四 怪人の闘い
「黒マント? ……まさか、あの都市伝説の住人が実在したとでもいうのか?」
突然の
「ま、自らそう名乗ったことは一度もないがな。そういう貴様の方は、さしずめ〝街角の隠者〟とでもいったところか」
老易者の言葉を受けて、〝黒マント〟…らしき人物もそう答えて切り返す。
フードの作る闇でよく顔は見えないし、言葉遣いもなんとも上から目線で偉そうなものであるが、その声の調子からして、ずいぶんと若い人物のように感じる。
「この匂い……麻薬の香を用いるカテゴリー
「貴様、なぜそれを知っている? もしや、貴様も
わたしには何を言ってるのかさっぱりだったが、続く黒マントのその言葉に老易者はなぜか動揺している。
「いや、読んだというより直に叩き込まれた……で、その愚かなバカ師匠の残した罪の尻拭いのために、わざわざこうして方々を渡り歩いてるっていうわけだ」
「なに!?
さらにわたしを置いてけぼりに、二人の怪人物は小難しい言い争いを始める。
「そこだよ。魔術はこの世の理にとって反則級の力だ。昨今の流行りで言えば
通り魔……って、じゃあ、わたしがさっき恐ろしい考えに捉われたのは、この易者がなんか変な術をかけたからなの? そういえば、あの悪魔のカードを見つめていたら、だんだんおかしな気分になってきたような……いや、もしかして、これまでの通り魔事件も、わたしと同じように術をかけられて……。
小難しいながらもなんとか話を理解しようと耳を傾けていたわたしは、黒マントのその言葉で不意にすべてを理解する。
けど、なんでわざわざそんなことを……。
「フン。魔術師が魔術を使うことこそ自然の慣い。それになんの問題がある? いや、そればかりか悩める者達の心に秘めた願望を解き放ち、彼らを苦しみから救ってやっているのだ。むしろ占い師として真っ当な責務を果たしていると言えよう」
わたしのその疑問に答えるかのようにして、老易者は黒マントにそう反論をする。
「愉快犯がよく言う……ま、一時的にせよ、それで心の救われる者のいるのも確かだろう。が、その行き着く先に待っているのは世界の崩壊だ……故に俺は貴様らを止める。因果応報の理を守るためにな」
対して黒マントも哲学的な意見を返し、どうやら二人の意見は平行線のようである。
「
「無論。魔術には魔術の力で。それもまた因果応報だ」
話し合いで解決がつかないとわかり、二人の間にはなにやら不穏な、ピンと張り詰めた空気が漂い始める。
「おもしろい。
老易者はそういうと一枚のタロットを手に取って、それを黒マントへ見せつけるように掲げた。
そのカードにはライオンを手懐ける、若い女性のような絵が描かれている。
「タロットよ! 〝
そして、そのカードを裏返すと絵を自らの方へ向け、まじまじとそれを見つめながら何かを呪文のようにして唱える。
「自己暗示による筋肉のリミッター解除。いわゆる火事場の馬鹿力……カテゴリー〝
対して黒マントは指を交差させる特異な合掌をすると、こちらは文字通りの呪文をその口にする……瞬間、彼の雰囲気がなんだか変わったように感じた。
例えるならば、格闘家とかアスリートとかの持つ、独特な威圧感に似たようなものだろうか?
「カテゴリー〝
「フン。神仏の憑依といっても基本原理は〝
またもよくわからないことを言って挑発する黒マントに、負けじと小難しいことを
「せあああぁっ…!」
「そう。確かに深化の差だ……」
だが、黒マントは淡々と呟きながら、強烈な一撃をいとも簡単に受け止めてしまう。
「な…ぬっ……うごはぁあああぁっ!」
いや、それだけではない。間髪入れずに一本背負いの要領で、思いっきり老易者を地面に叩きつけたのである。
「……そ、そんな……バカ……な……」
「確かに〝
口から血の泡を吐き、身体をピクピクと痙攣させて横たわる老易者に、冷たく冷徹な声で黒マントは語る。
「それに俺は幼い頃より格闘術を仕込まれ、また実戦にも慣れている……加えて俺の場合、そうした因果は通常よりも明確に作用する……俺の獲得した世界観は〝因果応報〟。俺もエリハ同様、最上位のカテゴリー〝
「か、カテゴリー〝
カテゴリー〝
「………………」
「……ん? ああ。この町で起きてる連続通り魔事件に魔術師の介在を感じてな。それで調べていたところ、今夜、ようやく犯人を見つけられたというわけだ。あんたも危ないところだったな」
あまりの急展開に立ち尽くしたままでいたわたしに気づき、こちらを振り向いた黒マントがなんか平然と事情を説明し出す。
「辛うじて生きてはいるが、こいつはもう再起不能だ。これ以上、犯行は続けられまい……ま、信じてくれるかどうかは微妙だが、警察が来たら黒マントがやったと正直に言えばいい。そのウワサが広がれば、同類どもの抑止力にもなるだろうしな」
都市伝説に囁かれる怪人が、今、わたしの目の前でぺらぺらと普通に話をしている……ここまでのことももちろんだが、あまりにも非常識すぎて現実味のカケラもない。
「とはいえ、警察のご厄介になるわけにもいかんし、あまり人に見られたくもないのでな。これにて失礼する。では、そういうことで……」
そして、やはり固まったままでいるわたしをその場に残し、まるでパルクールかボルダリングでもするかの如く、建物の出っ張りを使ってスルスルよじ登ると、路地裏の頭上に覗く闇の中へあっという間に消え去ってしまう。
「…………え? ええ!?」
後にはポカン顔のわたしと、泡を吹いて路上に倒れ伏す老易者だけが残されている……平々凡々な小市民のわたしがなぜ、こんなわけのわからない状況下に置かれているんだろうか?
突然、巻き込まれ、そして、また唐突に嵐の如く過ぎ去っていった非現実的な出来事に、わたしは夢でも見ているかのような心持ちで目をパチクリすることしかできなかった。
(噂の黒マント 〜街角の隠者〜 了)
噂の黒マント 〜街角の隠者〜 平中なごん @HiranakaNagon
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