第3話 愉快な友














 電車に乗り、体を揺らす。


 ゴトン、ゴトンと響く音を感じながら、次の駅へと向かった。


 駅に着いてからは早く、ものの5分で大学へと着いた。


 春がジョンと俺を先導し、構内と向かっている最中だった。


「おっ、春じゃん。おはよう」


 前から男の声が聞こえた。


 この声は大学内でできた友人の、中村公平なかむらこうへいだ。


 俺達が通っているこの大学は音大で、俺はピアノ、春は楽器全般いけるがバイオリンを好み、こいつは主にチェロを弾いている。


「おはよー公平。相変わらずイケてるセンスしてるねぇ」


 開口一番に春は公平の服を褒めるが、どうやらこれは皮肉らしい。俺は目が見えないので分からないが、かなり個性的な服をしているとのことだ。


 そうとも知らず、公平は誇るように声を昂らせる。


「だろぉ? お、ギンもいんじゃん。おはよー」


「おはよ」


 公平は俺の傍へと駆け寄ってきて、ジョンを撫でた。


「うーん、お前は相変わらず可愛いなあ。……ここじゃ邪魔になるから、もっと広々とした所に行こうぜ。授業は後20分後だしよ」


「…………お前、またジョンにおやつ持ってきたのか?」


「おう。今日はちょっと奮発しちゃっていいの買ってきたぜ」


「……わざわざ悪いな」


「いいっていいって。俺が好きでやってるんだから」


 公平は犬が大好きだ。犬というより動物全般が好きなようだが、母親が結構酷いアレルギーを持っているらしく、今までペットを飼ったことはないんだとか。


 今は1人暮らしをしているが、公平の住んでいるマンションはペットがダメらしい。


 まぁペットOKでも犬を飼うような資金はないから、どの道飼う選択肢はないんだとか。ただ、犬がダメでもハムスターとかの小動物系は飼いたかったらしい。


 構内へと続く道から外れ、俺はすぐ近くにあったベンチに座る。


 するとペリっという音と共に、犬の食べ物独特の匂いがしてきた。


 この独特の匂いってなんの成分なんだろうな……


 そんなことを考えている内に、ジョンがおやつを食べる音が聞こえてくる。


 大分がっついてるな。よほど上手いらしい。


「あー、俺も早く自立して犬飼いてえなあ」


 そんな公平に、春がにやついた声でからかう。


「今は親のすねかじりだっけ?」


「それはお前だろ。俺はちゃんとバイトして稼いでるわ。…………米なんかの仕送りは貰ってるけどな」


 あれ、そういえばこいつの実家って……


「お前の実家って、新潟だったか?」


「おう。新潟は米が上手いぞぉ。後で来てみろよ」


「米なんて全部一緒でしょ」


「ああ!? おい春、それはちょっと聞き捨てなんねぇなあ!」


「…………切れポジが農家じゃん」


「謝れ春。お前のバカ舌には分からないかもしれないが、米は硬さ、粘り気、味。品種によってなにもかもが違う。そんな米を全部一緒だなんて、勘違いも甚だしいぞ」


「よく分かってるじゃんかギン! ちなみにお前の推しおしまいはなんだ? やっぱりコシヒカリか?」


 そんな公平の言葉に、『推し米ってなんだよ……』という春の呟きを無視して、俺は答える。


「俺は米を使い分けるタイプだな。カレーなんかには糖度の低い、比較的パサパサの米を使うが、納豆なんかにはコシヒカリとかの、糖度が高くもっちりとした米を使う」


「な、なに!? 複数種類を、使い分ける……だと!?」


「ふっ、ここまでグルメな奴は俺以外にいないだろ」


「財力と料理を楽しみたいという気持ちが極限まで合わさったことによる構成…………! ここまでできる奴が、俺の身近にいたとは……っ」


「どうでもよー」


 春の気の抜けた声に、俺と公平はむっとする。



「やれやれ。これだからプリンにしか目がないやつはダメなんだ」


「その通りだな。日本の米、その千年に渡る歴史を理解できないとは……」


「今、歴史の話してたっけ?」


「そういうことじゃない――って、やばいもう一コマ目始まるぞ!?」


「え!?」


「なに!?」


「じゃあなお2人さん! ジョン、また会おうな~!」


 無情にも遠ざかっていく公平の声に、春が焦った声を出す。


「ちょ、早くギンっ! 遅刻したら私が怒られる!」


「お、おい待て! つまずくって!」



 俺は春に手を引かれながら、久々に走り出した。


 


 










 



 

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