第2話 俺よりも見えてないやつ
「いっ、つつ……」
痛そうな、掠れた声が聞こえる。
俺の家の玄関に転がっているであろうこの女は
俺は盲目の人が通う学校に通っていたため、小学校~高校まで違う学校だったが、同じ大学に通うことになったので、ここに近い場所に住んでいる。
「白状をそこに置いているのは防犯目的と、単純に倒れた時探さなくてもいいようにだ。…………何回も言っただろ」
「……朝は寝ぼけてて、足元なんて見てないし」
「お前が悪いじゃん」
「…………はぁ」
ため息をつきたいのはこっちの方だ。毎日同じところで転んでいるのに、なんでこいつは学習しないんだ。
春が立ち上がる音と気配がしたため、無事だと思い部屋に戻る。
「元の位置に戻しておけよ」
「分かってるよ」
むすっと不貞腐れたような声。全くなんなんだ。
椅子に戻り、再びパンを食べる。うん、うまい。
一噛み一噛み味わっていると、そんな至福のひと時を邪魔するかのように春が声を出した。
「うわ、またジャム食ってるよ」
「…………」
「えーと、冷蔵庫冷蔵庫。…………ほんとにジャムが好きだねぇ」
勝手に冷蔵庫を開けては中を漁る音がする。まぁ、こいつがうちの冷蔵庫を漁るのはよくあることだ。今更気にしない。
「プリン入れといたよ」
「…………金は……」
「いいっていいって。お皿借りるよ」
そう言って春は皿を取ると、俺の前に座った。
プチっという音がし、プリンのにおいが漂ってくる。
「おはようジャスティス。今日も元気だね~」
「ジョンな」
「ジャスティスでもいいじゃん。かっこいいし。ジャスティス、ジャスティスっ。ほら、この子も分かってるよ」
ジョンがなにかを舐める音が聞こえてくる。大方、こいつの頬だろう。
「じゃ、いただきまーす。うん、やっぱプリンが一番だわ」
「……朝食は?」
「え? これだけど?」
「…………パン食うか?」
「食べる!」
俺は口をつけていない部分を千切って、春に渡す。
「プリン買ってくるんだったら、飯も買ってくればいいのに」
「忘れてた」
「……俺はお前の将来が心配だよ……」
「お父さんかって」
お父さんでも心配するだろうな。いや、実際にしてたわ。
こいつは勉強なんかはできるけど、それ以外の部分はありえないほど抜けている。
もはや、わざとやっているのかと言いたくなるレベルだ。
この前も俺とこいつとジョンで歩いている時、ボーっとしながら赤信号を渡ろうとしていたし、こいつに座ろうと言われて案内されたベンチには毛虫がいたりした。
あとよく転ぶ。めっちゃ転ぶ。
全盲の俺よりなにも見えていない。
「てか、なんでお前毎日俺のマンションに来るんだよ」
「せっかく大学一緒なんだから、一緒に行けばいいじゃん」
「駅で会えばいいだろ」
「…………ギンは私と一緒に駅に行くのいや?」
「……別に、いやじゃないけど……」
「じゃあいいでしょ?」
こいつ……まぁいいか。
パンを食べ終わり、二枚の皿を台所に持っていく。
すると、春が愚痴を言ってきた。
「実を言うと、あのぼろアパートよりもこっちの高級マンションにいる方が居心地いいんだよね。それに、あっちで隣人のおっさんに会った時、毎回じろじろ見られるんだけど、それが気持ち悪いのなんのって…………」
「本当に見られてんのか? お前が気にしすぎてるだけじゃないのか?」
「ほんとだって! こっちが挨拶しても返してこないのにじろじろ~って」
「それは……気持ち悪いな」
「でしょー? 泊めてくれる?」
「無理」
「なんでよ!」
「俺はベッドで寝たいからな。こんな時期にソファで寝るとか、風邪引くだろ」
「私がソファで寝ればいいじゃん」
「もっとダメだろ」
「…………じゃぁ、一緒に寝る?」
「無理」
ぼふっ
後ろから枕が飛んできた。
「なにすんだよ!」
「うっさい!」
こちとらお前の分の皿洗ってんだぞ。なんて恩知らずなんだ。
皿についた洗剤を水で流し、水切りラックに置く。
「よし、着替えるか」
タンスの前に行き扉を開け、いつもの服を取り出す。
…………
「おい、見るなよ」
「えっ!? な、なんで分かったの!?」
「気配」
「……こわっ」
いや、なんとなく分かるだろ。俺のお袋は後天的な盲目だが、よく『ギンちゃんの気配がするわぁ』と言って俺のそばまで来る。……うん、確かに怖いわ。
春の気配が無くなったことを確認し、さっさと着替える。
そしてバッグを背負って……って、ない?
「バッグは私が持ってあげる」
「いや、いいって。急にどうしたんだ」
「この前横断歩道で迷惑かけたでしょ? そのお詫び」
あぁ、赤信号なのに渡ろうとしたやつか。
俺が咄嗟に襟を引っ張ったから良かったものの、後一歩遅かったらかなり危なかった。
「…………プリンで返してもらったろ」
「あれは私も食べるからノーカン」
いや、結局俺も食べるんだからノーカンにはならなくないか? ……まぁいいか。
「おーい行くぞジョン」
「ジョンが導かなくても、私がギンを導いてあげるよ」
「春の導きか…………恐ろしくて考えたくもないな」
ジョンが駆け寄って来て、俺はその頭を撫でる。
そしてハーネスを握って、玄関へと向かった。
ジョンほど優秀な導きはいないな。犬は人間よりも目が悪いはずなのに、どっかの誰かさんとは比べ物にならないぐらい視野が広い。
「あ、ドア開けるよ」
「助かる。足元の白杖に──」
ガッ、ドダンッ!
「う、嘘だろお前…………」
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