、新型魔導機器を世界に広めたご褒美なんだって。私より、フランクリンやマーガレーテの方が頑張ってると思うんだけど」

「………マジかよ」

「私もびっくりしたよ。カグラの姿は完全に人間なんだよ。すごいアイテムだよね」

「完全に人間って……。たしかにすごいが、驚くべきは女神様から褒美を頂戴したことだろ」

「うん。だから女神様には、すっごく感謝してるよ」

「……危うく、話そうとしていたことがすべて吹っ飛びそうになったぞ」

「女神様、ちゃんと下界の事を見守ってくれてるんだよね。感謝感謝」

「反応軽すぎだろ。アカリらしいと言えばらしいが…。まあいいか。アカリに残ってもらったのは、塔の建設に関する連絡をどうするか相談したかったんだ」

「まだお義父様にも話してないよ?」

「それも含めて相談したい。計画がどう転ぶにしても、アカリと連絡方法が無いのが痛い。計画立案の相談や打ち合わせすらできんぞ」

「連絡方法かぁ…。メトニッツの川傍の家に、ポストとか建てて中に手紙入れてくれる? 週一くらいで見に行くから。こっちからの連絡は、カグラの姿で直接会いに行くよ」

「それなら何とかなるか。だが、カグラは俺以外知らんから、門前払いされないように周知するべきか」

「お義父様とマーガレーテ、あとアドルフ叔父様とアンジェリカにはカグラの姿を見せておくよ」

「………なあ、その姿で、メトニッツに帰って来ないか?」

「いきなりだね。国外からの求婚や教会の天使様探しとかあるし、何よりこの姿は歳をとらない。この姿で知り合った人たちとはもう三年くらい経ってるから、変化が無さ過ぎて怪しまれるよ」

「最辺境の新たな町の重要な存在になればなんとかなるかと思ったが、歳をとらないのはマズいか……」

「何? どういう理由であの姿がいいの?」

「いや、単なる俺の我がままだ。忘れてくれ」

「いいじゃない、言いなさいよ。自慢しぃ仲間でしょ」

「それだよ。俺にとってはその姿のアカリが自慢しぃ仲間なんだ。カグラの姿だと、どうしても別人に感じてしまう。おそらくアンジェリカやマーガレーテだけじゃなく、兄上や義姉上たちもそう感じるはずだぞ」

「ああ、名前も容姿も違うからそうなっちゃうか。それはちょっと寂しいかも。困ったな、解決策があるだけに悩むなぁ…」

「解決策あるのかよ。だが、即断即決のアカリが悩むのは珍しいな。何が問題なんだ?」

「私、成人したアカリという人間も作れるんだよ。人間だから、ちゃんと歳をとるの」

「マジかよ、最高の解決策じゃないか」

「だけど私、最辺境で町づくりなんかしたら、きっとそこに入り浸っちゃうと思うんだよね」

「だろうな、仲間たちと一緒に町づくりなんて、考えただけでワクワクするぞ」

「新しい知り合いがいっぱいできて、一緒に町を大きくしてくんだよ? そんな人たちが万一危機に陥ったら、私は自分の能力を最大限に使っちゃうよ」

「ダメなのか? すでにメトニッツで使ったじゃないか」

「……努力を忘れて、私に依存しちゃわない?」

「そういう懸念なら、おそらく大丈夫だぞ。努力を怠る者に、天は味方したりしない。それがこの国の一般的な考え方だ」

「え、そうなの?」

「ああ。昔からそう言われてて、親は子どもに必ずそう教える。教会の説法でも、頻繁にその話が出るからな。だから天使様が大司教たちに忠告しただけで、奴らは信者の民衆たちから責められて失脚したんだ」

「あれってそういう理由があったんだ! ちょっと忠告しただけなのにって、過剰な反応な気がしてたんだよ」

「女神様のご意向と間違えられたことより、努力せずに他者を虐げて利を得ていたことの方が一般人にとっては大きな問題なんだ。天に見放される行為だからな」

「それなら依存は大丈夫そうだね。だけどもうひとつ、大きな問題があるんだよ」

「なんだ?」

「……大好きになった人たちが歳をとって先に逝っちゃいそうだったら、私はどうすると思う?」

「……ああ、果実か。あれを使うのは止めろ。俺が止めてやるから」

「そんなことしたら、フランツまでその人が死んじゃう責任を負うことになるじゃない!」

「俺はな、部下を八人死なせているぞ」

「え……。それって魔獣討伐で?」

「そうだ」

「でもそれは、どうしようもなかったことでしょ?」

「そうだな。だが、魔獣と戦って散るのも、人が老いて死ぬのも、等しく女神様のご意思だぞ」

「……強いなぁ」

「アカリが優しすぎるだけだ。それにな、アカリも一緒に老いる身体になれば、多分友の死を受け入れられるんじゃないか。精いっぱい頑張って生きた友人を、俺と一緒に送ってやろうぜ」

「うわぁ、フランツには似合わない殺し文句だ」

「茶化すな。女神様は、人を限りある命の生き物としてお作りになられたんだ。俺たちは、その限りある命の中で精いっぱい生きればいいんだ」

「でも私、老いる身体で死んだとしても、多分本体に戻るだけだよ」

「転生したようなものだろう。すでに一回経験してるじゃないか」

「おお、その発想は無かった」

「アカリが人としての人生を歩むのも、精霊としてそのまま生き続けるのもアカリ次第だ。時間はあるんだから、ゆっくり考えればいいさ」

「うん、ありがとう」

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