後腐れの手

 葦ノよく街のあらゆる景色すっとばしきってたどりつく。

 空蝉のような廃工場で、天井ぱっくり割れていた。

 窓や、扉の大きく失ってなかなぞ空っぽであった。

 骨組みと薄いトタン壁だけ、錆びて折れた体で廃工場たる体裁の支えていた。

 抜け殻の背のぱっくりしたところから茜の光線ながしこまれて、ふたりの人へ斜め降っていた。

 ひとり幽冷亭であって、煤汚れながらも立っている。

 もうひとり知らない黒の蛇もよう纏わりつくゴシックドレス着た若い女だった。

 小さな団子結び七つも施した赤と黒ないまぜの頭髪だった。

 ひどく屈辱もようで膝つき手の付き幽冷亭ほう執着に見上げている。

 このすべて片付いたよな一幕すこし遠くから眺め葦ノほっとなる。

 勝っているじゃない。

 勝敗決したる会話むなしいだけ広いところ、よく響く。

「また手の腫れた。どうしてくれんだよ」

「妬まし奴め、生きていながら触れてくるなぞ贅沢だ」

「贅沢って、だいたいそいつのことちっとも知ろうとせん奴が使っているな」

「あぁ、知らんよお前なんてね! しかし私の持っていないなら贅沢品だ」

「持っているもんは、持っているだけ捨ててんだよ」

「捨てられるだけ贅沢だね。私はな! もはや命すら持たない」

「そりゃ人によるよ」

「墓へ眠れば、孤独でだれも届かない現実が襲い掛かってくる」

「そんななかで変わりなく夢見て生きようとするのだってある」

「世迷言!」

「けっこう。他人の傷へ目の向かないってのも贅沢で身勝手な話だ」

「恨めしいあんたの奪って捨ててやる」

「なんも憂さ晴れねぇぞ。生きようが亡くなろうが現実の延長していくんだ」

 葦ノ、なんで私の走ったのだか、改めてゆるやか歩いて勝者へ。

 そのときなにやら上方でうごめいた。

 ちょうど幽冷亭まうえ、高く天井あたりで十字組んだ鉄骨の梁のあった。

 このとなり小さな火玉のあって、この発熱から脆く綻んだ箇所の溶かされていた。

 やがて綻んでいた手こらえかね千切れる。

 あと三つの錆びた手たらどうしようなく離した。

「とどめ刺さないのぬかっているね!」

 女の残忍に明るい。

 あぶない、葦ノ、叫んでふたたび駆けた。

 幽冷亭さけばれて驚いている。

 十字架の影で気づいても遅い。

 葦ノこうなって思い出していた。

 信号待ちしていた、まだまだ身長差おおきい親子。

 青信号。

 親の携帯だけみつめていた。

 子たら親と信号で迷っていた。

 点滅。

 どうやら焦った。

 子の飛び出して、赤。

 突っ込んでくるの、車高のある太いタイヤの履いていた。

 まずいと葦ノの駆けこんでいった。

 あのとき間に合った。

 もういっぺんだけ間に合ってよ。

 しかし、いつまでも遠い感覚だった。

 なにひとつ近づかず、十字架だけそのまま落ちていく。

「ふざけないでよ!」

 思いっきり言い放て、噓なほど眼のまえまで間に合う。

 しゃにむに守りたい人の突き飛ばした。

 おかげさま、十字架の葦ノへ。

 どんがらがっしゃん、瞬くうちわからなくなった。

 すこしすれば土煙の舞ってどこへやら。

 あたり静かに澄んで相変わらず壊れかけていた景色の隙間へたくさんの夕焼けが通っていく。

 十字の横倒されて、それ中心で地面、蜘蛛の巣なヒビのあった。

 葦ノこのうえ何事もなく立っていた。

 それからどうやら突き飛ばしで頭の打って、目の回しているだけの幽冷亭へ安堵。

「私、亡くなててよかったぁ」

 安堵つかの間、ゴシックドレスの女もう目のまえ首根っこ掴まれる。

 か細さから想像だしない怪力で、息苦しく持ち上げられる。

 深く仄暗い俯いた影なか輝く黒い瞳で、恨んでくる。

「物へ干渉させれるまでなった私の熱どうしてくれるわけ」

「はぁ?」

「一日、三個もできないのよ。とっても神経つかうのよ」

「えぇっと、頑張ったんだね」

「ことばなんて嘘よ」

 女、あいている手へ、天井ひっそり燃えていた小さい火玉さそう。

「私、あなたの台詞ほんとだか知りたい」

 そう言えば火玉の手へちょこん乗っけて、

「この焔の糧へなって消滅なさい」

「ちょっとごめんだなぁ。もうちょっと生きたい」

「生きる? あなたのどこにあるのそんな贅沢」

「失くしたからまた探しているの」

「生き返りたいなんて、なお贅沢ね」

 苦しいなかにも笑いでて、あはあは。

「生き返るとかじゃなくってさ、生きたいんだよ」

「わけのわからない」

「いままで生きたくなくたって生きてた。けど亡くなった」

 葦ノ、掴まれた手首へ爪立て、振りほどこう足のじたばた。

「だから、こんど生きたいって思って生きなきゃ、生きていられないんだ」

 抵抗なんら効き目なく、恨み眼光むしろ冷め、

「進歩のない会話ね」

 火玉ちかづけくべようとする。

 ただそこへ横合いから、拳の飛んで恨み打ち砕かれ吹き飛ばされる。

「周りみろよ。だから人の傷も見えんというんだ」

 幽冷亭なんとか眩暈から治りたて、殴り飛ばして腰の抜けた。

 またこの一発で、否応なく怨霊伸びていた。

「つか、物の触れる霊なぞ聞いてねぇ」

 大丈夫と葦ノの隣で笑ってやると、不機嫌の返ってくる。

「なによりなんでいるのだ」

 不機嫌の頬へぱぁあんと平手打ちして、葦ノなお笑み。

「そっちこそなんで嫌なことやんの?」

「どうせやんなきゃならなくなってたよ」

 いてぇえ、赤くされたところさすり涙目。

「ありがとう」

 幽霊のほんとう穏やか言う。

 特にわけも訊かず少年すこし微笑むに、

「まぁ、俺のほうこそ」

 とまた幽霊ほうも訊かなかった。

 それから、

「あぁ、あと思い出した。私なまえ言ってないや」

 と言い名乗れば夕暮れの明るいなか、少女と少年の握手した。

 ブッスと途切れるよな嫌に重い音。

 少女ほう、背の熱くなった。

 熱いっさいへ伝播し、ない肉体の砕けていくようだった。

 手の重くなってどこもかしこも力なくした。

 ほどけて、その代わり葦ノ、幽冷亭へ寄りかかる。

「おい、葦ノ!」

 はじめて呼ばれて、なんとも悲痛含みだと葦ノにがわらい。

 意識ぐらり傾きそで揺り戻す。

 で、背中の斬りつけられた痛みに目の向けたらば、どうやら斬った張本人のあった。

 片手で錆び切った鉈の持った少女だった。

 黒いおかっぱ頭のてっぺんでくせ毛一本うずまく。

 瞳のつまらなそな形で、葦ノに向いていた。

 臍の見える青い半袖から伸びる華奢な腕、肩からぐるり回した。

 それからしなやかで整ったその太ももにも達さないジーンズのポケットへ回した指先つっこむ。

 こうして少女いかにも斜に構えて立って、しゅっとした顎の突き出した

「なんだ、あっけねぇの。こっちのぜんぜんつよくねぇじゃん」

 とやはりつまらなそう吐きすてる。

 葦ノ、辻斬られ朦朧、あぁ、また亡くなちゃうや。

 幽冷亭、枯れんばかり名の呼んでくれるも葦ノの虚しく目の瞑った。

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