第12話 噂
「おい、アイツだろ」
「ああ、大将が言っていた」
マムの店内だが。
大将が帰ってきてから、なんか話がひそひそと聞こえる。
「ほらよ、おまえが狩ったアルーだ。ギルドで仕入れてきた」
皿に乗せられたステーキ。
美味そうな匂いをさせている。
熟成をされず、淡泊な味だが美味い。
あと数日おけば、多分丁度になると思うのだが。
軽く塩味が効いているな。
ユキにも分けてやると、嬉しそうにぱくつく。
ヴァレリーも、昨日から何も食っていないから、ユキと同じようにぱくついている。
エールを飲みながら、少し冷やす。
そうすると、口に含んだ瞬間、泡になってしまう嫌な感じが無くなる。
ヴァレリーの分も冷やしてやる。
なに? という感じで首をひねっているが、飲んでみて理解した様だ。
「これって、少し味は薄くなるけど、飲みやすくて美味しい。どうやったの?」
「どうやったって、普通に冷却をしただけ」
「冷却? それって水魔法で、氷にする奴?」
「そうだ」
「上級魔法じゃない」
「そうなのか?」
こそこそと話をしているが、水を出せても温度は変えられないらしい。
ましてや、氷を錬成するでも無く、ただ冷やすなど見たことがないとか。
そうか、水分子の動きを抑えるとか、イメージができないのか。
空気を一瞬陰圧にすると温度が下がるが、すぐに元に戻る。
魔法としては冷却よりも、陰圧にする方が威力は高いな。
大抵の生物はそれで死ぬしな。
ジャガイモを焼いたのとかを、つまみにしながらうだうだと居座っていたら、ギルドマスターがやって来た。
なぜか、横で大変お怒りな様子の、ベルトーネさんを連れて。
「おっヨシュート居たか。よかった。お前からも説明をしてくれ。職権乱用だと言われて、困っているんだ」
「職権乱用? 何が?」
「なにがって、そのう……」
俺達が居たのを見て、なんでここに居るのーという感じで、呆然とした顔のベルトーネさんが、もごもごと言っている。
「お前達でチームを組ませたのが、許せないらしくてな。羨ましいこった」
「羨ましい?」
「ああ。コイツもおまえぐわぁぁ」
マスターに、ベルトーネさんのボディブローが炸裂をした。
あれは肝臓に拳が潜っている。
背がマスターより低いからな。下からの、アッパー気味になったのが効いたな。
一発で、膝をついたマスター。
呆然とするみんな。
そうマスターは、元とはいえプラチナ級だった。
まだ腹筋が割れているから、きっとトレーニングもしているしな。
一瞬店の客達もこっちを見たが、ベルトーネさんが振り向くと、神速で何もなかった様になった。
一人あわてすぎたのか、ステーキを飲もうとして…… 熱かったようだ。
そして、ベルトーネさんは、すっと俺達の席に座る。
「わあ、それきっと、ヨシュートさんが獲ってきたアルーですよ。私もたのもう」
そうまるで何もなく、ずっとここに居たかのように振る舞う。なんか棒読みだが。
マスターは、よほど効いたのか、立とうとしているが足に来て立てないようだ。
そうボデイは足に来る。
女将さんに、邪魔者扱いにされているし……
「ほらよ」
ステーキとエールが来た。
オレはそっとエールを冷やす。
「それでは、ヨシュートさん。アルー討伐おめでとうございます」
そう言って乾杯をする。強引に参加させられた感じだが。
「わあ美味しい。これ、冷やしたんですね」
こそこそと言ってくる。
「ああ、すっきりした感じで、少し飲みやすくなるだろ」
そう言うと、うんうんと頭を振る。
マスターはまだ力が入らず、自身の太ももにパンチを食らわしている。
いい加減すごいな。
治癒魔法を掛ける。
状態異常には効かないが、どうかな?
暗い室内で光るマスター。
首をひねったあと、立ち上がった。
立った、マスターが立ったとか、言いそうになってしまった。
こっちでは、言っても通じないだろうが。
「お疲れさん。復帰おめでとう」
「ああ現役時代には何度かあったが、久しぶりだ。オレが最後に膝をついたのは、ワイルドボアの突進を受けたときだな」
「ワイルドボアって?」
「ああそうか、お前…… ワイルドボアはでかい猪だ。体高で一メートル五十くらいだな」
「子牛クラスの猪か」
ちょっとビックリ。
「美味しいですよね、ワイルドボアも」
ベルトーネさんが、嬉しそうに教えてくれる。
なんだろう、満面の笑み。
結局みんながステーキを食い、エールを飲む。
気が付けば、ぱかぱか飲んでいたヴァレリーが潰れている。
ああ、あれだけ水分を失えば仕方ないか。
昨夜の惨劇を思い出す。
浄化魔法がなければ、きっとマスターに追い出されていただろう。
そして、なぜかマスターの家に付いてきたベルトーネさん。
ヴァレリーと並んで、床を水浸しにして白目をむいている。
どうしてこうなったとは思わなかったが、彼女の強引さに負けた。
おもしろがって、やっちゃえと言っていたヴァレリー。
興奮したのか混ざってきてもうね……
マスターに追いされる日が近いかもしれない。
マスターは、冒険者時代の特技でスコンと深い眠りに入り、その間は起きない。
無論殺気などにはすぐ反応するが、雑音くらいは気にしない。
そう、野営中に始める、そんな仲間達も多かったし。
だが様相の違う、ベルトーネさんは翌朝噂になる。
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