第13話 家を借りる

 まあ、あのベルトーネさんが、カウンターの中で百面相をしている。

 時折、でへっとなり、なんというか色っぽい顔にいきなり変わり、うふふと笑い出す。


 まあ、どこからどう見てもおかしい。


 ―― 彼女は、昨日のことを思い出していた。


 ギルドの受付は、日の暮れと共に終了をする。

 町の門が閉まるため、どっちにしろ出入りができなくなるせいだ。


 食堂の方は、これからの方が忙しいが、受付には関係ない。

 手が足りないときに応援を頼まれるが、絶対に女性職員は遅くまで残ってはいけない決まりになっている。

 たまに馬鹿な冒険者がいるためだ。


 ベルトーネも幾度か襲われた経験があり、基本男が怖い。

 当然撃退をして、マスターを呼んだが。


 だが、ヨシュートさんは、何かが違う。

 そう、他の人だったら、絶対にお金を使い込んだりしない。

 もしとがめられたら、その時は体で返そう……

 そんなばかなことを、彼女は考えていた。


 だけど、キルドマスター権限でチーム?

 それは良くあることだけど、何もあの人と。


 男女混合でチームを組んでいると、色々とトラブルになる。

 無論襲われたと言う事も。

 そう言うときには、ギルドマスター権限でチームを解散させて、他のチームを紹介したりする。


 そう、女の子とヨシュートがチームを組み、一緒に仕事。

 笑顔で手を繋ぎ、二人が草原を走る姿が幻視される。

 そのまま縺れ合うように倒れ込み、そして…… だめよ、そんなの。


 なぜか判らない。

 奇妙な感情が、心の中を埋め尽くす。


 そこへいそいそと、マスターが降りてくる。

「いよ。お疲れ。お前も早く帰れ」

 などと言いながら、右手をシュパッと挙げる。


 変に上機嫌、それが気に食わない。

「ギルドマスター。話があります」

 すっくと立ち上がり、声をかける。

「なんだ」

 そう言いながら、ベルトーネの表情を見て、立ち止まるのをやめた。


 少し速度を上げながら、ギルドを出て行く。

 それに負けじと、ベルトーネも追いかける。


 競歩のような二人、あっという間に店へと着いてしまった。


「いいですかマスター、もっとベテランで人手の足りないチームがあるでしょう。別に男性でしかもソロの……」

 横でうだうだ言うベルトーネ、なんとかせねばそう思っていると、丁度良い人物を見つける。


 「おっヨシュート居たか。よかったお前からも説明をしてくれ。職権乱用だと言われて、困っているんだ」

「職権乱用? 何が?」

 ヨシューとさんが、じっと見てくる。


「なにがって、そのう……」

 彼を見た瞬間に、鼓動が跳ね上がる。

 だけど、その横にあの子が……

 何あの惚けた表情、それに距離感。

 姦通ヤリやがったなぁ。


「お前達でチームを組ませたのが、許せないらしくてな。羨ましいこった」

「羨ましい?」

「ああ。コイツもおまえぐわぁぁ」

 馬鹿なことを言い出すマスターに、すべての怒りを拳に乗せて放つ。


 そう、ベルトーネは身を守るため、体術や剣術をずっと習っている。

 冒険者からは見えないが、背中側。

 腰の所にベルトで、刃渡り四〇センチのナイフは、ずっと装備をしている。


 足から発生した力を、螺旋を描くように伝播させ、拳へと繋ぐ。

 インパクトの瞬間に、その力を相手の体内に置いてくる。


 それは相手の体を内側から破壊する、奥義ともいえる技。

 油断をしていたギルドマスターは筋肉が緩んでいた。

 耐えられるわけがない。

 彼の下半身は力を失い、ストンと膝は床に着いてしまった。


 きっとマスターは、焼け付くような痛みを感じているだろう。


 そして、彼らを見張らなければ、そんな感情が芽生える。


 一度くらいなら、そう、男の人だもの。

 自然形で、話題を……

 そうだ。

「わあ、それきっと、ヨシュートさんが獲ってきたアルーですよ。私もたのもう」


 上手く、できた。

 きっと自然だったはず。


 そして優しいヨシュートさんが、エールを冷やしてくれた。

 ヴァレリーさんはおバカな姿を…… そんな姿を見せてもいいほどなの?

 いつの間に? いえ、二人が出会ったのは、昨日の話だったはず、そうか彼はすべてを許してくれるから甘えて…… 羨ましい……


「いい、ベルトーネ。男の人は粗暴で雑だけど、危険な町の外で頑張ってくれているの。家の中でくらい、甘やかしてあげるの。いいわね」

 母親はそう言っていた。

 でもそれは、母さんの周りが悪かっただけじゃ。

 お父さんは怖い。

 商店を守るため必死なのは判るけれど、何かがあれば手が出る。


 私は流石に殴られないけれど、それは私を高く売るため。

 お店のために。


 酔い潰れたヴァレリーさんを小脇に抱えて、狼と一緒に帰り始める。マスターもいるけれど……

 なんでマスターの家?


 緊急連絡をするため、いつも来る家。


 私は、見張るため、足を踏み入れてしまった。

 だけど……


  そう、帰ってきて早々にお風呂に入ろうと、彼の手を引っ張り出すヴァレリー。

「親しくもないのに、そんな手を掴んではしたない」

 私はつい言ってしまう。

 だけどそれに対して、彼女の答えは私を愕然とさせる。


「親しいよ。一晩ずっとエッチしたし。すごく気持ちよかった」

 そう言って惚けた顔をするヴァレリー。


「エッチをした……」

 そう聞いて、つい彼を見る。

 どうしてそんなにすぐに、そんなにしたかったのなら、言ってくれれば良かったのに……


「なぜなんです? 私の気持ちは……」

 つい気持ちが言葉に……


「はっ? 私の気持ち?」

 聞き返えされてはっとなる。

 私ナニを……


「あっいえ、その…… 一方的に……」

 そう言って、俺の手を取る。

 繋がっていたヴァレリーの手は、じゃまだし当然のように払う。


 その瞬間に流れ込んでくる何か…… そのかわりというか、私の心から彼への気持ちがあふれ出る。

 

 彼に触れたい、抱かれたい。

 気持ちが止まらない。

 キスをするともうだめ。

 彼が欲しい、彼と愛し合いたい。


 欲望が、私そんな性格じゃないのに、この人を……

 欲しいの…… そう思い始めるともう、止まらなかった。


 彼と繋がるともう、その気持ち、そして知識として知っていた快楽は想像不足。

 その幸せさは……

 そう駄目そうな男にまで、くっ付いている駄目な女達。

 そうなってしまう気持ちが理解できる。

 愛したい、愛されたい。

 気持ちがあふれて止まらない。


 気持ちよくって、体も止まらない。

 彼女がしているのが羨ましいけれど、腰が抜けてだめ……


 私、駄目になっていく。

 もう彼しか見られない……



「さて、相談がある。マスターにもいい加減迷惑をかけるから、家を借りよう」

 マムの店で、その晩落ち合い話をした。

 私も一緒に住むらしい。


 うふふふっ……

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