のたうつ蛇の殻

 頬の殴るも軽かった。

「命あっての物種なんだよ」

 お前の命がけなぞ知ったことか。幽冷亭そう軽く触れただけの拳ひいた。

「貧血の人間なんぞ殴ったところ目覚めわりぃ」

 葦ノ、帰ってくる幽冷亭へ思いっきり手の叩き合った。

 もはや隠し立てないパチッと乾いた快晴の音だった。

「ていうか、どうすんの?」

「片いっぽう生き残れば儲けもんだろ」

 少年の観念した安らかさだった。

 すると危惧のとおり邦可からあって、

「説明してもらおうか」

「つまり俺が……」

「私が精霊だから」

 葦ノ、思い切った声で遮った。

「せ、精霊?」

 説明の求めたくせ、この答えへ不可解そうだった。

 彼女だけでない、幽冷亭や女咲、兎卆すらわからない目つきだった。

「そう、私こそ精霊だから触れられたの」

「葦ノくん、貴君は噂こそあれ見たこともない、あの精霊の実物だと?」

「そうだけど?」

 まったくそんなことないながら、自信よそおってごまかした。

 このごまかしの周りまわって邦可よく観察してくる。

「まぁ、私とて見たこともないのでなんとも言えんが」

「だから、実験とか検証なら、私ですべきだよね?」

 おいと納得ない幽冷亭の止めようとした。

 葦ノこれを軽く突き飛ばして、疲労体かんたん尻もちだった。

「ほら、こうやって触れるんだし」

「ふむ、そうだな」

「じゃあ私の捕まえるってことで、解決だね」

 やっと生きている意味のあった。そう思って、こんど葦ノのほうやすらかであった。

「いやそうはいかない」

 邦可そう拒んでくる。

「私だけだと、なにか問題あるの?」

「私なら貴君らへ負けたのだ」

「まさか腹いせでいっさい処分とか?」

「むしろ逆で、事情のどうあれいっさい見逃そう」

「え?」

「敗者なら、勝者へすべて明け渡す。でなければ生命でやる意義のない」

「それじゃあ」

「なんならそこでいる怨霊の処分まで貴君らへ託そうじゃないか」

「そこまでいいの?」

「言ったろ、私は貴君、いや君らに思い入れができた」

「でも規則だって」

「そんな他人の規則なぞ二の次だ。私なら私の規則へ従う」

 こうした処置の聞いた幽冷亭なんとか立ちあがって、呆れた。

「よくこんなので管理職なんぞやってらぁ」

 女咲のあくびひとつ。

「つまんねぇ。せっかく命の賭けがいのあると思ったのに」

 と決着した。

 それでついてきたおまけの権限も、葦ノは存分つかった。

 鎖で巻かれた少女もと寄った。

 顔の腫れもひいて、不貞腐れた恨みだけ表情へあった。

「どうする気かしら?」

「ちゃんと助けてくれた。だから助けるよ」

「助けたって人の贅沢で生きる限り暴れるわよ!」

「だからもといたところへ帰すの」

 それから邦可へ、

「兎卆の処分、もとの地獄へ帰してあげるでお願い」

 快く受けてくれて、そう手配すると柔和だった。

 これへ兎卆、不遜でいまにも噛んできそうだった。

「あなた、私の助けたなんて勘違いよ!」

「だって、怨霊のハッタリ乗ってくれていたでしょ?」

「ハッタリ? あぁ、あれ嘘なの?」

「へぇ?」

 この葦ノの疑義へ、弧の描く笑み。

 不吉な夜の三日月の形であった。

「あれって嘘じゃないのよ」

「ほんとうにいるの?」

「よくよく考えれば、あなたたちで太刀打ちならないわね」

「なんのためでそんな怨霊が」

「もう処分も決まって喋ってやるいわれも尽きたわ」

 じゃあねと沈黙へこもってしまった。

 重たい器具で囲まれた部屋のなか気の抜けている。

 ただ葦ノだけ一抹ながら不気味なものの残ってしまった。

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