言霊、あるいは有言実行
テケリ・リ
ひと夏の思ひ出の価値
私の名前は
自他共に認める多趣味で、広く浅く、様々な事を経験する事に喜びを感じる
そんな私はこの
グランピングとは、〝グラマラス(Glamorous)キャンピング(Camping)〟を略した造語らしい。有り体に言えば〝優雅なキャンプ〟といったところか。
優雅の字のごとく、グランピングにおいてはテントやキャンプギア等を用意する必要はない。サービスを提供するキャンプ場なり施設なりで、必要な設備や食材を用意・貸出し・販売してくれるため、キャンプ初心者でも取っ付き易いというのが魅力な点だ。
元々は海外で普及していたという話だが、今では日本国内の各地で競うように、様々な形式のグランピングサービスが提供されている。
「ヘイツトム! ワンモアセッ!!」
「カマーンツトム! ネヴァギヴアップ!!」
私は初体験のグランピングで、星空を眺めながらコーヒーを啜ったりといった……よく見るワンシーンを踏襲するものだとばかり思っていた。それに憧れていたと言っても過言ではない。
「ヒィウィゴッ! ワン・トゥー・スリー・フォッ!!」
「ファーイ・シックス・セヴ・エイッ!!」
それが何の因果か……私は今ビ〇ー隊長の強化合宿もかくやといった、高負荷青空フィットネスに参加させられている。
やだーツラーい。逃げ出したーい。だけど既に支払った二万七千八百円が惜しくて逃げられなーい。
「ヘーイ、グッジョーブ!」
「グッボーイ! ナイスファイティンツトムーッ!」
自慢ではないが、私は自ら認めるほどの運動不足だ。特に二十五を超え――今年の夏で二十九になる――、趣味が高じて成功できた投資業で不労所得を得るようになってからは、輪を掛けて運動をしなくなった。その結果が今現在の、割れ目の消えた腹筋群である。
脆くなった筋肉は悲鳴を上げて痛み、なんかギシギシ言っている。衰えた心肺は容赦なく私に苦しみを与え、まるで自堕落に
しんどーい。マジありえなーい。帰りたーい。だけど既に支払った二万七千八百(以下略)。
ホントに油断した。もっとこのキャンプ場についてクチコミとか事前に詳しく調べておくんだった。駅前で配られていたチラシなんて貰わなきゃ良かった。もっとちゃんと隅まで読めば良かった……!
そう。いつもなら呼び込みチラシなんて断るのに、たまたまポケットティッシュを切らしていたせいで貰うついでに受け取って読んでしまったのだ。
未体験の〝グランピング〟の文字に心惹かれた。〝避暑に最適〟という謳い文句に魅力を感じた。
そして――――〝運動不足解消☆ 簡単フィットネス〟の文言に柔らかくなったお腹を意識してしまった。それよりも何よりも、隅に小さく書かれていた注釈の〝参加人数が少なくても誠意を込めて鍛えます!〟の部分を見落としてしまったのだ……!
息も絶え絶えに座り込む私から離れ、プロテインをガブ飲みしながら『HAHAHA☆』とか『メーンッ⤴︎⤴︎』とか談笑してやがるムキムキ白人&ゴリゴリ黒人コンビを射殺さんばかりに睨む。
なんなんだよ『ユーヒトーリダカラ、ワタシタチフタリデオシエルヨー☆』って! 『ユー、ラッキーガイネー☆』じゃねーんだわ!!
コイツらメチャクチャ煽ってくんだよ……! ちょっとでもヘコタレると『エーイワズァップ!?』とか『クモーン、クモンッ、ツトーム!? ユーキャンドゥーイッ!!』とかやたら甲高い声でホザいて、その内に手取り足取り動かそうとしてきやがる……ッ。
しかもやたら楽しそうに指導してくんの……! そんでそのテンションをコッチにも求めてくんの……! もうホントやめて……! 私そういうの得意じゃないんです……ッ!
ああ……向こうの河原でキャンプしてる人達に混ざりたい……っていうか匿ってほしい……! 私もそういう長閑なキャンプしたい……!
食材費とか燃料費払うから! だから私を仲間に加えてくださいっ! でもやっぱり既に支払った二万八千(四捨五入して以下略)……ッ!!
「エーイ、ツトーム! トライネクストステップ!」
「クモンクモーンッ! ゲッタ、マッソー!!」
まだあるんですか、噓でしょ……!? ってか別に私は筋トレしに来た訳じゃないんですがね!? 『筋肉を手に入れようぜ』じゃねぇっつーの!! くっそ、三万(端数繰り上げ)払ってなんでこんなしんどい思いせにゃならんのよっ!?
サイドチェストしながら煽るマイケル(白人)と、ダブルバイセップスしながら励ますジェイソン(黒人)の圧力に屈した私は、結局チェックインの十五時から夕方の十七時までを、『
――――あっ、やめてそこのホットパンツの似合うお嬢さん!? スマホのカメラをこっちに向けるな! 撮るな!! 無断撮影はお断りっていうか肖像権の侵害だぞコラァ!? おま、それSNSに上げる気だろ!? せめてちゃんとモザイク処理しろくださいお願いしますッ!?
◇
「――――まったく、酷い目に遭った……!」
筋トレで『マッソーマッソー』と呪われ、挙げ句には通りすがりに動画撮影され(もちろん探し当てて削除依頼はした。本当にしてくれたかは彼女のフォロワーのみぞ知るところだが)、ようやく自分に貸し出されたテントで一人になれた。
夏至は過ぎたがまだ日は長く、十九時を回っても未だに空は薄ぼんやりと明るさを残している。だがそこは避暑を売りにするだけの事はあり、日中は運動も相まって滝汗を流す暑さだったが、今は山間を吹き抜ける自然の風が肌に心地好く感じる。
宿泊プラン通りであるならこの後運営からBBQ用品と食材、酒類が届けられ、夜空に瞬き始める星を眺めながら一人キャンプ飯を楽しめるらしい。日中にかいた汗を施設の温泉でサッパリ流したこともあり、私は今猛烈に空腹を感じている。あの地獄もきっとこの後の、優雅な一人飯のスパイスになってくれる……と信じている。
災禍転福――
――――「HAHAHA☆」……
――――「メーンッ⤴︎⤴︎」……
……なんか、物凄く既視感というか既聴感(そんな言葉は無い)のある声が聴こえた気がする。
まさか
有り得ないだろ……! 私は三万(端数繰り上げ)が惜しかったからなんとか死に物狂いで完走したが、あれはぶっちゃけ〝軽いフィットネス〟のレベルを、それこそ軽く超越した内容だった。温泉で癒したおかげでダル重いくらいで済んでいるが、終わった直後は両脚が生まれたての小鹿のようにプルプルしてたんだぞ……!
――「ワッツ!? エーイ、ユーキディンッ!」……
――「HAHAHA☆ ソーリー、メーンッ⤴︎︎︎⤴︎︎︎」……
……いや、ちょっと待て? なんか、
「OH! ツトーム、ワズァップ!?」
「エーイッ! ドゥユーエンジョーイッ、メーンッ!? ウィ、テイクアワフーズッ☆」
「ヘ〜イ、メニメニフ〜ズ! エ〜〜ンダ……ッ」
「「メニメニビァ〜〜〜ッ!! フゥゥーーッッ⤴⤴︎︎︎」」
…………………………は? え、はい??
いや、いやいやいやいやいや、ちょっと待ってくれよ……? お前ら筋トレのインストラクターじゃないの? なんでお前らが食材運んできた? っつーか英語はあんまりだから自信が無いが、聞き間違えじゃなきゃジェイソン(黒人)のヤツ、『
ちょ、ヤダもぉー明らかに一人前の量じゃなーい! ビールも一人当たり五百ミリを何本計算なのォ!? ワーオ、アンビリーバボー、メーンッ!?
あん? ちょい待てその後ろ手に引っ張ってるキャリーワゴン何よ……ってクーラーボックスじゃないですかもぉーっ! もぉぉーーーーーッ!!
『
「ワタシターチ、ツトームノコト、ミナオシタヨー!」
「サイショ、ドーセスグアキラメルオモッテマシタネー! バット……ユーハサイゴマデヤリキリマシタネーッ!!」
おっ、おう……!? な、なんだよ急に日本語で褒めてきやがってよォ!? だからなんだってんだ? わっ……、私は別に……五万円(もはやそのくらい払った気分)が惜しかったから必死になってただけなんだからねッ!?
「コレーハ、スベテノステップヲノリコエタ、ユー
ちょ、『限定』とか日本人ならついつい惹かれちゃうワードチョイス(個人的な感想です)やめてくれないッ!? 不労所得があっても私の心は小市民なんだからねッ!!?
「リアリィッ!? ヘイマイコー? スペシャルッテ、ナニガスペシャルデ
「グックエスチョン、ジェイソン! ナントコノコースハ……ツウジョウノ、
もぉーっ、ヤダー! 何なのその『三.五倍』とか絶妙なお得感の醸し出し方とかさぁッ!? 『プラス百円で一.五倍』とかとりあえず頼んでみたくなっちゃう
「OH! マイコォ、ハヤクオシエテヨォ!!」
「OK、OK! ナント、ワターシタチガ
「ワッツ!!? イッツアメイズィンッ!? マジカヨォ!?」
ええッ!? さらにオマケに!? あの地獄の青空ブートキャンプ達成者である私だけのスペシャルで!? マイケル(白人)とジェイソン(黒人)が手ずから焼いてくれるってェ!?
え、いや良いんじゃないか? あの高密度筋トレとムキムキブラザーズのウザ絡みとで体感五万円(正確には二万七千八百円)支払った私にとって……つまり今とってもクタクタな私にとって、量はともかくとして自分で焼くのはダルい。
スペシャルで限定な私だけのコース……アリだと思います! いやまったく、大いにアリだよね!!
マイコォ(
「イッツァ、ショータイッ☆ ヘイ、ツトーム!
「フゥーーーッ!! ヤマト・スピリッツノミセドコロネーッ!!」
良いねぇ〜、この至れり尽くせり感! これぞ〝
今宵
明らかに異国人なのに〝
――――真昼の
鉄板の温度を確かめたマイコォが
コイツらホントは兄弟なんじゃねぇかと疑うほどのコンビネーションで、熱々の鉄板と網の上は野菜や肉、魚介達の
……焼かれている食材達からしたら煉獄なんだろうけど。まあそこはスタッフ
「エイ、ツトーム! ユードゥリンクッ!!」
「ヘイ、クモーンッ!! ボトムスアップ!!」
オイオイ勘弁してくださいよ……! 空きっ腹でイッキしろって? いくら飲み易いスーパーツライだからって、いきなり五百ミリをイッキはキツいでしょォ……!?
せめてその美味しそうなソーセージを一本……っ、ハイ、駄目ですかまだ美味しく焼けてないんですか申し訳ありません! お詫びに不肖この
「フゥーーーーッ!! ツトーム、ユーアーサムラーイ!!」
「ハラキーリ! セップーク!! カイシャークネーッ!!」
ぐぇっぷッ!? ひさびさの一気飲みキッツぅッ!! あーでも、湯上りの身体と屋外夜天BBQ、そしてキンキンのビールの組み合わせって悪魔的……ッ☆
ハハハ! よせやいマイコォ、誰がサムライだよ! そしてジェイソンはなんでそんな殺意高いの? 私何か悪いことしました??
数回息継ぎとゲップを繰り返してなんとか飲み干した缶を掲げると、やんややんやと更にテンションを上げていくマッソーズ。肉を焼きながらいつの間に開けたのか、二人もビールをグビグビ飲みながら暑苦しい笑顔を咲かせていた。
なんか……こうして誰かと一緒に盛り上がるのって、いつぶりだろう。元々こういうパリピなノリは好きじゃなかったから、大学のサークルでも会社の飲み会でもそんなに輪に入って行こうとはしてなかった気がする。
成人式だったかな? 仲間や旧友と肩を抱き合って、同じ気持ちで盛り上がって笑い合って……。パリピになりたいワケじゃないけど、この歳になって少し……ほんの少しだけ、もしかしたら私はもったいない生き方をしてきたのかもと、そんな寂しさにも似た思いが湧いた。
「ヘイツトーム! テイクアミーツ!」
「ヤケタネー! ドンドンタベテドンドンノムネーッ!!」
――――なんてな。ガラにもなくセンチメンタルな気分になったが、心は小市民な私としてはやはり、元を取らねばという使命感の方が何倍も強いのだ。
ベテランのトング捌きで肉を焼き上げたマイコォとジェイソンの二人が、焼きたての串肉を差し出してきたのに、私はすぐさま飛びついた。この、BBQスパイスを振られた肉の香り……ッ! 堪りませんッ!!
何かの番組で観たが、本当は筋トレなどの運動後は、三十分以内にタンパク質を摂取した方が良いらしい。良質な筋肉を付けたいのならという話だが……まあ誤差だろう。
それよりも散々身体をイジメ抜き、温泉で癒されビールも飲んでしまった私は、もう居ても立っても居られずにその
ぶ
あぁ……! 牛肉の甘くジューシーな肉汁が、カロリー枯渇な私の口に! 身体に!! 五臓六腑に染み渡るぅぅぅぅ~~~ッ!! 筋肉だけじゃなくて全身が喜んでりゅぅぅぅぅ~~~ッッ!! そして間髪入れずにプルタブを開けたスーパーツライをグビッと…………んほぉぉぉぉぉッ!! らめぇぇぇ、最ッ高ッ!!
「HAHAHAッ! ツトーム、モットタベテ、ノンデヨーッ!!」
「ヘイメーンッ! ソーセージモヤケタネーッ!!」
やだもぉー! そんなに急かさないでよマイコォ! 言われなくても五万円(きっとその価値はあるはず)の元を取るまでは私は止まんないからさァ!!
ジェイソンもありがとー!! それ絶対手作りだよねッ!? もぉずっと食べたかったんだから、この焦らし上手さんめッ……ってゴルァ!? 客より先に食べてんじゃねぇよジェイソン!? 寄越せこのスットコドッコイがァ!!
もうやめられない、止まれない。焼かれてパッツンパッツンに膨れ上がったソーセージを奪取して、熱々を承知で一気に食らい付く。
ブチンッと。肉汁を溢れさせながら弾けたソーセージの皮の音を響かせた私は、脳裏で同じように何かが
◇
――――チュン、チュンッ。
濃密な緑の匂いと朝露の湿気を孕んだ空気。隙間からの陽光に目を閉じながらも眩しさを感じ、ああ朝かと思い立ち起き上がる。それと同時に襲い来たのは、猛烈な頭痛と吐き気、そして倦怠感。
何がどうしてこうなったのかと、寝惚けて覚醒しきらないまま周囲を見回せば……そこは自宅ではない、どこか
痛む頭を押さえつつ現状を確認していくと、朧気ながらも昨日の出来事が思い出せた。
私はグランピングに来たにも拘わらず何故かそれが
それはもう飲めや歌えやの大騒ぎで、筋トレインストラクターのマイケルとジェイソンの二人だけでなく、日中に私の醜態を録画してくれやがったあの女性含めたグループまで合流しての、まさに大宴会になったんだった。
……酔った勢いで件の女性には動画を消したのかしつこく問い詰め、食い下がってしまった記憶も蘇る……が、まあ当然の主張をしたということで置いておこう。二日酔いのコンディションに障るし。
まさかこの歳になってテンションのままに酔い潰れるとはなぁ……。
自身を戒めつつ、枕元に置かれているペットボトルのミネラルウォーターをがぶ飲みする。
それから念のため身の回り品の確認をしたが、財布やスマホなどの貴重品などもちゃんとあり、中身も手を付けられた形跡は無かった。それ以外の荷物も健在。とりあえずは、
まあ、普通のグランピングではなかったけど。
ホントにキツくて、何度も投げ出したかったしその後も意味不明な展開で困惑しきりだったけど。
結果オーライ。終わり良ければ総て良し……と。
変わった体験になったが、これはこれで得難い機会だったのではないかと、そう思うことにした私は、チェックアウトに備えて荷造りを始めたのであった――――
「追加食材並びにアルコール代として、二万二千円をお支払いお願いします」
――――ホワッツ?? え、今なんて??
荷物をまとめた私は、テントやその周囲に私物やゴミが残っていないか確認した後、チェックアウトのため受付へと赴いた。そして告げられたのだ。
この私に。
金を払えと。
HAHAHA☆ 一体キミは何を言ってるんだい? アレは私への〝スペシャル〟で〝限定〟な
「お客さん? お客さんはお一人様ですよね? 既にお支払いいただいた二万七千八百円は当然の事ながら、食材等含めお一人分のみのご提供となります。当たり前ですよね? そこにさらに二人分の食材と、ビールを大量にご注文なされたのですから、追加料金が発生するのもまた当たり前ですよね?」
えっ、いや、それはマイコォとジェイソンが勝手に……ッ!
「マイケルとジェイソンですか? いや、彼らは昨日は定時の十七時で勤務を終えておりますよ? あと、フィットネスのキャンペーンは昨日が最終日で、彼らとの契約は昨日の退勤と同時に満了しています。彼らのその後の行動は当社の関知するところではありませんし、そもそもお客さんしっかりと召し上がってましたし、別グループのお客様まで呼んで随分と楽しまれていましたよね? あれ……本来ですとアウトですよ?」
な ん も 言 え ねぇ ッッ!!!!
嘘でしょォ!? つまり私は、マイコォとジェイソンにハメられたってことォ!!??
アイツらの連絡先! 教えてくれませんかッ!?
「ははっ、嫌ですよお客さん。このご時世にそうポンポンと個人情報をお教えできるワケないじゃないですか。もしどうしてもと仰るなら、弁護士なり通して法に則った開示請求をしてください」
ぐ う の 音 も 出 ね ぇ よ ッッ!!??
受付さんの仰る通り。料金の確認を怠った私と、奴らに煽てられて調子に乗った私が悪い。素行も悪かったから文句も言えぬ。
そうして私は……有言実行とばかりに、先に払った二万七千八百円にプラスして、実に五万円弱をキャンプ施設に落として帰ったのだった――――
言霊、あるいは有言実行 テケリ・リ @teke-ri-ri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます