34 ここは異世界なのだから

「どうすればその空間に入れる?」


「さあ……闇のスキルは使える人間がごく限られますから、対処法ははっきりとは分かりません。他国では闇のスキルを使うものを処刑することもあるとか。それぐらい希少で忌み嫌われるスキルです」

 もう手遅れ、ということか。


 そんなことを考えていると、兵士が、

「まだ手遅れではありませんよ。まだまだ打つ手はあります。この国を牛耳るには、謁見の間に戻ってくるしかないのですから」

 と、そう言って笑顔になった。なんだか怖い笑顔だった。


「戻ってくるのを待つんじゃいけないかもしれないぞ。もしかしたら闇のスキルで別の場所から脱出しているかもしれない」

 ニュートの意見にリザードマンの兵士が頷く。


「その可能性もありましたか。しかしどうしたものか。少々お待ちを」

 兵士は魔鏡を操作し、軍隊の他の班に連絡を飛ばした。


 闇の転移者が闇のスキルでなにをするのか、もっと確認しておけばよかった。


 キラキラ種族で鋼メンタルでよくしゃべるコミュ障でアホというくらいの認識しかしていなかったことを後悔する。もっと知っておけば勝ち筋もあったかもしれないのに。


「諦めるな」

 ニュートの冷静な意見。


「まだ勝負は始まったばっかりだ。オータキはイオンを倒すためにこの世界に来たんだから」


「うん、そうだね……」


「それにここで諦めたらゲロとイカホの頑張りが無駄になっちまう」


「その通りだ」

 そうだ、わたしには仲間がいるのだ。


 皇帝を助け出すにはどうすればいいのか。イオンを倒すにはどうすればいいのか。


 人はお互いを知ることで親しくなることができる。イオンは知ったところでなにが変わるか分からなかったが、もしかしたらなにかできたかもしれないと後悔ばかり浮ぶ。


「オータキ殿!」

 リザードマンの兵士が魔鏡を見せてきた。


「な、なんですか?!」


「城内に突入した別の班が、謎の空間を発見しました!」


「な、謎の空間?」


「はい、暗闇に包まれていて近寄ると弾かれるとか」


「それだ!」

 兵士たちを残し、ニュートとそこに移動する。その謎の空間は、なんとトイレにあった。トイレといっても水洗とかではなく、高い塔から下に落とすスタイルの、なんだか恐ろしげなトイレだった。


「じゃあ、フラッシュを使ってみよう。ニュートはちょっと目閉じてて」


「分かった」


「フラッシュ!」

 ビカビカビカビカ!


 激しくわたしの体が光る。ウミサボテンよりはだいぶ光っている。スマホの懐中電灯機能くらいの光り方だ。


 闇はぐにょんぐにょんと波打つと、ぶわっと伸びてわたしとニュートを包み込んだ。ウミサボテンを発動し、辺りを薄ぼんやり照らしておく。


 なおウミサボテンの光り方は、子供部屋に貼る光る星や月のステッカーみたいな感じだ。実に頼りない。


 闇の中を、恐る恐る進んでいく。

「オータキが光るおかげで暗くても怖くないな」


「この程度で? 相手はこんなでっかい闇を作れるのに?」


「光は闇に勝つんだよ」

 そういうものなのだろうか。まあ、暗くないと灯りの存在意義はない。


 しかし底知れない闇だった。進めども進めども闇だ。あの陽キャのどこにこんな闇があったのだろう。


 もしかしたら、キラキラ種族になる前の人生が暗黒だったのかもしれない。毒親とかいじめられていたとか。そういう境遇の人間が、周りを見返すためにキラキラ種族になるのはあることだと思う。


 逆にわたしは義務教育及び高校、当時の実家は陰キャながら楽しく過ごしていたので、そこに暗黒になる理由はない。わたしがいまみたいになったのは明らかに就職活動のせいだ。


 イオンの気持ちを想像するには根拠が足りないが、それでも想像しないよりはいい結果が出るのではないだろうか。そんなふうに思う。


「どこにいるんだろうな」


「わかんないねえ……こんなに深い闇を抱えていたなんて想像もしなかったよ」


「でも闇を抱えてない人間なんてたぶんいないからな」

 ニュートの言うとおりなのであった。


 闇のなかの地面は若干デコボコしていて、ウミサボテンでボンヤリ光り足元に注意して進むと、ずっと先にカンテラの灯りが見えた。イオンと皇帝がいるのかもしれない。


 ちょっとずつ近づくにつれ、カンテラの灯りに照らされた、派手な色の髪の女が見えてくる。


「イオン!」


「……オータキじゃん。なんなの」

 イオンは冷たい声で言った。あの陽キャのイオンとは思えない。


「皇帝の洗脳を解いて解放して。いま帝都は異種族がいなくなって都市機能がマヒしてる」


「なんで? マヒしたままほっとけば人間が埋めてくれるんじゃないの?」


「そういうレベルじゃねんだよ。ヒュームだけじゃなにもできないんだ」


「遅れてる世界の人は黙ってて」


「んなっ……!」

 イオンはこの世界そのものを「遅れている世界」と断じ、そこの先住民の意見を聞くことをあっさりと否定した。ニュートは拳を握り固めている。


「イオン、なんで異種族を追い出すなんて暴挙に出たの? 皇帝だってもともとは融和政策をやっていたのに」


「誰にも分からないだろうから言わない」


「言ってみなきゃわかんないよ」


「ぜったい誰にもわかんない」


「そこで意固地にならないで、話してみて。なにか異種族に悪い思い出でもあるの?」


「……なんで分かるの?」

 いやだいたい想像すればわかりますがな。


「小学生のころ、学校の図書室から借りたファンタジー小説を読んで、それに出てくるエルフの絵を描いてたら、両親に『こんな耳の長い人はいない』って言われた。それでそのシリーズを読むのはやめた。異種族はそれを思い出して怖い」


 実にありがちな悪い思い出であった。


 それを言うならわたしだって魔法使いのイラストを描いて放置しておいたら「あんたもお姫様なんか描くんだ」と母親に言われてハンガーストライキをしたことがある。

 そう言うとイオンは目をぱちぱちして、

「いや……その程度のことでハンガーストライキする? ハンガーストライキってご飯食べないやつだよね? どうかしてるよ」と呆れたような顔をした。


「それを言うなら、エルフの絵を否定されてそれがきっかけで転移した異世界の異種族を追放しようとするのもどうかしてるよ」


「だってこの世界には来ようと思って来たわけじゃないし。かわいい広告見つけて写真撮ってたらトラックにはねられただけだし」


「まあわたしだって事故で吹っ飛ばされてこっちに来たわけだからねえ……不本意だよ」

 愚痴の言い合いみたいになってしまった。


「とにかく、異民族を追い出したら帝都の都市機能が停まっちゃったわけ。それは想像できるでしょ?」


「でもあいつら見てると昔のことを思い出すんだもん」


「昔のことなんか忘れていいんだってば。ここは異世界! もう現実は無縁! 現実でなんの仕事をしてようがどこで暮らしてようがなにを飼ってようが無関係!」


「……」

 イオンは黙ってしまった。


 そう、こっちの世界と現実世界は既に無関係である。だから、イオンが一流企業に勤めて東京の立派なマンションでフィアンセと同棲していてポメラニアンを飼っていても、わたしには何ら関係ないのである。


 わたしが年寄りしか来ない温泉施設でアルバイトしていて田舎の実家で子供部屋暮らしをしていて彼氏いない歴イコール人生でサボテンくらいしか話す相手がいないのも、もうなんの関係もないのである。

 ここは異世界なのだから。

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