第6話 俺は不幸?

「宿泊は、銀貨の部屋と中銀貨の部屋、二種類?」

 持っているコインを見せる。

 首を振られる。

 中銀貨はないらしい。


「銀貨だ」

 宿に来たが、それだけで金がなくなる。

 銀貨を払う。

 

「その獣に粗相をさせないでおくれ」

 カウンターに隠れている、声だけの女将さんに忠告される。


 銀貨の部屋には鍵は無く、中からは閉められるようだ。

 持ち物は、自己責任。


「明日にでも、猪でも狩らないと餌が無くなるな」

 部屋は三畳ほどで、干し草が敷き詰められたベッドが一つ。


 だが、岩の上や土の上よりは良い。

 干し肉を囓り、魔法で水を出す。


「コップも、もう少し広いのを作らないと、ユキがのみ辛そうだ」

 やらなければいけない事が、意外と多い。

 この世界で、覇権を取れか……

 簡単に言ってくれる。

 どのくらいかかるのか、想像が付かない。


 ユキがベッドに入ってくると、ミシッとベッドが軋む。


「一緒に寝るのか」

 そう聞くと、つぶらな瞳がじっと見てくる。

 彼女を抱きしめながら、眠りについた。


 翌朝、トイレに行きたいユキに起こされる。


 ついでだ。早々に、宿を引き払いギルドへ。

「山の方で何か仕事は無いか?」

 ぶつぶつ言いながら、ボードを見る。

 朝なので、人が多かったが、なぜか譲ってくれた。

 意外とみんな、新人に優しいようだ。


 そうは言っても、この世界の常識が判らん。

 採取というのは、草とか何かの実なんだろうな。

 そう、絶倫草の採取とか、癒し草とか書かれても効果が分からないし実物も知らない。


 討伐も、モンスターなんだが、よく分からんし。

 山に出没する、デススパイダーの討伐。

 目撃位置、西の山。中腹辺り。

 ほとんど依頼票と言うよりメモ。

 そういやみんな字が書けないということは、読むのもできないということ。名前と採取とか討伐だけで、判断をしているのか?


「これで良いか」

 適当にちぎって、カウンターへ持っていく。


 またカウンターへ行くと、ベルトーネさんだった。

 ずっと居るのか。結構ブラックだな。

「おはようございます。これを」

「おっ、おひゃようございます」

 なんだか、人を見て、キョドっている。


「デススパイダーですか? 危険ですから気を付けてください」

 ちらっとだけこちらを見て、そう言ってくれる。

 なぜ目を合わせない?


「ああ。これってどんなモンスター?」

「えっ……」

 ごそごそと、冊子を綴ったものが出てくる。


「これです」

「ああ蜘蛛か。大きさは?」

 そう聞くと、彼女は目一杯手を広げる。

 上品だが、可憐な胸がゆれ、俺の目を釘付ける。


「判った。行ってくる」

 両手を広げたくらい。小さくは無さそうだから、見落としはしないだろう。


「デススパイダーは素材になりますから、前足の爪を取ってきてください」

 背後から声がかかる。


「判った」

 ぴらぴらと、手を振り俺は出て行く。


 それを見送る、ベルトーネ。

 彼女の心臓は、バクバクだった。


 ヨシュートさんに何も言われなかった。

 そう彼女、一千四百ピクニアの一部を使い込んでしまった。

 帰りに、いつもの様に寄ったアクセサリー屋。

 前から欲しくて目をつけていた物。


 見ると、見知らぬ誰かが手に持ち、それを見ていた。

 買われることは無かったが、その時彼女の心に危機感と欲望が…… あれが、買われてしまう。

 駄目よ。

 これは私の元にくる運命。


 そう、買ってしまった。


 胸元に光る、盾を模したペンダント。

 他にも、花を模したものとか色々あったが、彼女はそれが欲しかった。

 日の光で青から深緑だが、ろうそくの明かりでは赤味が強くなるふしぎな石が使われていた。

 この世界では価値があまりないが、アレキサンドライトが使われていた。


 まるで心を表すような、変化。

 それは彼女を魅了した。

 人の金を使い込むくらいに……


 ヨシュートさん。ごめんなさい。きっとお返しします。

 とは考えてはいたが、バレればこの世界、犯罪奴隷一直線。

 ドキドキもするのも納得。


 そんな事は知らず、俺は西の山へと入る。

 見た感じ普通の森。


 下草の伐採などされていない。周りの気配を探り、猪か、鹿を探す。


 手の中には石。

 予備に手頃な物を三つほど持っている。


 だが、全く気配もない。


 その理由は当然、デススパイダーのせい。

 彼らに、出会ってしまう。

「シャギャー」

 ブンと頭へ向けて石が投げられる。

 

 丁度目の集合する、額の真ん中辺りにこぶし大の穴が開く。


 だが、そいつは手始め。


 周りには、都合五匹ほどがコロニーを作っていた。


 獲物を囲うように、強靱な糸が張り巡らされている。

 続けざまに石が投げられる。


 意外と簡単に退治が出来た。

 だが一匹子供を持っていたようで、ザワザワと広がり始める。

 手の平クラスだが、無数の子蜘蛛。それは恐怖。

 思わず魔法で焼き払う。


 ところがだ、いや退治は出来た。

 その焼ける匂いが…… すごく旨そうな匂い。


 言われた爪はいだが、のこる腕をじっと見つめる。


 火を起こし、枝を突き刺して、毛の生えた腕をクルクルと焼いてみる。

 間から見える透明感のあった肉が、焼けると白くなっていく。

 殻との間から汁がこぼれ、薪の上に落ちると、さらに美味そうな匂いが漂う。これが毒だとしたら、自然界の脅威。誰も抗えないだろう。


 それは、人が見れば不気味な光景だろう。

 ベルトーネが広げた腕では、全く足りていなかった。

 大きい、一体三メートルほどもあるデススパイダーが転がる中。

 

 それらが倒れているところで、火が起こされ、男が一人、よだれを垂らして居るが、手に持つのは毛深い足。

 その足が焼けるのを、よだれをたらして待っている。


 確かに匂いは美味そうだが、普通は考えない。


 だがしかし、彼は普通では無い。

 この世界の常識など、全く知らないのだから。


 ユキと二人、奇妙な晩餐は続けられ、その晩、町に帰ることはなかった。

 そう、カニのような芳醇なうま味。

 一本では足りず、その行為は続いた。


 そのおかげで、ベルトーネは心配し、罪悪感と複雑な感情が芽生える。能力で撃ち抜かれ、急に湧いた愛情。

 まだ能力が弱くその程度だが、気になる存在。

 罪悪感、居なくなったことの不安。

 それらが絡み合い、彼女の心を侵食する。


 ギルドの受付は、見栄えだけでは無く、字がかけ、計算が出来ないといけない。

 ベルトーネの実家は、大きくは無いが、商店を営む。


 つまり、裕福では無いが、常識を持った親に育てられて、比較的真っ直ぐな子である。


 初めてともいえる、罪の意識や色々。

 それを切っ掛けに知った感情、彼を思う時間が長くなるのは仕方が無いだろう。

「ヨシュートさん……」

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