つれさられる言葉

 といえ備えていたため、こんどなんとかかわした。

 背に腹の代えられない、なんてね。と葦ノ、冗談おもって闇の家々すりぬけていく。

 いくら鼻のきいたところ、むこう幽霊でない。

 建物や壁、まさか貫通できまい。

 こんな勘定の無駄だった。

 抜けた塀の、すっぱり豆腐よう切り抜かれた。

 あんな錆びた鉈で、どうやって。

 追ってくる切り裂き魔いわく、

「私とって棒切れだって刃物なんだよ」

 らしい。

 弱ったなぁ、うかつ民家なんて入ったらとてつもない迷惑になる。

 よって逃げる経路の道なりもどした。

 そうやっていれば相手方へ利であった。

 二段とばし、歩道橋のうえ真下ですくなく車くぐりぬけていく。

 女咲なら一足飛び、地上から欄干にのっかって先回り。

「おいおい、命のかかってんだろ。もっとはしゃげよ」

 してやったりで斬りこみに来る。やりかえす気持ちで、葦ノなら欄干から飛び降りる。

 一台の光とおりぬけ、あと闇。

 光と闇のくり返しも、葦ノの跳ね飛ばされず車道の渡った。

 欄干から忌々しいそう目つき追っかけてきていた。

 なんならばあちらとて、欄干から飛んでくる。

 車道おりるなり、向かってくる車体の縫いもようでかわす。

「人じゃないなぁ」

 この結論したところ思い当たる策の尽きた。

 しばらくして歩道へ逸れた。逃げるのもしまいだった。

 すぐうしろ錆びた鉈の暗闇でくすんでいる。

「こんど交番へでも駆けこむと思ったがねぇ」

「関係ないのに、迷惑でしょう」

「お前、善人だね」

「善人なら当の昔なくなっているよ。多くの人かなしませて」

「その良心だとどうやら怨霊へならなそうだな」

 つまらねえと火の消えた顔の、浮かんでくる。

 こんど、もう刃の向けてこない。

「もしかして私の怨霊へなるって思って……」

「私へ良心の期待するな」

「だったらば責任感のありそうだけど」

「むだな解釈のよせよ。あとまだ終わってない」

 それに厄介ならまだ残っていらぁ。そう言った彼女うしろで、人影。

 吊るしただけよな左腕おさえた幽冷亭の怒った姿だった。

「お前、階段、突き落としやがって」

「気の変わってな。弱い奴から狙おうってね」

「おかげさま腕のヒビついてらぁ」

「また気の変わった。こんどお前だ!」

 女咲のこころ再燃し振り向くなり、幽冷亭まで斬りかかる。

 拳の構えようとし、ズキっと痛みのきた顔つきなって転ぶ。

 葦ノおくれて助けへ駆けだす。

「あんときみたく突き飛ばそうたって、間に合わんね」

 襲撃者いうの正しく、鉈の振り下ろしへ一歩間に合わなそう。

 だったらと、腕伸ばす。

 錆びでも鋭い刃、少年に迫る。

 葦ノ、女咲の背から胸へ有無あいまいなる自身の腕とおした。

 通したさらにさき鉈の柄つかむ。

 掴み取って、横あいぶんなげた。

 想像なかったか、鉈の持ち主の手から、かんたん弾けた。

 幽霊そのまま全身で、女咲ぶつかるも通り抜ける。

 通り抜けたさきで、助けた人につまづき受け止められる。

 で呆れ半分、その少年。

「たしかに、斬られたんなら触れもすっかな」

「ゆうれいにはゆうれいなりで物理があるんだよ」

「また借りのできた」

「お互い様で、ちゃらでしょ」

 ふたりとも立ち上がって、凶器うしなった人へ向く。

「まだ続ける?」

 またつまらなくなっている。

「いいよ、ここまでしてなんねぇなら、とうてい命なんて取り合えない」

 おむかえもきたことだし、とつぶやく。

 そしたら車道で流れていた光なかで、一台、普通車のとまった。

 なかから、女のおりてくる。

 線の細く、すらり背の高い。

 後ろで結んだ白髪たらデンドロビウムみたく四方へ開く。

 目や眉の狂いなくメイクされ、派手過ぎなく華美すぎずの精緻で欠けのない。

 黒地のスーツの洗い立てで、赤いネクタイもしまりきってまとまっている。

 手で黒い革手袋、よく光沢のしていた。

 寸分たがわぬ見てくれであり、仕事人らしいはっきりした顔つきであった。

「夜零美咲、たったいま入った報告によれば、貴君……」

 風体、喋りだしからこれより、厳格なことばの並びそうだった。

 そこすっ飛ばすよう、女咲たら仕事人の乗ってきた車の後ろ席どっかり。

「能弁ながながすんな。はやく連れてけ、刑務所」

「刑務所でない、亡霊葬支部本拠……」

「書類まる暗記なんざ部下へやらせろ、四角四面」

「では、送ってからすっかり罪状とこんごの罰について話そう」

 四角四面あつかいな女こうまじめ崩さず車乗る。

「じゃあなぁ」

 置いてけぼりな幽霊と少年へ、女咲そう挨拶ドアうるさくバンで閉めた。

 そっと閉めようとしていた四角四面、顎から頭まで怒った色で噴火。

「もっと動物の撫でるよう静かにしめるんだ!」

「うるさくやっていると、また鼻血でるぞ」

「貴様、シートベルトのしろ。だいたいこの私みずから……」

「説教の走らせながらいえ」

「わかった! 会話から事故の可能性もある。やはりついてから言おう」

「めんどくせぇ。で……」

 ドアの閉まって、車内ふたり声のブツ切れた。

 窓越し、四角四面ほんとう鼻血だしたらしく、なにやらティッシュ詰めていた。

 詰めおわって、車の道路さき遠ざかっていった。

 赤く光る尾灯やがて曲がって消えた。

 なんだったんだ。葦ノと幽冷亭きっとそう思った。

 ふり返れば、主なくした鉈だけ。

 錆び切って光なく寂しそう転がっていた。


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