36 ありがとう、オータキさん
とりあえずニュートの実家である「ねこのていしょくやさん」に向かう。なお、この名前はわたしが勝手につけたもので正式名称ではない。
アタミさんとギンザンさんはいなくなっていた。そりゃそうだ、これだけヒューム以外の民を圧迫したのだからアタミさんとギンザンさんも逃げ出すだろう。ニュートが鍵を開ける。
食堂の片隅に置かれている、ブラウン管テレビみたいな魔鏡をつける。
「というわけで帝都が急に方針転換をして、すべての民が暮らせるようになったらしいんですけど」という調子でワイドショーみたいなやつを流していた。
「皇帝は何者かに操られていたみたいですね」
ワイドショーをしばらく観て、突然の方針変換に異世界の人たちも戸惑っている様子が流れた。帝都の市民だけでなく、郊外の村々に避難していたいろんな種族の人たちも、だいぶ驚いていた。
「本当に帰って大丈夫なんですかねえ……帝都では冒険者相手の定食屋をやってたんですよ。家族もいるので早く戻りたいですけど」
「本当になあ……なにか根拠を示してもらわないと、怖くて帰れないねえ」
と、ケットシーの中年夫婦が受けごたえしている。――アタミさんとギンザンさんだ!
ニュートが涙目になっている。イオンは理由が分からずきょとんとしているので、アタミさんとギンザンさんとニュートの関係を説明した。
この世界では捨て子を拾うことが当たり前で、自分たちとは違う種族の子供を拾うこともままあることだ、とそこまでイオンに説明すると、
「じゃあたぬき湯はそういう人たちにはオアシスだったんだね」
と納得された。さすが慶応出、頭がいい。
そう思って、いままでアホだと思っていたイオンが慶応出だと聞いたとたん賢く見える、浅ましい自分が恥ずかしくなった。
「ところでオータキ、たぬき湯はどうするんだ?」
「そりゃ帝都で営業できるならそうしたいけど……さすがにスクロールをほいほい使って移動させるわけにもいかないでしょ」
「スクロールってこれ?」
イオンが無造作に巻物を取り出した。すべて本物のスクロールだ。それも軍隊を移動させるのに使うやつ。
「なんでこんなの持ってるんですか」
「皇宮の物置を片付けてるときに、片付けてるメイドさんからもらった」
そんなにホイホイ人にあげていいものなのだろうか。とにかくこれは渡りに船だ。
「ちょっと待て、イカホとゲロはどうなったんだ?」
そっちが先だ。しかしどこにいるのか、わたしには皆目見当がつかない。
「たぶん冒険者病院あたりにいるんじゃないかと思うんだが……どうだろう」
というわけで冒険者病院とやらへ向かう。なんのことはない冒険者ギルドに併設された、でっかい保健室みたいな部屋だ。
そこの、妙にセクシーなリザードマン――リザードウーマンと言うべきか――の看護師さんに、イカホとゲロがいることを聞き、ベッドに案内してもらう。
ゲロは大いびきを立てて寝ていて、イカホはそれがうるさくて眠れない顔をしていた。
「イカホ! ゲロ!」
ニュートが駆け寄ると、イカホは嬉しそうな顔をした。
「魔力を使い果たしたせいで、ちょっと立つことができないんですけど、とりあえず命に別条はないそうです。ゲロは魔力でなく体力で幻術殺しを発動したので、肉体疲労で寝ているだけです」
イカホはそう説明してくれた。
「よかった」
ニュートは心底安心した顔をした。
「あなたは……イオンさまですか?」
「うん。もういろんな種族を差別するのはやめにした。もう現実のことなんて関係ないからね」
「現実、というのは『彼方』のことですか?」
「そうだよ。子供のころ、好きな本で読んだエルフの絵を描いたら、親に『そんな人間はいない』って言われてね。それを思い出して悲しくなるからいろんな種族を追い出そうとしたんだ」
「悲しい思い出、というやつですか……自分の好きなものを否定されるのはつらいことです」
イカホは丁寧にそう受けごたえした。イオンは吹っ切れたような笑顔をしている。
「フガッ」
ゲロが目を覚ました。
「なんぞな?! イオンぞなか?! 倒さねば、しかしなんの技も出ないぞな! 無念!」
「だいじょぶだ、ゲロ。心根を入れ替えたらしいぞ」
「そうぞなか。わしらが冒険者病院にいるということは、異種族――いろんな民族がまた暮らせる帝都になったということぞなか?」
「そういうことだ。オータキに感謝だな」
「ありがとう、オータキさん」
「感謝するぞ、オータキ」
なんだかこそばゆい。それから気になっていたことを訊く。
「足の骨を外してくれたアンデッドたちはどうなったの?」
「アンデッドはバラバラにされても一定時間で元に戻る。それがアンデッド、つまり不死者の特徴だ。たださすがに頭蓋骨を粉砕されると消滅してしまうが」
ニュートが教えてくれた通り、窓の外を見るとアンデッドたちが歩いていた。もう帝都の正門は開いているらしく、アンデッドにかぎらずたくさんの人たちが戻ってきている。
ベッドの枕元の魔鏡を操作すると、まだワイドショーをやっていた。帝都に戻ってきた人々にインタビューしている。
「幸い近くの野原で野宿していたのですぐ戻れました。けっこうそういう人は多いみたいですよ」
「帝都からたぬき湯がなくなってるって噂ですけど、それでも帝都なら仕事があるので」
「おとーたんもおかーたんもにこにこしてる、うれちい」
ハーピィとケットシーの家族だ。よくたぬき湯に来てたっけ。
「私たちより、早く営業許可をもらってたぬき湯を復活させなきゃだめです」
「そうだぞ。わしらはここでのんびり養生するぞな」
「そうだね! 誰から許可をもらえばいいの? 皇帝陛下?」
「ふつうに帝都衛生局でいいんじゃないか? 帝都衛生局の許可がもらえれば、皇帝陛下からの認可が下りたことになるはずだ」
というわけで、いったん冒険者病院を出て帝都衛生局とやらに向かう。帝都の役場の中にあるというそうなので、頑張って一人で行ってみたら、役場はとても分かりやすいところにあって、あっさりとたどり着いた。
係の、あきらかに退屈した顔のヒュームの中年男性に、たぬき湯を再開したいと相談すると、ろくに考えずに書類にハンコをバンと押してくれた。
「このハンコを魔鏡で読み取れば、公式に証明が出てるって分かるから。それじゃ次の方どうぞ……っていないんだよなあ。早くヒューム以外のひとたち帰ってこねえかな」
まだヒューム以外の人たちの浴場は再開していないらしい。これからきっとめちゃめちゃに忙しくなるんじゃないだろうか。
冒険者病院に顔を出して営業許可の報告をしようとしたら、サトゥルニア卿がお見舞いに来ていた。にこやかな顔をしていて、なんというか安心した。
「たぬき湯の営業許可を取ってきたそうだな」
「はい!」
「じゃあ、さっそくスクロールを使って、たぬき湯をこっちに持ってくるといい」
「わかりました!」
というわけで、イオンのスクロールを使ってアンデッドの村に飛ぶ。
たくさんのアンデッドが、心配そうな顔をしてわたしを見ていた。
「帝都の差別が終わったと聞いたけど、本当に大丈夫なのかい?」
アンデッドにそう尋ねられた。
「もう大丈夫です。みんな普通に暮らしてますよ」
そう言って笑顔を見せると、アンデッドたちは顔を見合わせて、
「じゃあ……夜の警備員の仕事とかも復活してたりするのかな」
「ここよりは当然あっちのほうが暮らすのに便利よね」
などと話している。
「あの、ささやかながらお礼をさせてもらいました」
と、ハーピィの子供をかかえたアンデッドが言う。なんだろう。たぬき湯の建物に入ってみると、便利なたぬき野郎が元気いっぱいで復活していた。破れ目を直してもらったらしい。
「お帰りユカ。帝都に戻るヌキか?」と、ポン太はぴょんぴょんした。
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