壁へねがう

 幽冷亭どこぞや。

 老人の居所まで、知らぬで話してくれなかった。

 どうやら霊体の疲れないゆえ、どこまでも歩める。

 といえ町中ぐるりやって、鉢合わせない。

 ほか幽霊から伺ったところ、あっちいったこっちいったで振り回される。

 振り回されるままいけば噂の影だけ、追いつかない。

 影の追っている気分で、葦ノとっての幽霊である。

 朝からやって、もう昼の傾き始め。

 あげく街なかの車道のまんなかで、自身へ容赦なく車のすり抜けるのにぼぉうとなる。

 首振り扇風機のきたりこなかったりする感触へ似ている。

 などと感想。

 陽のあおげばヒビついた曇り空から、どうにか差し込もうと頑張っている。

 やがて別な太陽の昇る。

 曇りの手前で、赤く丸い輝き。

 これのしだい大きくなって迫っているのに勘づく。

 避けねば不味い、葦ノ、飛びのくこと本能であった。

 燃えた塊どうやら一直線で、かわされれば慣性の余韻のち曲がってくる。

 そこら人々の見えていなく、日常的である。

 成仏するよか、どうも面白そうじゃない。

 追われて笑み零しながら、じぐざぐ経路のやって撒くへ徹する。

 このさなか、火だまが営業らしい背広を跳ねた。

 跳ねたといえ、その人なんともなく歩もう。

 その一歩目で傍からすればぷつり途切れたよう脈絡なく倒れた。

 すれば火だまひとまわりほど肥え、速力まであがった。

 ぶっそうな焚き木ってわけ。

「うぅん、生者であのざま、幽霊でもくべられるとまずいなぁ。どうも成仏じゃない」

 なれど、二三人くべられただけ、追走より厳しく纏わり近くなる。

 もう観念せねばいけない段である。

 葦ノ、そこで妙な青年と肩のぶつかった。

 めいっぱい足の回していたから余波で、蹴られた石ころよう跳ね転ぶ。

 あれ、おかしいな。いま勘によれば幽霊でないはず。

 転びきって、膝つけばその男ほう振り向く。

 屈んでいるせいか黒いパーカーの羽織った背の大きく崩れない気風。

 くせ毛のやりたい放題な頭どこやかしギザついている。

 かみなりいっぱい落ちているみたいで、ださい。

 葦ノなんとなく呑気で思う。

 このダサい男の、どうやら火の玉へ真っ向から立ちふさがっている。

 ふさぐどころでなく、向かってきたのを強い踏みこみから一撃、殴る。

 殴ったまま突っ返され、焔のバケツ水へ落ちた線香花火よう、じゅう消えた。

「まったく幽霊だろうが、人だろうが、生きてんだぞ」

 ぐずぐず灰となって煙となって去ってしまう火玉だったなにかへ青年のいう。

 それから殴った拳のみつめて、

「あつい!」

 発してのたうちまわる。

「あついあつい! あつい!」

 こうじたばたなのに愉快覚え、葦ノおかしくなった。

「どうあついの?」

「悲鳴のあげるやかん、三秒さわっていたときくらいあつい!」

「へぇ」

「愉快そうしとる場合じゃねぇ。助けたのだから助けろ」

「あとで冷やせばいい。それよりあなた名は?」

「あぁ? 幽冷亭ゾろゾロ」

 やっぱり。

 のたうつ彼のその火傷ぎみな手のとって、笑いかける。

「ねぇ、ゾろゾロ、私の成仏させてよ!」

 もっぱら喧嘩っ早いとの不良の相貌、はぁの疑問で睫毛ながい瞳で睨んでくる。

 葦ノおいて幽霊とし初めて触れた人の温みであった。

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