不滅の道のり

 三階くだって二階。

 うしろから投げつけられる微小な火矢をかわしていく。

 物へさわるでもなく、そう長持ちするんでもない。

 廊下の床でマッチのように惨めになって消沈するばかり。

 暗い通路の底から兎卆の笑う声だけ追いついてくる。

 声の消沈しずひたすら壮絶となっておっかなかった。

 虚無僧ら、もはや追撃していないらしい。

「やられてしまったなら、幽霊でもなっているはず」

 きっと生きてるよね、と葦ノ信じて逃げた。

 火でめっぽう追い立てられつ、地下なのだしと一階まで降りた。

 降りるなり、うえから影の落ちてくる。

 嫌な虫の落っこちてくる気味悪さが、背に走った。

 蛇のかまくびもたげるように落ちてきたもの、兎卆のおきあがった。

「ふしぎでしょうねぇ」

 手へ焔やどし、ひび割れたような笑顔もちあがってくる。

「なんで床の抜けてこれたのって」

「怨霊だから?」

「怨霊の対義ってわかるかしら?」

「なんだろう、仏さま」

「行きすぎね。精霊」

「惜しいや」

「怨霊と精霊なら地面や床ですら関係ないのよ」

「私もがんばればなれるって?」

「善性きわめたる精霊なんてもうほとんどいない。なるなら怨霊でしょうね」

「ざんねんだな、なりたくないや」

「選ぶことないわ。あなたはただの無となるのよ」

 炎を片手して襲ってくる。

 もうすこし葦ノへ熱の届くところ。

 だったが、横ざまから頬の殴られた。

 葦ノよろこんで、幽冷亭とおもった。

 しかし事実は丹衂邦可であった。

「かってな脱走ゆるすべくかな」

 その黒い革手袋した、砕かれまい拳の力強く握る。

 握ったのを、怨霊に示した。

「怨霊よ、脱走とは筋道の立たぬことをしたものだ」

 兎卆がなんとか立ち直って痛い頬のひと撫で。

 恨み節のほこさき邦可に向く。

「なにすんのよ!」

「貴君、規則はまもるものだ。私は亡霊葬、本拠統括……」

「贅沢で偉そうでしっかりしていて、虫唾ものだわ」

 話の打ち切られること馴れているか、とくべつ怒るでもなかった。

「たかだか貴様ひとりのため、ここの長である私が出張らねばいけない」

 むしろそちらの贅沢だ、と顔のまえへ腕の構える。二三かるく跳ねる。

 まさしくボクサーのそれだった。

「贅沢は敵」

 片や兎卆、もろ手に焔ともした。

 怨霊の灯したので明るくなって、向きあうふたり厳めしく固まっている。

 ほんのわずかなきっかけで、火ぶたのきれそうそんななか。

「ねぇ、邦可さんでしょ!」

 葦ノがげんきで弾けるように嬉しがって、ふたりへ割って入った。

「あの虚無僧ふたりだいじょうぶ?」

「あ? あぁ手に負えんだろうと、侵入者のほうへ……」

「そりゃよかった……あとちょっとお願いがあってさ」

「そういえば君、女咲の現場にいたな。怨霊でもないようだが」

「そう、その件でさ。話したいことが……」

「悪いがあれへついて、すべて決定した。話すべきこともない」

「処分しちゃうの?」

「我々の命あるものを守る。この大原則とは逆さまをやったのだ。命で支払うで妥当」

「そこをなんとか」

 どうやら道具らしい黒い手袋で、横になぎ払われる。

 尻もちのついた葦ノへ、凍てついた視線のふってくる。

「悪いが、亡くなったものの命乞いなぞ端からないのだ」

 一太刀両断、とりつく島もない。

 ここまで手ひどくされ、葦ノ、表情の無くし冷たくなった。

「わかった。もうかってにやる」

 言い捨てて、足早く玄関のほう向かう。

 すると背後ではじまったらしい。

 火の粉のちらほら飛んでくる。

 壁の殴打で抜いたらしい音のした。

 戦う物音に一瞥もなく、葦ノはこうなったらとさきを急いだ。

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