立ち入った轍

 扉のさき、綺麗な事務室であった。

 あらゆるものが細かく順序違わず並んでいた。

 事務机が三つあって、真ん中だけすこし広い。

 葦ノは、ちょっと期待外れな気持ち。

「これじゃ、小さな事務所だね」

「秘密組織ってのも事実ってあっけねぇな」

 幽冷亭ずかずか入っていって、室内ぐるりみまわした。

 ある一点で、見まわしピタリ止まる。

 扉のまた一枚。

 どうもまた重そうだった。

 しかしやはり鍵束を使ってすなおにした。

 開けてふたりで入れば、広くすこし暗くなった部屋。

 破れへ当て布たくさんされたサンドバッグや、使い古したベンチプレスのある。

 ところどころ、野暮ったくダンベルの転がって鈍く光る。

「ボクシングジム?」

 葦ノの形容、的を射ている。

「あれ、あんたらどうしたの?」

 聞き覚えもあった。

 求めてもいた。

 急いで、その声へ向く。

 隅っこで女咲のあって、地べたに座っている。

 瞳のまんまるくして、無垢そうな少女らしい顔だった。

「ようやく見つけた」

「せっかくなので、どうしても私へとどめさしたくなった?」

「助けに」

「そりゃ、ご足労、寝言は帰っていいなよね」

「ほんとうだよ」

 女咲じっくり探るような葦ノこと観察。

 それから隣へ品定め移して、

「幽冷亭もか?」

 幽冷亭どこか気まずそう、頭掻く。

「恩人の手伝いだよぉ」

 それから鉈の彼女へ思いっきりほうり投げる。

 難なく元の所有者の受け取った。

 つまらなそう、錆びたものを眺めた。

「なんかあったと不審だったけど、あんたら、ド派手だね。でも帰んなよ」

「なんで」

「こっからなんか手でもあんの?」

「無計画だけど?」

 真剣な葦ノの即答。

 そうやられて女咲のはぁと疲れたよう。

「私の捕まればあんたの立場、安泰なんだよ」

「やっぱり私のため?」

「生きているんしょうよ」

「そっちだってそうでしょ」

「お互い生きたいのなら最善であるべきね」

「最善尽くして今なんだけど?」

「共倒れなんて、最善じゃない」

「私の生きているわけのひとつにもうあなたも入っている」

「詭弁だね」

「あなたの命張らなきゃ生きていけないように、私も亡い自分へしがみついて生きている」

「つまり、じぶんのため」

「あれ? あなたも同じだと思ったけど? そうじゃなかったら詭弁かも」

「ま、みんなそんなもんだろうね」

 女ふたり苦笑だった。

 見守っていた幽冷亭も脱力だった。

 だれも朗らかになった。

 重い腰のあがった。

 鉈の肩に担がれて、馴染んでいる。

「行き当たりばったり、つき合ってやろうじゃない」

「じゃあ、女咲ちゃんの意志も固まったから」

 と葦ノかんがえこんで、うぅん。

 で思いついたようになって、

「どうしようかな?」

「お前なぁ」

「ほんとう無計画じゃん」

 ほかふたりの苦言も、あまり答えない気軽さであった。

 すると相談のところ、部屋へなにかぶち込まれる。

 鎖の芋虫へもどされ、顔の青く膨れるまでタコ殴られた兎卆であった。

「談合中、悪いが失礼する」

 きっとこうまで酷くしてぶち込んできた犯人だろう、邦可のあとから入ってくる。

 肩の聳えて、一歩ごとの足音にも怒気の強さこもっている。

 乱れないなかで怒りの証のよう鼻血だらりとしていて、赤黒い。

「脱走したくば、まず私を踏みにじってみろ!」

 こりゃ共倒れかもねぇ、と葦ノほんのすこし後悔だった。

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