アンジェリカ様のトラウマ

“美”づくりから数日、アンジェリカ様がレベル5になった。

魔素制御もフランツ様に言わせると『おかしい』ほど上昇してるみたいだから、私の魔法指導はもうおしまいです。


でもフランツ様に魔法指導基礎編終了を報告しに行ったら、頭を抱えられた。

よく見ると目の下にかなりの隈が出来てたし、何かいっぱいいっぱいの追い詰められた表情してる。

そして恥も外聞もかなぐり捨てたような表情で、相談に乗ってほしいと懇願された。


どう見ても肉体的精神的にヤバめなので、話を聞いてみた。


領都から来た祖母様、マヌエラ様と言うらしいが、こちらに来た理由は、アンジェリカ様を親のいる領都に連れて行くためだった。

ところが、アンジェリカ様本人が領都行きを拒否しているらしい。

理由が『領主邸は寂しくて怖いから』。


前回アンジェリカ様が領主邸に行ったのは、二年前の新領主就任式に親子ともども出席するため。

当時三歳のアンジェリカ様は、どうやらその時にかなりつらい思いをしちゃったらしい。


大勢のパーティー参加者でごった返す会場で両親とはぐれ、二時間後に執務棟の備品置き場の奥で、備品の入った木箱に囲まれて泣いているところを発見されたそうだ。


自分からは出られないように木箱が積まれていたため、明らかに悪意ある者の犯行。

アンジェリカ様に誰が連れて来たか確認しようにも、年上の子どもを怖がって泣き叫び、顔を見ようとすらしない。


十歳以上の男子を特に怖がる様子から、パーティー出席者の子どもが犯人の可能性が高いが、証拠も無くアンジェリカ様の証言も無い。

結果、犯人は特定不能。


以降アンジェリカ様は、領都を怖い場所と認識したようだ。


これ、完全にトラウマになってるよね。

フランツ様の話を聞いた限りじゃ、強引に領都に連れて行ったりしたらパニック起こしかねないぞ。


でも、話の続きはもっとびっくり。

私の能力に目を付けたマヌエラ様が、アンジェリカの精神的ケア要員という名目で私を領都に連れて行こうとしてるそうだ。


フランツ様は大反対しているものの、元王女であるマヌエラ様に厳しく育てられた孫たち(フランツ様含む)は、なかなかに逆らいづらい立場らしい。


だけど、さすがアンジェリカ様自慢しぃ仲間だな。

マヌエラ様の計画を私に漏洩しちゃってるぞ。


しかしマヌエラ様の計画はちょっと気に食わない。

私を確保する口実にアンジェリカ様を使い、ついでにアンジェリカ様のトラウマを強引に何とかしようってとこか。


公爵家に降嫁して何十年も公爵家を守って来た自負があるのかもしれないけど、アンジェリカ様を口実に使って症状悪化の可能性を軽視しているのはいただけない。


ここ一か月ほどアンジェリカ様と過ごしていて分かったけど、アンジェリカ様は男性恐怖症や対人恐怖症に近い状態だった。

分かりにくいけど、屋敷の人たちにさえ微かに怯えた仕草が出ることがあるから。


発熱の元になった怪我も、大人や周りの人に報告しなかった。

叱られるのを避けようとしていたとしても、腫れだして熱が上がっていれば、痛みや体調不良に怯えて大人に助けを求めるのが普通だ。

それを、発熱して様子がおかしいと気付かれるまでは隠し通したのだ。徐々にひどくなる痛みと不安に耐えながら。


私は、フランツ様に頼んでマヌエラ様との面会をセッティングしてもらった。

用件は『アンジェリカ様の病状について』。


用件による脅しが効いたのか、面会は割とすぐに叶った。

マヌエラ様の客間に通された私は、挨拶が済むとフランツ様に人払いをお願いした。

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