第13話 春樹の部屋で 6月5日 水曜日

玲香は春樹を万年布団に寝かせると、どうしようかと考えた。

ハッキリ言って、一言 豚小屋だ。手のつけようがない、

大きなごみ袋(名古屋市指定)が部屋の隅で口を開けている。

使ったちり紙が、万年布団の足元に落ちている。

エロ雑誌、エロビデオ、脱ぎっ放しのシャツ、服、靴下、こたつ台にリモコン、

コーヒー缶、ハンドグリップ 耳かき、UFOと書いてある食べ終えたカップ麺、

割りばし、畳の上は素足で歩くと、ゴミが足裏に刺さる感じ、

キッチンは、ゴミの山、どうしようと頭を抱えた。春樹は高いびきだ。

この部屋を見たら酔いがいっぺんに吹っ飛んでしまった。


1DKの部屋だ。その気になればすぐに片付くと自分に言い聞かせると、

まずはゴミ袋を探して、要らんものはすべて分別しながらゴミ袋に入れた、

ビデオテープは守山区の小幡にあるゲオレンタルビデオ店から借りてきたようだ。返却日が明日に迫っていた。 要らんものとは、汚いシャツ、パンツ、服、

全部要らない、私が後で買ってやればいいだけだ。何も問題ない。

どんどん、ゴミ袋行きだ。そして、5袋のゴミ袋を縛ると外の玄関横に置いた。

通りに出れば、ファミリーマートがある。

そこへ行って、雑巾、マイペット、金タワシ、サンドイッチ、牛乳などを買うと、

畳をマイペットで雑巾がけした。

春樹が寝ている横で、ゴシゴシ、どうかと思ったが、起きる様子はない。

小さな冷蔵庫に入っていた牛乳、お茶も取り替えた。

二十三時に帰ってきて今、午前二時だ。掃除に3時間も掛かった事になる。

こたつ台の上に、牛乳は冷蔵庫に入っています。

食べてくださいと書いたメモをサンドイッチの横に置いた。

玄関から見ると、一応は見れる部屋になったと玲香は思った。

GOOでタクシーを呼ぶと、玲香は春樹の部屋の鍵をかけて、

本山のマンションに帰った。

玲香がマンションでシャワーを浴びて眠りについたのは、

もう、4時近くだった。さて、明日の事を考えた。

春樹のスケジュール表は明日は連休になっていた。問題は私だ。

明日、会社に電話して、頭が痛いと言って休むことにした。


そうなのだ、明日の事を考えれば、確かに頭が痛い。

今から寝て、朝、十時には起きて、

タクシーで、錦のジャンボパーキングに行って、

春樹の青いカローラを取りにいかなければならない。

そして、戻って来た時、春樹が起きていればいいが、起きていなければ、

先にイオンに行って、下着や服を買ってくるか、

あるいは春樹が起きるのを待って、二人で買い物に行くかだ。

なにしろ、春樹の着るものが何もない、全部捨ててしまった。

そんなことを考えながら玲香は眠りについた。


 翌朝、9時には目が覚めた。ママからメールが入っている。

【昨日はありがとう、あれから、春樹、どうでしたか、家まで入れましたか?】

玲香はママに電話した。寝ていたら、あとで、かけなおせばいいと思った。

呼び出し音、5回目でママは出た。

「朝早くごめんなさい、起きていましたか?」

「昨日はありがとうね、春樹 どうだった」

「大丈夫です、高いびきで寝ていました。タクシーに乗っている時も

意識はありましたし、問題ないと思います」

「一緒にいるの」ママが言う。

「私は朝方、家に戻って今まで寝ていました」

「あ、そう、一緒じゃなかったんだ」


「もう、なにしろ、春樹の部屋は豚小屋以下で、とても、座る所もなくて、

万年床に春樹を寝かすとすぐに高いびきで寝てしまいました。

私はそのまま帰る気にもなれなくて、掃除でもして帰ろうと思い、

汚い下着から服から全部ゴミ袋に入れて捨てました。

そして、キッチンの回りもきれいに片づけて、畳も拭いて、

あれから、3時間近く掃除をして、それから家に戻って今まで寝ていました」


「豚小屋だったの、そうね、男の一人者って、そうかもしれないわね。

大変だったね、もう、りっぱな世話焼き女房じゃないの、春樹も幸せだわ、

だけど、本人、わかっているのか、どうか、言い聞かせないとわからないかもよ」


「私が世話焼き女房なら、ママは世話焼きお母さんですね」

「ちょっと、私、そんな年じゃないから」二人で大笑いだ。

「じゃ、私、今からジャンボパーキングに車を取りに行きますので・・・」


「あ、春樹の車があったわね、私、今、実家にいるから会えないけど、

また、来てよね。なんだか、れいちゃんも身内のような気がするの、

あったばかりなのに、私と同じ匂いがするの」


「ママ、私も全く一緒、前世で、親子か兄弟か、縁者だったんだよ、きっと!」


「そうね!きっと、そうだわ、じゃ、そういう事で長い付き合いをしましようね。今日から、姉妹でいいかしら」


「はい、お姉さま。」本当に、なにか通じるものがあると玲香は感じたのだ。

猫が洞通りから本山まで歩いても5分もかからない所に玲香は住んでいた。

春樹の部屋の鍵を黙って持ってきている、

極力、春樹が寝ているうちにカローラを取って来たいと思ったのだ。

丁度、平和公園から下りてきたタクシーを捕まえると、錦に向かった。

ジャンボパーキングから車を出して桜通りから、環状線、そして、千代田橋を渡ると苗代まで二十分もかからない。会社のすぐ近くだ。会社の事をすっかり忘れていた玲香はスマホを取り出すと、車の中から、会社に電話をした。課長が出た。


「すみません、上野です。腹が痛くて・・生理痛みたいなんです。

お医者さんへ行ってきますが、今日は休ませてもらえますか」


「そう、無理しないでね、そうだね、病院行ってきた方がいいね、

もし、明日になっても辛いようだったら、

無理しないで電話してくれればいいからね、お大事に」


「はい、よろしくお願いします」 腹が痛いような声を出して話していると、

本当に腹が痛いような気がした。春樹のアパートに着くと。

トントンとドアをたたいて、様子を伺った。出てこないと思って、

ドアにカギをさそうとしたその時、中から足音が聞こえてきた。

ロックを外してドアが開いた。春樹は眠たそうに目をさすっている。

「今、起きたの?」

玲香は平然と部屋に入って行った。

春樹は、部屋の中がいつもと違うのに、気が付いた、

「あれ、ここ、上野さんの家?」

「何が上野さんの家よ。レイカでしょう、

昨日、玲香って呼ぶって言ってたでしょう。

結婚してくれるとも言ったじゃない、まさか、あれ、嘘じゃないよね」

玲香は春樹の顔をまじまじと見て迫った。


「えぇ」春樹は大きな声を張り上げた。

しばらく、沈黙が続く、 玲香は優しい声でなだめるように言った。

「覚えてないの!ママの前で俺たち結婚しますって言ったでしょ。

私のオッパイにしゃぶりついていたじゃない」



春樹はオッパイと聞いて、

【そういえば、なんだっけ、オッパイさわっていた記憶がある。

あ、そうか、上野さんとウナギを食べに行って、その後、あかねに行ったんだ。】

ブツブツ言いながら思い出そうとしている。

玲香は、あんまり正確に思い出されても都合が悪いと思い、話をずらした。

「ねぇ、春樹」

昨日までの【泉さん】が、【春樹】に呼び方が変わった。春樹、いい響きだ。

「春樹、おなかすいていない、このサンドイッチを買ってきたけど、食べる!

牛乳も新しいのを買ってきたのよ、冷蔵庫に入っていた物、

全部、賞味期間過ぎていたから捨てたからね」


 こたつの上に置いておいたサンドイッチの袋を破ると、春樹に手渡した。

そして、牛乳を取り出してコップに移した。ハイっと言って手渡す。

春樹はまだ、状況が呑み込めていないようだ。サンドイッチを食べながら、


「ここ、俺んちだよな、す~ごくきれい。どうなった、上野さん

掃除してくれたの」

「だから、上野じゃないって言ったでしょ。れいか レ イ カよ」

ちゃんと言ってみて、私の顔を見て玲香って呼び捨てにして、って迫った。

6帖の部屋で立ったままのやり取りだ。

外に聞こえていてもおかしくないと玲香は思った。

「早くっ」と言ってせがむ。

「れ い か 」 春樹は言葉をつづるように言ってみた。

「もう一度、ううんもう、十回 呼んでみて」


「えぇー、」 照れくさそうに、玲香、玲香って指折りしながら春樹は言った。

気が済んだのか、玲香が話し出した、

「昨日、ごめんね! ママがレモンサワーにウイスキーを混入させていたみたい。

あとから誤っていたけど、だから、タクシーで帰って来たの、覚えてる?

大変だったんだから、私一人で春樹を担いで、

その汚いせんべい布団に寝かせたんだからね、わかる?」

玲香はここで、しっかり、恩を売って、嘘も事実に塗り替えたいと思った。

「どう、頭痛くない、二日酔いしてる?大丈夫?」


「そういえば、確かに玲香さんと帰って来たような気がする」春樹がつぶやいた。

「じゃ、玲香さんは・・」話しかけてる春樹に玲香が怒鳴った

「だから、玲香さんじゃないでしょう、本当にわからないんだから・

もう一度、言い直して」

「じゃ、玲香は昨日、ここに泊ったんだ」

「そう、その汚いせんべい布団で一緒に寝ていたでしょう」

「そうなんだ」春樹はそう言われれば、そうなのかな、と思った。

「ねぇ、今から買い物に行って、うちに来ない」

玲香がニコニコして春樹にねだった。

「あ、そうだった。車、取りに行かないと、お金、高いだろうな、3千円位かな」

「七千二百円」 玲香がつぶやく。

「七千二百円って、なんでわかるの!」

「今朝、春樹が高いびきで寝ている間に取って来たわよ、ほら、見えるでしょう、ついでにガソリンも入れて来たわ」

「本当に・・・ありがとう、ガソリン代いくらだった」春樹が聞くと


「いいわよ、だって、結婚してくれるんでしょ、

私を抱いといて、今更、いやだなんて言わないでよ」

「本当に、本当に俺でいいの」

「仕方ないじゃない、夕べ、強姦されたんだから」

「してない、してない、してない」と言って春樹は首を何度も横に振り続けた。

玲香が今とばかりに言った。

「ねぇ、結婚式、いつがいい」 甘えた声で春樹にせがんだ、

春樹は展開の速さについていけないようだ。

「まだ、ちょっと早いから・・・」

「じゃ、いつ 今年の秋、冬、正月?いつ!」

「だって、お金を貯めないと・・・」

「あ、そういう事ね」玲香は肩の荷が下りたような気がした。

「お金の心配はしなくていいから・・・私、お金持ちだから」

「玲香はお金持ちかもしれないけど、俺はそんなに持っていないから、

結婚式代くらい、俺の甲斐でするから・・・」

「じゃ、いつ!」

「そのうち」

「そのうちっていつ」

ちょっと、待ってと思いながら、

「年明け早々」

それを聞いた玲香はしてやったりと思った。

うれしくて、嬉しくて、春樹に抱き着くとキスをした。

長~いキスだった。


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