張り子の馬の心

 暗いボクシングジムような一室なか。

 問答なかった。

 まず襲いかかったの、女咲であった。

 鉈の振るわれ、しかし邦可かんたん刃先を潜るよう避ける。

 避けつつ、弾丸めいた右ストレート。

 女咲なんとか首の傾けた。

 頬過って、掠り傷へとどめた。

 拳で、まるで刃物のような赤い切り口だった。

 ここへ幽冷亭くわわる。

 青年いくつも拳の飛ばすけれど、まったく空ぶっていく。

 さかさま邦可たった一発の左フックきりで捉えた。

 脇腹の押さえてよろめく。

 うずくまる。

「ちょっと持っててね」

 葦ノ、そう女咲から鉈の投げられる。

 おっかなびっくり受け取った。

 迫ってきた右ストレート対し、女咲のすばやく半身でかわした。

 それで突き出ている手と、胸ぐらのつかんで一本背負い。

「ほんじゃ、返して!」

 持ち主から言われて葦ノ、鉈の投げかえした。

 受け取ったらば、そのまま倒れた邦可に一刀降ろそう。

 だがあとすこし降ろしきれず、鉈の腹とこ左フックで叩かれる。

 こう弾かれてしまう。

 それで距離のとりあって、一戦おしまい。

 つぎへ向け、にらみ合いであった。

 どうにか幽冷亭も立ち直って、ここへ参加だった。

「まぁ、暇つぶしの幽霊どもや、私の部下ならそのチンピラ喧嘩法でいけるだろうな」

 邦可どこも緩みなく警戒し、佇んでいる。

 右から怒った鼻血は出ているも、もはや気がかりでない。

「しかし喧嘩だって理論だ。勝ち負けへ理由のあり、最適解もある」

 幽冷亭ひとつ切り替えるような息を吐いた。

「助言どうも。わりぃけど、そういう勉強って嫌なんだ」

「なにごとも生きていく学びである」

「だったら、進んで勉強しないでも生きてるだけでいいだろ」

「本気で言っているか?」

「まずなんでも生命ありきだろ」

「だからこそ生命を守らねばならん」

「わかっているんじゃねぇか、だったら女咲をみのがせよ」

「そうはいかない。生命を守る規律へ反し、罰も決まった」

「固い奴だな。多めに見ようって気はねぇのか」

「ないな。良質な規則おいて例外すくなし、そして規則こそ生命まもる防波堤だ」

「じゃあ、その規則の裁量へまちがいのあったら?」

 どう? と葦ノここで三者のあいだへ、飛び込んで明るい。

 幽冷亭のあきれた舌打ちだった。

 それから葦ノ、女咲へ近づく。

 で、鉈の柄を握った。

 まるでふたり手の繋いでいるようだった。

 女咲いきなりのことで、どうしようもなく瞬く。

 邦可とて目じりのわずか訝って動く。

 葦ノはこの繋がりを見せつけるよう邦可へ向きなおる。

「私と、女咲ちゃん、親友なので」

「はぁ?」

 自信いっぱい宣言され、女咲の戸惑って冷たい目。

 すると鉈の柄より、脇腹の小突かれる。

「ここ、私に任せてよ。親友」

「なんか胡散臭せぇね」

 まあ、いいけど。しぶしぶ罪人の黙った。

 それで幽霊あらためて、

「私、葦ノはこの女咲ちゃんの親友で、そこのちっさい高校生もそう」

 巻き込まれて、幽冷亭なら仕方なし肩落とす。

 聞いた邦可だと、

「だからなんだ」

 と冷徹きわめた。

 だがなお、にこやかに食らいつく。

「親友の斬りつける親友なんているかな?」

「人情とははかりかねるものだ」

「もっと明らかな事情のあったとたら?」

「もったいぶるな」

 こっから、大博打と葦ノ、笑顔のうらっかわでごくり喉鳴らす。

「つまり別に怨霊のあったの」

「怨霊だと?」

 ようやく邦可の食いついた。

 ほかふたり、きっととんでもないハッタリだと思っていた。

「そう、私やそこの幽冷亭も襲われて、女咲ちゃんから助けられた」

「待て、本当だとして、ならなぜ女咲は自白めいたことを?」

「私たちへの友情から来るやさしさだよ」

「やさしさだと?」

 こっそり柄で小突きかえされる。

 こうまでくると沽券へ関わるらしい。

 しかし葦ノ、無視だった。

「そうやさしさ、怨霊なんてことになったら、ただの霊の私が捕まると思ったんじゃない」

「たしかに怨霊たる嫌疑あれば即罰だが」

 邦可じっくり見つめてくる。

 このうたがい目の移って、女咲へ。

「そうなのか、とてもお前の人格として整合性のないような」

「そりゃ……」

 念押し、二発目の柄だった。

 女咲、抑揚ないも腹の決めたらしい。

「そうだね。こいつらとは友達、だから心配で、心配で」

 さて、突拍子ない嘘で固めた言い訳。

 邦可すこし視線の下げ、思考めぐらす所作。

 この所作こと葦ノ、祈って見つめた。

 と、ここで、

「おや、あなたたち、もうほかの怨霊へであったのかしらん?」

 とあった。

 鎖巻かれ転がされていた、あの膨れっ面の兎卆から、助け舟であった。

「怨霊、貴様ほかにも仲間が?」

「えぇ、それも私よか強力なのよ」

「なんだと?」

 とても狡猾な笑いで、迫真であった。

 葦ノ、ありがとうと思いあとひと押し。

「じゃあ、私たちのあったのはそれだったんだよ」

 女咲のこと性急だと思うよ、言い切った。

 沈みこんで考える邦可の、不意からフッと顔のあげた。

「わかった。支部長として、こんかい女咲を許そう」

 おもいっきり葦ノ、頭のさげた。

 それから輝いた笑顔をあげた。

「おいおい、本気でいいの?」

 許してもらったくせ、横柄な当人であった。

「まだ怨霊のいるなら、仕方のない。素行不良といえ、腕はある」

「人員不足いなめないねぇ」

「まぁ今更ながら、個人的に気のつよい奴は嫌いでない」

「規則のほうどうすんの?」

「前提まちがっていた。私の早とちりだ、すまない」

 しっかり九十度ついた謝辞だった。

 謝辞へ女咲のくせ、ちょっと驚いていた。

「それも規則ってこと?」

「礼儀だ」

 こうなると、葦ノの心苦しかった。

 また邦可の葦ノへも、なごやかになった。

「私の裁量の正してくれたこと感謝しよう。あと私は貴君らまっすぐの性格で気に入ったぞ」

 罪悪感であった。

 だがここで邦可の、ただしとまた睨みになった。

「わけあれど、ここへ無断侵入、また暴力沙汰、これの事実で別問題だ」

「あぁ、そうだよね」

 雲行きのあやしかった。

 怒りの目つきされ、葦ノの目はあさってのほうへ逃れた。

 それでも黒い拳のよく鳴ること。

 暗がりの表情へ、侮蔑の色のこもっている。

「葦ノ君ととそこの幽冷亭とやらこの罪、即刻罰す」

「えぇ、つまり?」

 葦ノおそるおそる訊いた。

「罰としてここで消えよ!」

「なんでそうなんだよ!」

 なんとかなってひと息ついたあとの、幽冷亭の嘆きだった。

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