第2話

***



はるおっすー」

「おはよう。席とってくれてありがとね」



 大学一年の秋学期初日、大講義室。全学年対象のガイダンス直前、部屋の前方から聞こえたその会話に涼香は反射的に顔を上げた。


 視線が彷徨う暇もなく目に飛び込んできたのは、同じ学部の二年生、大和田おおわだはる。その背中には彼の象徴とも言える紺色のヴァイオリンケースがピタリと収まっていた。



「今日も春はこれ終わったらオーケストラか」

「そうだね、年末までずっとこんな感じ」

「ひえ〜忙しいな〜」



 大きくはないのに、春の朗らかな声は涼香の耳に捩じ込まれてくる。

 ケースを大事そうに机の下に置く、その動作ひとつでもわかる品の良さ。華のあるオーラも相まって、いつもひとりの涼香とは対照的に、大和田春は全学生の憧れの的だった。


 そして多くの学生たちがそうであるように、涼香も春のことを一方的に認知していた。



 涼香は、入学式で最初に見たその瞬間から大和田春が苦手だ。自分にないものを彼は全て持っているから。


 そしてその感情は、憧れと嫉妬の狭間でふらふらと不安定に揺れ動いている。

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