全盲の俺の、光の君

百面卿

第1話 朝食







 ピピピ、ピピピ、ピピピ、ピピッガチャ。


 朝目が覚め、スマホから鳴る目障りな音を止める。


 ベッドの上から体を起こし、足を横にずらす。


 すると足がストンと落ちた。床だ。


 足の裏がひんやりと冷える。もう冬になるのか。


 時の流れは速いなと思いながら、立ち上がる。


 

 俺の名前は米山銀次こめやまぎんじ。大学2年生だ。



 俺は生まれつき目が見えない、いわゆる先天性全盲というやつだ。移動において聴覚と触覚しか頼る物がないが、このマンションの部屋はそんなに広くない。だからそれらがなくても感覚で動くことができた。


 床の冷たさ、触感を直に感じながら歩く。


 そして、え~と…………あったあった、冷蔵庫だ。


 冷蔵庫の扉に手をかけ、腕を引く。すると、全身を包むように冷気が俺を覆った。



 さぶっ!


 ただでさえ肌寒かったのに、もうすっかりと体が冷えてしまった。


 一刻も早く冷蔵庫の前から離れるため、目当ての物を探す。


 丸く、円柱形の形をした物、ジャムだ。お、あったな。


 急いでジャムを取り出し、冷蔵庫の扉を勢いよく閉める。


 あー、寒かった。


 

 まだ寒さを感じながらも、俺はジャムをテーブルに置いて、食パンを探す。


 腕を伸ばして冷蔵庫の横辺りを探すと、カサリとした袋が手に当たった。


 その中から手探りでパンを一枚取ると、お皿に乗せて電子レンジに入れる。


 温めボタンを押して、椅子に座った。


 テーブルの真ん中にあるラジオのボタンを押し、いつものチャンネルに調整する。


『今日の関東の気温は17度ほどで、昨日に引き続き肌寒い日が続くでしょう。公園では紅葉狩りを楽しむ家族が増えており――――』


 

 …………紅葉狩りか。俺には縁のない話だな。


 俺は目が見えないが、公園に行くのは好きな方だ。風が吹き木々が揺れ、葉っぱが落ちる音は聞いていて癒される。


 ただ、紅葉の季節に公園に行くことはない。


 なぜか? それは、以前俺なりに紅葉を楽しもうと公園のベンチに座った時、毛虫を踏みつぶしてしまったからだ。


 それ以来そのことがトラウマになり、この時期に公園に行くことは辞めた。


 一番嫌いな季節になったけど、食べ物は美味しいので好きな季節でもある。四季の中でも複雑な季節だ。


 ピーっ、ピーっ、ピーっ


 そんなことを考えている内に温め終わったようだ。


 立ち上がり、電子レンジの中からパンを取り出す。ついでにスプーンを取って、席についた。


 ジャムの蓋を開け、スプーンの背を使いパンに塗っていく。


 全面に塗り終えると、大きく口を開けて噛んだ。



 パンの触感と、ジャムの香ばしい香り、そしてブドウの味が口いっぱいに広がる。


 今日はブドウだったか。

 

 より味を堪能できるよう、ゆっくりと噛んで食べる。


 一日の中でも好きな時間だ。俺はジャムに目がなく、冷蔵庫の中に十種類ほど入っている。


 そしてジャムを戻すときに置く場所をシャッフルして、明日はどんな味に当たるのかが密かな楽しみなのだ。


 俺がジャムパンを堪能していると、足にふわりとした感触が来た。


 まるで足に纏わりつくかのように、すりすりとそのふわふわの感触が当たる。



「お、起きたか~ジョン」



 これは俺の愛犬であり盲導犬であるジョン。盲導犬なのに飼い主よりもゆっくり歩き、起きるのも遅い。


 俺は食べるのを中断し、自動給餌機じどうきゅうじきのそばまで行く。


「ラクサ、今の時間は?」


『現在の時刻は7時4分です』


「よし、出てるな。ジョン、よしっ」


 そう言うと、カリカリとジョンが餌を食べる音が聞こえてきた。


 自動給餌機なのにジョンは合図が出されるまで食べないので、毎回俺がよしと言っている。


 まぁ、こういうところもジョンの可愛いところだな。さて、俺もジャムパンの続きを―――



 ガチャっ、ガタガタッ、ドンッ!



 玄関の方からけたたましい音が鳴り響く。


 …………あいつ、またやったのか。


 俺はため息をつきながら、玄関の方へと向かった。



「おーい、大丈夫か?」

 

 すると涙ぐんだ、声高い声が返ってくる。



「なんでっ、白杖をっ、足が引っかかるところに置くのぉ!?」


 …………いや、一か月前からそうなってるだろ……

 


 


 


 


 


 







 

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