第18話 開花。禍火花。

「そっか····ぼくは、火を克復しないといけなかったのか······」

ぼくは『ぼく』に聞こえない声で呟きながら、ゆっくりと立ち上がった。

『へぇ、まだ立つんだね?』

「うん。もう分かったんだよ。ぼくが乗り越えるべきトラウマが」

ぼくの顔はもしかしたら少し笑っているのかもしれない。火傷しそうになる熱い刀も、今は溢れ出る力に感じる。

『なるほど。ここで王道ファンタジーなら、そのトラウマの答えを真偽を解いて正解か不正解かを判断して異能力獲得。なんて流れなんだろうが、ここはそんな甘いもんじゃない』

「えっ····」

『いくつか質問をするよ。十年前のあの惨劇の寸前、「ぼく」は何をしていた?』

「えっ····それは至って普通の生活を······」

『祐葉とは双子だよね。どうして祐葉は黒髪で「ぼく」は白髪はくはつなの?』

「生まれつきじゃあ····」

『どうして恵里菜は「ぼく」に懐いている?』

「えっと····それは······」

『最後の質問だよ。十年前のあの惨劇の最中さなか、それより前でもいい。何か1つ覚えている事を言ってほしいな』

「えっと····えぇーっと······」

頭を回転させて思考を巡らす。振り返る。あの時を。あの惨劇の中で過ごした時間を。それまでの平穏な日々を振り返る。


1つや2つなんて軽く····あれ······?


「どうして····どうして······」

ぼくは膝から崩れ落ちた。そして大きなしずく1つ、また1つとぼくの頬を伝っていく。

「どうして····どうしてどうしてどうして··········どうして何も······出てこないんだよぉ······!!?」

ぼくは頭を抱えた。思い出せない。覚えていない。十年前の出来事の詳細を。それまで平穏に過ごしていたであろう日常も。何一つとして思い出せない。

『それが、「ぼく」自身を守ってきた防衛機制だよ』

もう1人の『ぼく』は刀を置き、ゆっくりと話し始めた。

「防衛機制······?」

『人は強いストレスを受けた時、危機的状況に晒された時、皆それぞれ自分の身を守るために、無意識に脳や心が策を打つ。それが防衛機制だよ。人はそうやってストレスをやり過ごす。だけどそれは、ほんの少しばかりのまやかしに過ぎない』

先ほどのやや好戦的で挑発的な態度から一転、心なしか穏やかな様子でぼくに話しかける。

『「ぼく」は十年前の事件直後から、身に降りかかる強いストレスや危機を【耐える】ことで乗り越えようとした。だけどそれは表面張力ギリギリで保つ水のようなもの。ちょっとの衝撃ですぐに壊れる』

ぼくは『ぼく』の話をただただ聞くことしか出来なかった。さっきまでの付け焼き刃の勇気は、ぼく自身が思いっきり吐き出した声によって全て使い切ってしまったように、身体に力が入らない。

『「ぼく」がわずらったものは解離性健忘かいりせいけんぼう。自分にとって重要な何かが思い出せなくなる。その期間は人によって様々だけど、場合によっては数十年にも及ぶ。「ぼく」は十年前の事件で火にまつわる強いストレスを受けた。だから無意識に火を遠ざけた。そして痛ましすぎる過去に蓋をした。そしてそれはいつの間にか、二度と開けられない物になった。事件の前の出来事すらも、思い出せないほどに』

ぼくは呆然とした。言葉なんて、何も出てこなかった。

『ぼくはあくまで君の中のぼくだ。ぼくも真実は知らない。ぼくもあの惨劇の詳細をどうしても思い出せない。だけど、いつか分かる時が来るかもしれない。あの日、君を助けてくれた人ならば』

「!!!」


そうか、ぼくが生きているのは、かつて獣人を収める王、獣王を討伐した「7人の英雄」のお陰だ。

その人たちなら何か知っているかもしれない。当時のぼくを────


「もしかして····他の皆も······?」


ぼくは思った。旅をすると決めたあの日から、ぼくの前で十年前の出来事について詳細を語ったものはいない。すると、他の皆もぼくと同じように強いストレス受けて、それがトラウマとなって、記憶に何かしらの影響が······?


「だったら答えは1つだね」

『?』


ぼくは涙をぬぐい、今にも熱で溶けそうな刀を握りしめ立ちあがる。熱くて手のひらがただれそうだ。

でも今なら分かる。ぼくが今すべきこと──────


「君を倒して、ぼくここから出る!!!そして、真実を知りに行く!!」

ぼくは立ち上がり、『ぼく』に向かって剣を向けて構えた。

今からがぼくにとっての、『本当の冒険ぼうけん』だ───────


『威勢が良くて何よりだよ。けど、だからってどうするの?君が分かったのは自分のトラウマだけで、ぼくを倒す方法が分かった訳じゃない』

それは間違いない。『ぼく』の言う通りだ。だけど、この剣から感じる...圧倒的な熱量····痛み······それを全てこの一撃に込める······!!!!

僕は深く踏み込み、『ぼく』に斬りかかった。


「ヤァッ!!!!!!!」



ガキンッ!!!!!!!!!




「そんな······何で····」

『残念だったね。当てが外れちゃって』


ぼくが全てを込めて振るった一撃は、『ぼく』に刀であっさりと止められた。

どうして······手を持って伝わる熱から来る痛み、焼かれるかもしれない恐怖、灯火ともしびのようにいつか消えるかもしれないおそれを耐え抜いた筈なのに······なんで····なんで何も効いてない······?


『それっ!!!』

「クッッ!!」

ザザッッッッ!!!!


反撃で斬りかかってくる『ぼく』の斬撃を後ろへかわし、ぼくは一旦後ろへ下がり、体制を立て直す。

刀から来る熱や痛みは消えていない...むしろさっきよりも····強い······!!!

こんな熱さや痛み、耐え抜くには限界がある····!せっかく活路を見いだせたのに······!!

怖い。ぼくの手がどうなってしまうのか。

怖い。この場で朽ちてしまうかもしれない状況が····。

怖い。もう皆と二度と会えなくなってしまうかもしれない現実が······!

怖い··怖い····怖くて仕方がない。


でも、超えるんだ····捨てるんだ······恐怖を········!!

自分の刀が更に熱くなるのを感じる。



「ハァァァァァァァァ!!!!!!!」


ぼくは力の限りを、覚悟を、その全てを、一撃に込めた。




キィィィン··········!!


「······そんな····」


ぼくの渾身の一撃は、またもあっさりと止められた。


「どうして····」

『恐怖を覚悟で乗り越えられると思ったかい?ぼくらの恐怖は、そんなものじゃない。仮にまた新たな恐怖や危機が襲ってきても、君は耐え続けるつもりかい?自分に「頑張れ」と言い聞かせて乗り越えようとする気かい?』

「!?」

『そんな甘いもので乗り切れてたら、ぼくは君の前に現れちゃァいないよ!!』


ビュンッ!!!!


「うわっ!!!」


勢いよくなぎ払われたものの、ぼくは何とかして体制を保つ。

そしてもう一度距離を取って考える。


刀の熱は熱いままどころかむしろどんどん増している。ぼくが恐怖を感じる度に、向こうの『ぼく』と刀を重ねる度に。


「!?」


そうか····!!蓄積····蓄積されてるんだ!!

この刀はぼくの恐怖を感じる度に、誰かと刀を交じ合わせる度に、熱を帯びている··!!

だけど、放出方法が分からない····。

どうすれば····!? さっきみたいに虚勢を張って斬りかかっても、覚悟を持ってしても、全くダメージを与えられていない····。

恐怖を抑え込んでも、相手に········



「!?」


まさか······。



そうか···そういうことか····。やっと分かった······。

判定結果で出たぼくの好きじゃない色の意味、抑え込んできた恐怖、戦いを通じて伝わる熱。


今なら聞こえる。名を呼べる。恐怖と称して見て見ぬふりをしてきた火を含むこの名を。


ぼくは今、恐怖している。それは事実だ。きっとこれからもそうだろう。何かに怯えて、恐怖し、逃げ出したくなる時もあるかもしれない。

けどぼくは、この恐怖と共に、今を戦う─────────!!!




禍火花かひばな!!!」

『!?』


刀から伝わる熱とぼくの中から溢れ出る熱が混じり合い、溶け合うような音がした。


名を唱えた瞬間、ぼくの中から溢れる熱が刀へ込められていくのが分かる。


シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ······


切っ先からオレンジ色の渦が出現し、どんどん大きくなる。

もう分かる。ぼくの【異能】が。

ぼくの【異能】は、戦闘で刀と刀がぶつかった時に散る火花を吸収し、そしてそれがぼくの恐怖と溶け合い、ぼくが戦闘での恐怖を受け入れた瞬間に切っ先に渦を巻く花のように出現し、放つ能力。


これが、ぼくが乗り越えるべきトラウマ。ぼくにとっての恐怖は、別の何かで埋める訳でも、復讐や覚悟で塗り替えるものでもない。

ありのままの恐怖を受け入れて、等身大の自分で進む。

それがぼくの·········


「トラウマの、向き合い方だ!!!!!」


ゴォッ!!!!!!!!

『!?』


放たれた火花は勢いよく『ぼく』目掛けて飛んでゆき、


ジュワッッ!!!


もう1人の『ぼく』と刀を焼き切り、貫通した───────




『答えが出たんだね』


もう1人の『ぼく』は、焼けてくなった左肩から徐々に消滅しかけていた。

『ぼくはね。何だか嬉しいんだ。これまで十年、苦しくても見ないふりをして塞いできた「ぼく」が、もう、無理をしないで生きていけるんだって思えると······まったく、どこまで頑張り屋なんだか、「ぼく」は』

もう1人の『ぼく』は、顔も消滅しかけている。その顔は消滅の際のちりなのか····?それとも、泣いているのか?

ぼくはもう、目の前の『ぼく』がハッキリ見えなかった。ぼくの目にはすっかり、涙が溜まっていた。

心なしか『ぼく』の声は弱々しくかすれていた。

『十年間、本当によく頑張ったね。お疲れ様。君は1人で頑張らなくてもいいんだ。無理をする必要はないんだ。苦しまなくていいんだ。怖いのなら「怖い」と、辛いのなら「辛い」と、口にすればいい。君は、1人じゃないだろう?』

「うぅぅ····くっ··うぅ········」

『まったく、一体何年分の涙を吐き出す気だい?』

「うぅっ······ここに来る途中で····澁鬼くんのお母さんに思いっ切り泣かされたよ····。うぅ··もうその時十分流したさ」

『にしては、まだ足りないみたいだけどね?』

もう1人の『ぼく』はもう8割方消滅していた。

『それが「ぼく」の恐怖の向き合い方····か。悪くないね。鍔迫つばぜり合いからの遠距離戦は効きそうだ』

『ぼく』はそう軽く笑って言うけど、本当は君だって「ぼく」なんだから、同じぐらい辛かっただろうに。

ぼくは止まらない涙をどうにか押し殺して、『ぼく』に言葉を伝えた。

「ぼくの方こそ····ありがとう······ぼくと一緒に····頑張ってくれて······!!」

『!?』

もう見えなくなりつつある『ぼく』の 様子が、少し変化したような気がした。

『ズルいよ····最後にそんな言葉 言うなんて······もっと、話したくなっちゃうじゃないか······』


もう1人の『ぼく』は、完全に消滅した。




立伏たちぶせ 佐斗葉さとば

──異能開花──

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