ふさがった闇

 入ってみれば、受付だったんだろうところだれもいない。

 いちおう全階層まわって、扉ばかりであった。

 なか覗くも、煤けたベッドのあるだけ。

 こう古びるとうす暗い牢獄みたいな様相である。

 ほんとう本拠地なの? やっぱり地下かな。と葦ノおもう。

 それであと最上階の奥の角、さいごの一部屋のぞこうとしてとっさ物陰へ。

 扉対し両脇でふたり人影の胡坐している。

 虚無僧らしい格好で、顔もみえない。

 木製の杖ようなの肩へたてかけていた。

 よく耳澄ませば、輪唱でぐぐぐ唸っている。

 居眠りかな。と音のさせないようつま先立ち近づいて、そっと杖へ触る。

 触れられる。

 ほんとうなりていないんだなぁ。

 盛大で心地よいを破らぬよう、こっそり。

 で、厳重なつもりなんだろう扉の抜けた。

 部屋そのもの他へそう大差ない。

 ちょっと夕焼け色のランプのついて、違う寂しさの被っているだけ。

 ただ天井の横木から蓑虫ようぶら下がっている異質があった。

 よくみれば鎖でがんじがらめぶら下げられていて、蓑のところで顔のあった。

 あの火玉あつかう怨霊の女であった。

 お互いびっくりして目の丸い。

「あなた……」

 怨霊いいたいこといってやろう大きい口。

 すぐさま葦ノふさいだ。

「いったん静かに。つかまっているようだし、助けてあげられるかも」

 すると落ち着いて小声であった。

「なんでひそひそいるのかしらん?」

「ちょっとした面会に。そちらは?」

「あなたたちへやられて、ここへ」

「え? 地獄かどっか送り返されるって聞いたけど」

「私の特別だから、実験だそうよ」

「あぁ、やたら物理に干渉できるから」

「で、この鎖、霊なら触れるね」

 葦ノそういって見まわしたり、触ったり。

「なにやってんの?」

「解こうと思って」

「なんで」

「約束したでしょ。助けれるかもって」

 女のむすっとした口調となった。

「やっぱり贅沢なこといっているのね」

「約束の守るって質素なもんだよ」

「結び守るべき約束のある自体、ぜいたくよ」

 もういない存在なんだから。女の落ちくぼんだ言い方だった。

 けれど葦ノなんら気にしず明るい。

「最初っからいなかったんじゃないからさ」

「けれど、こうなってなにが残るっていうのよ」

「いまあなたをたすけようって思う私が残っている」

「恨めしい贅沢者だわ」

 すると鎖の切れた。

 女の床につく。

 解いていけば、するする蛇ようおっこちた。

 ただ葦ノが解いたのでない。

 天井から垂れる鎖の、焼ききれたよううかがえる。

 そのとなりで火玉の揺らめいていた。

「なんだ、自力でいけるんじゃない」

「時間のくったけれど」

 ね、とさっそく女は朗らかな葦ノを襲う。

 あの廃工場と違い、首のかわしたもけっきょく胸ぐらから持ち上げられた。

 鋭く輝いた瞳で、嬉々と睨んでくる。

「私の改心すると思ったわけよね」

 そんなわけないでしょう、吐き捨てる。

「私はろくでもない親へ育てられて病で倒れ、亡くなったのよ」

 女の捲し立てる。

「ロクでもなくっても頑張っていい大学に入った。きっとしゃんとした大人になろうって」

 掴む力もしだい厳しくなる。

「でもあるときふっと途切れたみたいに倒れた」

 首の苦しくなる。

「病院は早くに匙の投げた」

 葦ノ、空ぶっても手足もがく。

 すこし掴まった力の緩められた。

「で、家族のこっそりなんていったと思う? これで医療費や学費の浮くですって」

「さいあくな倹約家だね」

「私なんて端っから誰にとってもいなかった重荷なの」

「なんか言葉かけるべき?」

「知っておきなさい。いまあなたを潰そうとしている私が残っている」

「いいじゃない。だったらとことん恨みなよ」

 癇にさわったという眉の僅かな跳ねだった。

「私、葦ノっていうんだ。あなたは?」

「冥土のみあげ? いいわね。私は天ヶ兎卆あまがとそつ

「互いはっきり覚えておこう。そうすればあなたは私だけ恨んで生きていける」

「なに言っているの? すぐ消して忘れるわよ」

 吹けば消えそな火玉のふたたび、兎卆の手へ。

 ここで葦ノ、やまびこの呼ぶような大声だった。

「私ぜったいあなただけには、消されない!」

 部屋の扉やぶられた。

 寝ていたの大声で起きて、ふたりがかり入ってくる。

 注意の逸れて、すかさず葦ノあばれて手の振り解く。

 解くなり隣部屋へ逃げた。

 虚無僧ら、兎卆へと杖でかかる。

 避けられ、避けた兎卆の葦ノおってくる。

 ひとつ安心。

 寝たの起こしたうえで、亡くなられちゃあ気分悪いや。

 そうして幽霊同士で追かけっこのはじまって、むなしい牢いくつも通り過ぎた。

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