ぶら下がった月あかり

 葦ノはまずいことになったと思う。

 幽冷亭も同感らしかった。

 女咲なら、めんどくさそうに首まわりを撫でた。

 いまだ転がされたままの兎卆の黙ってみまもっている。

 邦可だけ、軽く跳ねながらやる気である。

「さあ、どう戦う?」

 鼻血の袖で拭って真剣な顔つきだった。

「だれの手出ししてこようと構わない。私は目前を殴り飛ばす」

 応えるよう幽冷亭のまえへ出た。

 上着の脱ぐ。

 半袖の白シャツになって身軽げである。

「俺だけでやってやる」

「ほう、女咲へたよらないのか?」

「あとんなって、いまみてぇな難癖つけんだろがぁ」

「難癖ではない。正当なる裁量だ」

「あんた、口もと笑ってんだよ」

 たしかに微かながらこの指摘は当たっている。

 当てられると、よりいっそう大っぴら、にんまり。

「おや、ばれてしまったか」

「ようやくわかった。あんた、ほんとう規則なんてどうでもいいんだろ?」

「なぜ、そう思う?」

「いまのあんたの目には覚えがある」

「ほう」

 幽冷亭、女咲を顎で示す。

「あれの斬りかかるときと似た色なんだよ」

 かまえる邦可ちょっと肩すくめた。

「こんな仕事だ。おおかた似たやつも集まる」

「命あっての物種だと思うがな」

「だからこそ命の感じなくばいられない、そしてそのさきで勝利の愉悦がある」

「ちゃんと生きているって、欲深いもんだな」

「しかし貴君だと、相手ならないな」

「役不足の承知のうえだよ」

「では、どうだろう。規則ひとつ」

「またそれか」

「簡単だ。自由にやって私へなにかし一撃くらわせれたら、ぜんぶちゃらだ」

 すこし幽冷亭のしかめっ面。

「本気で言ってんのか?」

「対等でもって勝利せねば、勝利ではない」

「癇に障った。わかった」

 葦ノここで止めに入る。

「ちょっと!」

 と、しかし手の肩へ置く手前ためらって止した。

 幽冷亭からひと睨みあった。

 息の詰まるよく決意の固まったものだった。

「あとちょっとだ。生きて帰るぞ」

 手の引っ込めて、葦ノらしく笑った。

「それ、あぶない台詞だけど」

「うんなもん通用すんのまっとうに生きている奴だけだ」

「そうだね」

 そうして幽冷亭、むかっていく。

 後ろから女咲のあった。

「そういうやさ。触れれるのばれたら不味いんだっけ?」

「あと、幽霊じゃ、一発くらわすなんて無理だしね」

「悔しい?」

「とっても」

「けど、笑ちゃうんだ。健気なことだねぇ」

 脱ぎ捨てたパーカーの拾おうとしてすり抜ける。

 空の握った手の、より悔しく握った。

 この握り拳わすれないまま葦ノ、生亡あやふやな彼の挑む背を見送った。

 小さいはずの、けれど大きく映る背であった。

「生きて帰ろう、そう、生きて帰るんだ」

 反復した言葉の身のうちで熱くなる。

 きっとこの熱の魂という奴だと決めこむ。

 いよいよ戦いの始まる方に眼差しの強くした。

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