第8話 近くてごめんね
近くてごめんね 五月半ば
五月もゴールデンウイークも過ぎ、街の中はとても静かだ。
毎年の事だが、お正月 ゴールデンウイーク
お盆はその前後も踏まえて暇になる。
特に特別連休が終わった後はお金を使い果たした後なので余計に暇になるのだ。
いつものように午後5時に出勤すると
たて続きに[近くてごめんね]の連発である
今もまた、【近くてごめんね】と言って乗ってきた
【本当に悪いんだけどさ・・】と言って少し間(ま)が開く
春樹はこんなお客ばかりで少し、いらだっていた。
「別に近いのはいいけど、何処へ着ければいいですか」
ちょっと投げやりな言い方である。自分でも、まずいと思った。
会社では決して、表面に出すなと言われている。
すると、お客さんは、八事まで頼むと言った。
「八事ですか、ちっとも近くじゃないですよ
遠いですよ、ありがとうございます」
春樹のテンションが上がる。
「いやね、実は私も昔、タクシー会社に勤めていて、お客さんに近くてごめん、
近くてごめんって、うんざりするほど言われてね、
あほらしくなってやめちゃったんだよ、
だから、運転手さんの気持ちがわかるんだよな~
それを、確かめたくて(近くてごめん)を連発してみたんだ、悪かったね」
「そうだったんですか、本当に私もその言葉を聞くといらってきます、
それで、さっきは投げやりになってしまって、どうもすみません」
「そんな事はいいんだよ、本当にね、
この【近くてごめん】が挨拶だと思っている人が多すぎるよね、
昔からちっとも変わらん、ごめんと云うなら乗るなって思うよね」
「本当です、お客さん、もっとひどいのが、
【近くてごめん】って言いながら抜け道を誘導してもっと近道をする、
そうかと思ったら、【近くてごめん】って言っておきながら、
ワンメーターの所で値段が上がる手前で止めろって言うお客、ふざけています。
だったら、最初からごめんなんて誤らなければいいのに」
「そうそう、私が辞めたのもね、さっきの運転手さんと同じで
【近くてごめん】【近くてごめん】の連発で、疲れちゃって、
【何処まで】って、舌打ちしたんだ。
それが苦情になって、会社で始末書まで欠かされてね。
安全手当七千円まで無くなちゃって、それで、やめたんだ」
「そうだったんですか、その気持ち痛いほどよくわかります。
お客は最初に運転手を気分悪くさせておいて、運転手の態度が悪いって云うけど、
自分たちが引き金を引いている事、気が付いてないんですよね。
仕事はどんな仕事でも、気分良くしたい、
みんな同じだと思うけど、運転手だって、悪い人はいない」
ただ、乗って来る早々、ごめんね、って言われても、
そんな挨拶、どこにもないですよね」
「そのとおり、普通に運転手が「どちらへ行かれますか」と尋ねた時に
目的地を言えばよいだけの事。近くても、ごめんねは要らん言葉だ。
それにタクシーに乗ってもリードするのはお客でなく、運転手にさせるべきで、
乗って来るなり、何処何処へ行け、ナビ入れろ、ではなく、
運転手が、[どちらに行かれますか] の問いかけに答えていくのが、
一番いいのだ、[どのように行きましょう][ナビ入れましょうか]
その問いかけに、しっかりと対応してくれれば運転手も
お客さんも気分よく居れる。レストランでもホテルでもボーイの応対に
応じているようにタクシーも同じだとおもうがな」
「まさにお客さんのおしゃる通りです。なんだか、す~ごく嬉しいです。
お客さんに出会えてよかった」春樹は、すごく実感がわいてきて嬉しかった。
そんな話で盛り上がっているうちに八事に着いた。
お客さんは頑張ってねと言って5千円を出し、端数のお金は置いて行かれた。
春樹はしばらく、降ろした場所から動かなかった。
じわ~と、よくわからないが、心があふれて来たのだ。
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