家庭教師

馬鹿司祭やっつけられるみたいだし、一応納得もできたので執務室を辞そうとしたら、相談を持ちかけられた。


アンジェリカ様は五歳になって貴族家子女としての教育が始まったばかり。

ところが今回の王都封鎖で、赴任するはずだった魔法指導の魔導師が王都に缶詰。

領主家お抱えの魔導師も、主力は護衛として領主に同行してて同じく王都に缶詰。

代官に仕える魔導師も、領都への移動の護衛として代官に同行。

この町にいる魔導師は残念ながら二流以下で、公爵家当主の姪を指導するには格不足。

だから私に、アンジェリカ様への魔法指導を頼みたいらしい。


二流以下の魔導師が格不足なら、素性不明な私はもっとダメなはずだった。

ところが、私が代官屋敷で行った治療のせいで、私は魔法のエキスパートと目されちゃったみたい。


ああそうですね。私ってばちぎれた血管や神経なんかを即座に魔法で繋げちゃってるし、脳内の血栓も魔法で溶かしちゃってる。

よく考えたら、地球基準の現代医療でも難しいことやってるよ。


しまったな。魔法の基準が精霊基準になっちゃってた。

だって、爆散した私を完治させちゃうとんでも魔法を体験してたから、ちょっと血管や神経繋ぐくらいはこの世界では難しくないんだと思ってたよ。


フランツ様が話してくれたけど、たとえ王都の魔法医や宮廷魔導師でも、私ほど繊細で見事な魔法は使えないんだって。


私、あんまり目立たないように町に溶け込もうとしてたはずなのに、初日からやらかしてたよ。なんてお間抜けさん…。


しかも私、昏睡に近い状態のアンジェリカ様を一時間ほどで治しちゃってるから、このお屋敷の人達からの信頼がとんでもないことになってるみたいで、何人もの人が私を推薦してるらしい。


自分のお馬鹿加減に打ちひしがれてたら、秘密は極力守るからと交換条件を出された。

私が予想したほど多くの患者さんが来ないのも、患者の命に関わらない限りこちらには連れて来るなと、治療内容の口止めと共に兵士や使用人たちに厳命してくれてるそうです。


初っ端からやらかしちゃってるのに何も言わずフォローしてもらってたみたいなので、家庭教師引き受けました。


お昼になったので、食堂に移動してランチミーティング。

アンジェリカ様のスケジュール管理してる侍女さんも食事のマナー講義で同席してるので、色々と相談した。


「魔法の習熟にいちばん大切なのは繊細な魔法を使い続けることだけど、それにはある程度の魔力量が要るわ。アンジェリカ様のレベルは一度も上がってないよね?」

「幼い子どもが魔獣討伐に行くことなど、まず無いからな」

「なんてもったいない。レベルが8もあれば、自己防衛が可能で自己治癒さえできちゃうのに」

「待ってくれ。レベル8など、領兵の隊長レベルだぞ」

「へ? 毒スライム数匹分だよ?」

「毒スライム? ひょっとして紫スライムのことか?」

「そうそう。毒液飛ばしてくる鬱陶しい奴」

「鬱陶しい…。あれは危険度A判定だぞ。最低六人以上の熟練兵での討伐対象だ」

「レベル7の時から、ひとりで倒してるけど?」

「嘘だろ!? ひとりでは毒液を防ぎきれん!」

「盾魔法使えばいいじゃん」

「……盾魔法とは?」

「あれ? こんな魔法だけど、知らない?」


フランツ様の前に盾魔法を展開し、触ってもらった。


「このような魔法があるとは…」

「それ、レベル4でできたよ。空中歩けるし、コップやお皿、椅子代わりにもなって便利だよ」

「レベル4…入隊3年くらいの兵か。え? 空中歩けるだとっ!?」

「その盾動かないでしょ。水平にして乗っかればいいのよ」

「………アカリ嬢、君の魔法はおかしい。宮廷魔導師でもこのような魔法は使えんぞ」

「おかしいって…誰でも使えるようになるのに。魔法って応用が利いてすごく便利なのに、なんで使わないの?」

「…魔法とは小さい炎や水球を出すだけではない?」

「高い所にあるもの取る時、どうしてるの?」

「大抵は踏み台かはしごを使う」

「魔法で踏み台作っただけじゃん。なんでおかしいのよ?」

「踏み台は物であって、魔法で物は作れん」

「何も無いところから水球作って浮かべられるのに?」

「……我々は、できるのにしないだけ?」

「そう思うよ。それで、私はどこまで指導すればいいの? 目標次第で、指導時間や内容がかなり変わるけど?」

「……とりあえず初歩の初歩だけお願いする。目標は代官夫妻が決めるべきものだ」

「ちゃんとアンジェリカ様の意見も聞いてあげてね」

「そうだな。相談して決めよう」


アンジェリカ様のスケジュールでは午後のティータイム(三時のおやつ的お茶とお菓子)の後が魔法習得の時間に取ってあるそうなので、明日のティータイム後から講義を始めることになった。

今日は教材が間に合わないから。


食後、教材の材料集めに、メイドさん捕まえて屋敷の中を徘徊。

私が考えてる教材にはいろいろな種類の材料必要だし、素材の質感も重要なので、実際に私が目で見て選びます。


多少は妥協したけど何とか材料を揃え、自室で製作開始。

かなり時間のかかる製作物だから、頑張って明日の講義までに間に合わせなきゃ。


無休憩で製作に没頭し、夕食は部屋でサンドイッチ。お風呂もカラスの行水。

夜なべして頑張ったけど、教材のチョイスミスったかも。

明日の講義までに間に合うかな…。

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