第12話 スナック 茜で、 6月4日 火曜日

   お店のドアに close クローズの看板が掲げてあった。

そうだ、お店は休みだ。休みなのに、本当に入っていいのだろうか、

春樹は不安げにお店のドアを開けた。

ママはカウンターのテーブルを雑巾がけしていた。


「ママ、来ちゃったけど、本当にいいの」春樹が尋ねた。


「あら、いらっしゃい、ソファーに座って、ちょっと待ってて、

こんな時でないと掃除できないから・・・」すると、玲香が立ち上がって言った。

「私、手伝いましょうか」

「ありがとう、でも、すぐ終わるから、待っていて」

掃除を切り上げると、


「れいちゃん、此間、ありがとうね。

修平さん、けっこう、おちょこちょいだから、ほんと、助かったわ」


春樹には、何の話だか、全く分からない、と云うか、なんで、自分より、

玲香の方がママと親しいのか、訳が分からないと思った。

茜専属に玲香も加わっているとは、意外だったのだ。

「水割りでいい」

「はい、ライムでお願いします」

ママがボトルセットをテーブルに持ってくると、玲香は自分でコップに注いだ。

ロックで飲むようだ。

「春樹は何飲む?」

「ノンアルコールなら何でもいいけど」

「今日も車なの?」

「そう、だけどどっちみち飲まないし・・・」

「ここにライムあるからライムサワーにしようか」

「うん、酒が入ってなければなんでもいいよ」


「ねぇ、ママ ここに来る前に澤正に行ってきたんだ。一時間の幸せを買いに」


「澤正って…なにやさん、一時間の幸せが売っているの」


ママは何のことだかわからないらしい。すると、玲香がつかさず、言った。


「観光ホテルの横にあるウナギ屋さん。

泉さんが美味しいからって連れてってくださったの。

後味がいいから、一時間は幸せになれるって言ってたけど、

もう、私、後味、消えちゃった」と云って玲香は二杯目のロックを口にた。


「食べたのが十九時半頃、今、二十時半、もう、一時間経っているから、

でも、俺はほのかに残っているよ」


「ねぇ、ママ、聞いて、私、泉さんに一時間の幸せより

永遠の幸せがいいって言ったら、なんて言ったと思う」


「なんて言ったの」ママはくすくす笑って聞いている。


「じゃ、毎日、ウナギ食べに来ようか、だって」


「だから、冗談 冗談だって、言ったのに」 春樹は困ったような顔をした。


「ふふふふ、可笑しい、ねえ~、女性の気持ちなんて全くわからないのよ、

困った人ね。」ママも二杯目のロックを飲んでいる。

春樹がカラオケをしたいと言い出した。

するとママはカラオケのセットをしてリモコンとマイクを春樹に渡した。

奥に小さな舞台がある、そこへ行って、

Mrs. GREEN APPLE - 僕のことを歌いだした。

ママと玲香は総武線がどうの、浅草がこうのと言って盛り上がっている。

春樹は、そのあと、スピッツのチェリーを歌って戻ってくると

「あぁ、強姦魔が帰ってきた。春樹は危ないから気を付けた方がいいわよ」


だいぶん、ママも酔っているようだ。春樹を指さすと


「わたし、この人に強姦されたんだから、オッパイはもまれるし、

乳首は吸われるし、下半身まで手が伸びてくるし」


春樹はそれを聞いてびっくり、首を横に振り続けながら違う違うの連発。


「ママ、ひどいよ、全然話が違う、逆だよ 逆。

ママ、この話は誰にも言うなって云って自分で言っているじゃん。

違うんだから、上野さん、信じて!」


ママをにらむと玲香に救いを求めた。

すると、ママが立ち上がって、玲香にもつ煮を食べるかと聞いた。


玲香がいただきますと言うと、ママは、カウンターの奥に入って行った。

玲香は春樹にどういう事かと問いただした。


「本当はこの話は誰にも内緒って言ってたから黙っていたけど、

去年の十一月頃に錦を流していたら、ママが乗ってきて、勝川って言うから、

勝川まで行ったんだ、そしたら、そこの公園に寄せろって言うから寄せたら、

急に車から降りて助手席に移動してきたんだ。

ここで、支払するのかなと思って、ママに四千二百円ですって言ったら、

いきなり 急に 突然、俺の唇をめがけてキスしてきたんだ。

びっくりして、何するんですかって怒ったら、じっと俺の顔を見て、

ニコッとして[いや]って言うんだ。とっさにいやじゃないけど、って言ったら、[じゃ、いいじゃない]って言って、目を瞑(つぶ)ってキスのポーズをとったんだ、

だから、いいんだと思って、ありがとうございますって言ったら、

ママが大笑いして・・・」


玲香がゲラゲラ笑いだした。

「馬鹿じゃない、そんな時にありがとうって言う」

もう、笑いが止まらないようだ。玲香は笑いを抑えると、

「わかったわ、今の話、よく分からないから、現場検証しましょう」

春樹が戸惑う、どういう事?って顔をした。

「最初に、ママが・・・ 」と言ったとたん、玲香は春樹にキスをした。

玲香はまだ、くすくす笑っている。

くすくす笑いながら唇を春樹の唇に押し付けている、

時間が長く感じた。玲香は姿勢を戻すと

「キスをした後、ママはどうしたの」

春樹は降参したように、素直に玲香に従った。春樹の目がママを探す、


「そしたら、ママが俺の手を取って」

「どっちの手」

「左手だったかな」

 玲香は春樹の左手を掴むと

「どうしたの」

「ママが自分の胸に俺の手を押し付けた」

「 どっちの胸」

「えぇと、左手を右胸に押し付けた」

「こう!」と言って、玲香は自分の胸に春樹の手を押し付けた。

「それから・・・」 玲香が甘い声で言った。

「それから、ママが来ている服のボタンを外して

オッパイをもめって言いだした」


玲香はTシャツだったので、Tシャツをまくって上にあげると

ブラジャーも一緒に上にあげた。大きなオッパイが顔を出す。

「揉んで・・・左側も・・・」しばらくそうしていると、

春樹が顔をオッパイに持ってきた。


そんな時、ママが熱々のもつ煮を持ってきて、

「あら、ラブラブね、私も混ぜてもらおうかな」

って言うのだ。


春樹はびっくりして、

「待って待って待って、これ、ただ、あの時の現場検証していただけだから、

違うんだから・・・ママがいらん事を言うからこんなことになったんだよ」

春樹は青ざめた顔をして言った。

ママと玲香は目を合わせて、大笑いをした。

その後も、春樹は ライムサワーを飲んだ。


実はライムサワーには、ウイスキーが少し落としてあったのだ。

ママは、春樹を少し酔わせて、玲香との距離を近づけようとしていたのだ。

結構、春樹はまじめな男だ。

普通につき合っていても、なかなか煮え切らない、

ママは玲香に春樹が好きなら、もっと、強引にいった方がいいと言って、

この現場検証をたくらんだのだ。

とはいうものの、ママは、玲香の行動に感服した。

さすが、この子やるわ、ただものじゃないと思った。ママが玲香に言った


「どう、この子、いい子でしょう、れいちゃんにあげるわ」


「えぇ、もらってもいいんですか」


「特別だからね、大事にしてよ」


「良かったね、春樹、れいちゃんがもらってくれるって」


「ちょっと、待ってよ、あげるとか、もらうとか、俺、ママのものじゃないし、

それ、変だよ、おかしいよ、俺は俺だから」


「あら、玲香がもらってくれるって言ってるのに、あんた、いやなの」


ママの顔が迫ってくる

「いやじゃないけど・・・」 春樹は追い込まれたのか、口癖が出た。

ママは急に優しい言葉で、玲香に言った


「いやじゃないそうよ、もらってほしいって言ってるわ」

「大事にしてね」そう言って、春樹をつまみにして飲んでいると、

急に、春樹が気持ち悪いと言い出した。

春樹はトイレに走る。トイレから春樹の[ウエェ]って云う嘔(おう)吐(と)が聞こえる。

玲香は心配になって春樹を見に行った。

春樹はトイレの地べたに腰を下ろしてダウンしていた。


ママも様子を見に来ると

「ちょっと、飲ませすぎたかしら、そんなに飲ませていないんだけどね、

やっぱり、肝臓が弱いのかしら~。

修平さんが春樹は肝臓が弱いからって言っていたけれど

ちょっと、様子を見て、ダメだったら救急車を呼ぼうか」


十分ほど、経った頃、玲香の膝に頭を下ろして寝ていた春樹が、

[水下さい]と言って体を起こした。

「大丈夫、歩ける」玲香が言った。

ママがスポーツドリンクをコップに注いで持ってきた。

「ゆっくりでいいから、これ飲みなさい、少しは楽になるはずよ」


しばらく、そうしていると、春樹は帰ると言い出した。玲香が送って行くという。

玲香がママにお勘定を聞くと、ママは今日は休みだから商売じゃないと云う。

今度は玲香が修平さんのボトル開けちゃったから、それはだめだと言うのだ。

結局、玲香は3万円置いて外へ出た。


ママと玲香の肩を借りて、タクシーに乗り込んだ。

ママは玲香に[ありがとう]とお礼を言って、見送ってくれた。

玲香は運転手に言った。

「運転手さん、この人、たくさん嘔吐した後だから、大丈夫だと思うけど、

もし、万が一、車内を汚したら、この一万円で許してください。

料金は別に払います。一応、袋も持っているので、

私、しっかり抱えていますのでよろしくお願いします」

と言って、一万円を運転手に手渡した。


運転手は最初、困った顔をしていたが、

玲香の話を聞くと態度が急変して、守山区苗代に向かった。

春樹も酔っぱらってはいるものの、

今、タクシーの中にいる事は認識していたようだ。

酔っぱらいながらも、気を使っているのが玲香には感じ取れた。

アパートに着くと、先に春樹を降ろすので、少し待つように運転手に言った。


春樹の部屋は一階の一番手前だ。玲香の肩を借りて、

春樹の部屋に向かおうとするが、危なっかしい、

それを運転手が見ておれないと言って、肩を貸してくれた。

春樹のポケットを探ってカギを取り出すと、ドアを開けて、

春樹を中に押し込んだ。玲香は運転手にお礼を言うと、

「何処も汚していないと思うのですが どうですか」と尋ねる。

運転手も確認して、

「料金は3700円頂きます。この1万円から頂きますね」

と言って釣銭を用意している。

玲香は助けて下さったのでこの一万円を受け取って下さいと言って、

運転手にお礼を言うと、いそいで、中に入った。



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